帝国歴741年 初頭 何もないならリーサルだがよろしいか?

 帝国はかつて、亜大陸以外にも属州を持ち、度々言葉の通じぬ〝蛮族〟との闘争に明け暮れていた時期がある。


 帝国歴でいうなら80年から450年の間で、その期間は属領の支配権を巡って多くの戦役が現地民や国家間で起こり、最終的に貢納を受け取っても、租税や穀物を絞っても「割に合わねぇなコレ」と手放してしまうのが頷ける、血濡れの時代であったという。


 書籍や伝聞のみで知る彼の時代は、正にこんな感じだったのだろうなと、アウルスは北面の激戦を見て他人事のように思った。


 「弾込めぇ!! 矢、番えぇ!!」


 現在、三階は放棄し、階段には通れないよう土嚢や家具が積み上げられて、御曹司の手元に残った200と少しの兵力は、北面に押し寄せる重装歩兵との戦端を切ろうとしていた。


 あろうことか敵は、アウルス達と同じく土木工事をして押し寄せてきた。


 迷宮から追加で沸いた、醜形小人などの雑多な走狗が殺戮に加わらず、会館までの間に積み上がった死体の撤去にかかり、歩兵横隊の進撃路を開けてきたのである。


 無論、アウルスはこれに横槍を入れなかった。殺し間として二つ空いた、かつて窓だった大穴から討って出たとして、廃れたとはいえど未だ破壊力は十分な重装歩兵と殴り合ったなら、10分と保たず壊走することが分かっていたからである。


 所詮は半数が探索者で、残りは落伍兵だ。統率だった戦などできぬ。


 なので、せめて中庭の避難民や負傷兵を地下に逃し、北面以外を放棄するための時間稼ぎとして、二階から矢を射らせたり〝簡易ナパーム〟を大量に投擲させたりして、雑役を行っていた走狗の妨害を行ったが、足止めにしかならなかった。


 何せヤツらは人間とは違う。自分が燃やされながらも、死ぬまで平然と亡骸を運び続けるのだ。酸素を必要としているかも怪しく、囂々と燃える中でも構わず作業する様は、あまりの悍ましさから士気に響く程であったという。


 「二階、どうだ!」


 「駄目です! 連中に火炎は効果がありません!」


 「ド畜生が!!」


 分かってはいたが、大隊が通れるだけの進撃路を味方の亡骸を踏みしめながら進む、青銅の髑髏共に火炎は効果を上げなかった。


 無生物にして無機物なのだ。見た目は青銅なので、もしかしたら低い融点のおかげで溶けて崩れるかもと思ったが、あくまで本式のナパームではないので温度が足りなかったとみえる。


 それに、見た目が鋳造されたばかりの青銅めいているだけで、本当に青銅そのものとは限らない。ダメ元ではあったが、痛痒すら与えられていないとなると罵声の一つも出てこようもの。


 普通の人類なんぞ、高熱も低温も酸も毒も弱点だというのに、何たる不平等か。


 せめて高熱に晒されて、脆くなってくれないかと祈るばかり。


 「矢も……効果僅少! くそ、なんて分厚さの盾だ!!」


 高性能の複合弓は、時に盾であろうと鎧であろうと打ち下ろしや水平射なら簡単に貫通するが、走狗の盾は見た目通り“全体が金属でできている”らしく、皮や木との複合材が主たる既知の物とは頑強さが全く違った。


 あの大きさと、あの分厚さ。普通の人間なら背負って行軍は疎か、白兵戦が行えるかも怪しい。正しく防衛、そして短期決戦のためだけに製造された、虎の子であったのだろう。


 「くそ……だが、牽制にはなる! 二階の弓手勢は打ち続けろ! そして、覚悟を決めろよ英雄共! 着剣!!」


 「「「応!!」」」


 指示に従って、一階に配備された銃兵達が腰から銃剣を抜き、銃身の下部に据え付けた。


 設置する器具が備えられている銃に、銃剣は簡単に装着できる。最初期のソケット式と呼ばれる、銃口に直接ナイフを挿入するような銃剣と異なり、ベリルが作ったそれは着剣後でも装填も発射もできる、戦場から槍兵の立場を奪った恐ろしく原始的ながら先進的な装備。


 直前まで装着させていなかったのは、単純に重くなって支える腕が疲れるから。


 今は肉弾戦が不可避の状況だ。あらかじめ銃剣を備えて、射撃後すぐ白兵に移れるように仕度せねばならぬ。


 かといって、盾を装備している上3m近い長槍を持つ相手に、2mちょっとの銃剣で真面に立ち向かえるかは怪しい。


 人間が相手ならば接敵するまでに士気を粉砕し、ただの有象無象に変えることができるのが銃弾なれど、自己の損害を完全に許容した敵相手にどこまで通じるか。


 重装歩兵ホプリタイが廃れて、帝国にて投げ槍の投擲から混戦に入ることを前提としたテストゥド亀甲陣が発達したのは、重装歩兵より幾らか機動性がマシだったからだ。こんな真正面からがっぷり四つ、時間稼ぎとはいえガチンコをやるのは無謀ですらあった。


 相手は走狗。二割も損耗すれば崩れ始め、四割やられると指揮が崩壊する人間とは違う。その点において、この重装歩兵は人間で編成されるそれより、格段に完成されていると言えよう。


 それに、自衛隊やイギリス軍でもあるまいに、探索者は銃剣突撃の訓練なんぞしていないのだ。一階の殺し間でカリスにくっついて白兵戦をしていた、ブレンヌスを初めとした白兵戦の玄人ならまだしも、素人に近い探索者や、志願した民間人に退役兵がどれだけ役に立つであろう。


 だが、退けぬ。


 「構え!! 目当て、付け!! いいか半死人共! 持ち場が墓穴だと思えよ!!」


 「「「応!!」」」


 敵は約1,500、味方は半数未満。如何に銃という何世代も先のパラダイムにある武器を手にしていると言えど、真面にやっては被害が大きすぎる。


 その上でカリスが半数も引っ張っていったのは、被害を最小化する考えがあったから。


 なら、アウルスもブレンヌスも、探索者や民間人も一歩も退けぬ。


 「斉射よぉい!」


 遂に重装歩兵隊が殺し間の入り口にまで辿り着く。炎と走狗の亡骸から溢れた血で斑になった彼等は、肩の高さで槍を構えて悠然と駆け足で進んでいた。


 「撃て!!」


 出迎える、殆ど一つに重なって聞こえる膨大な銃声と、それに掻き消される弓弦の弾ける音。


 効果は、大なりとは言えなかった。


 「装填、急げ!!」


 命中箇所は砕け、盾は割れ、装甲は爆ぜる。


 それでも重装歩兵は死なぬ。盾で受けた個体は左腕がもげて倒れても動き、頭に当たって腐った瓜の如く弾けさせた個体も止まらない。


 機能を完全に失ったのは、運良く盾の壁を掻い潜って、胸甲をぶち抜き内部機関を破壊された物だけ。


 銃弾で一撃即死に持ち込めぬなど、完全に想定外だ。況してや矢など、間接部にでも当たらねば効いているか怪しい。


 刺さりはする。貫通もする。だが、それだけなのだ。


 「胸か腕を狙え!! 撃て!!」


 味方同士を射線に入れぬよう行った、半包囲下の射撃は、僅かに敵の足を鈍らせて装備を喪失させるに過ぎない。100撃てば80が死ぬような、鴨撃ちは終わった。


 旧式の戦法なので何とかなるかと思いはしたが、死兵が行う突撃がこれ程までに恐ろしいとは、誰も想像できなんだろう。後ろから機関銃で“支援”されているソ連兵でもここまでしない。


 「撃て!!」


 三度目の斉射。しかし、勢いを殺しきれぬ。遂に最前の敵が、土嚢と杭の防壁へと取り付いた。


 「任意射撃! 目標後段!! 味方を撃つなよ!!」


 後はもう済し崩しに押し潰されるか、堪え続けるかの二択だ。


 「一階弓手衆! 歩卒隊! 抜剣!!」


 理力にて肺活量と声量を強化し、辛うじて会館正面全体に指示を行き渡らせていたアウルスであるが、最早統制が及ぶのはここまでだろうと判断し、大まかな指示だけ出して、あとは個人の裁量に委ねるのみ。


 階段や土嚢で作った即席の高所陣地に陣取った銃兵には、弾が尽きるまで射撃をさせる。


 「帝国よ、安閑なれ!! 突撃ぃぃぃ!!」


 「「「おぉぉぉぉぉ!!」」」


 そして、残った兵士は近接武器を手に遮二無二になって突っ込むのだ。剣でも槍でも、何ならエンピを担いで斬り込み、障害物を乗り越えようと悪戦苦闘している走狗に鋼を叩き込む。


 重装歩兵とて二本足で歩いている以上、どうしても障害を踏破する時に武器を手放す瞬間が来る。地形効果が無理矢理に作り出す一瞬が、最大の弱点。


 「神の教えの斯くあれかし! 突貫!!」


 「「「斯くあれかし!!」」」


 突撃には理力の民も加わっていた。


 彼等はRPGに有りがちな、高火力紙装甲の遠距離専門ユニットではない。


 探索者の剣を盾の縁で受け止めて、槍を繰り出そうとしていた走狗が袈裟懸けに〝両断〟された。


 突撃の先鋒に加わったバグバドグルズが担う、標準的な帝国の剣よりずっと長い、両手で握ることを前提にした長剣を受けて。


 剣には紫色の紫電、いや、雷光のように見える理力が絡みついている。


 肉体を賦活して長生きしている彼等が、貧弱な後衛などという器に収まるはずもなし。全力を出せる時間こそ短いが――無理をしても、約半刻1時間ほど――かつてはその理不尽なまでの個体性能によって、中央大陸で魔族と忌まれるまでに会戦で暴れ廻った怪物の連枝。


 ギルデリースは会館から借り受けたグラディウスを振るい、他の理力の民も各々好いた武器を手に暴れ廻る。一振りにて、抗理力性を持つ盾を物理の力で破壊していく姿は、頼もしくもあり恐ろしくもある。


 アウルスは、相手が対象に取られないなら、自信を対象に理力で強化し、格闘で破壊していくようなレトリックめいた戦法に思わず唖然とする。


 いや、よくあることなのだ。破壊不能なら追放するか、マイナスカウンターを置いて葬り、対象に取られないと書いてあるなら、対象に取らずとも除去する方法を探す。


 それを地でやってのけられると、あのテキストの難解さに悩まされねばならなかった遊びも、存外現実的だったのだなと笑えてきた。


 「た、助かった」


 「気にするでない! 行くぞ!!」


 障害を乗り越えようとしていた敵に銃剣を突き立てていたブレンヌスが、横合いから長槍で突かれそうになっていたところをバグバドグルズが救う。硬い敵にも難儀せぬ武器を持つ理力の民は、白兵部隊を能く助けてくれていた。


 人の大きさに収まっているのが不条理なまでの戦力に支えられ、崩壊を辛うじて免れる前衛。二つの殺し間にて討たれたのは、100か200か。残骸が積み上がり、勢いは確実に抑えられているが……止まらない。


 「くそぉ! 弾が尽きた!! 再分配は!?」


 「んな暇あるか! 銃剣で戦うぞ!!」


 「もっと下がれ! 味方が邪魔だ! 誤射しかねんぞ!!」


 「突っ込むな! おい馬鹿、自分から前に出てどうする!!」


 戦場の狂奔が止まらない。戦うことに夢中になるあまり、自ら遮蔽となる土嚢に登って攻撃しようとする者まで現れて、アウルスは頭を抑えて蹲りたくなった。


 理論上、命中率が低い滑腔銃でも銃剣突撃をするより、確率論的に言うと射撃戦をずっと繰り返した方が効率が良いとされる。


 しかしながら、頑迷なまでに銃剣を信仰した理由は、遠くから見えない弾が飛んでくるのに耐えるより、一か八かで突っ込んだ方が人間の精神に向いているため。


 銃剣による突撃が敢行され続けたのは、人間の脆さ故なのだ。


 戦の狂奔に炙られると魂は悲鳴を上げて、前に出ようとする。闘争と勝利の女神が、それを尊ぶからではなく、心弱いが故に最も原始的な本能に身を委ねることで、精神の均衡を保とうとしてしまう。


 現に砲弾と重機関銃が戦場を支配した第一次世界大戦においてすら、時に塹壕で凍える時を待つより、いっそさっさと突撃して死んだ方がマシだと考える兵士の方が多かったほどに、人間は堪え性がない。


 様々な種族が入り交じっていても、この根本原理は変わらなかったようだ。


 「くっ……」


 アウルスは一瞬悩んだ。このまま少数が先走っているのを見捨てて、防御を維持する方が正しいのか。


 教本や過去の例に準えれば、そちらの方が効率的ではある。


 だが、探索者達の弾は尽きつつあり、遠隔攻撃の有効性は薄れている。


 ならば、一見愚かな方法が有利に働く可能性も否定できぬ。


 一瞬の逡巡。脳内で合理の天秤に状況が素早く乗せられて、ふらふら左右に傾く中、ついに決定的な要素が片方の天秤を大きく傾けた。


 斉射の銃声……それも、外からの。


 「来たか……! いいぞ、伝令! 二階に全力射撃を許可しろ!!」


 「了解!!」


 「総員、かかれぇ!! ここが命の懸け時だぞ!! 押し返せぇ!!」


 カリスがやったのだ。


 「次弾、急いで!! 狙いは胸の辺りに!!」


 彼女は重装歩兵が進撃する最中、250の別働隊を率いて南側から外に出た。工兵でもある帝国兵が全力で自分達を護っていた障害を排除し、僅かに残った敵を蹴散らしながら大きく迂回して、更に半数ずつに分かれて東西の大路から局所的な挟撃を実行したのだ。


 小勢による多勢の包囲は現実的ではないが、道が限られているならやりようはある。走狗の亡骸の上によじ登ってでも、射撃体勢を取ることができれば、横殴りの弾丸は覿面に効く。


 敵の重装歩兵、その後列は二階からの射撃や投擲に備えて、盾を上に掲げていた。その上で会館受付の探索者達が決死の覚悟で時間を稼いだこともあり、軍としての意識は前方に釘づけにされている。


 外神も自棄っぱちであったのだろう。会館を落とすことに集中しすぎて、素早く動いたとはいえ別働隊を見逃すなど。


 郭から攻囲側の側背を突いてくる守手勢の監視ほど、城攻めで怠ってはならぬことなどあるまいに。


 無論、簡単なことではない。カリスから血尿が出かねない勢いで扱きに扱かれ、小隊未満での分散進撃を徹底的に仕込まれた熟練兵の経験あっての無茶だ。左右に分かれ、無線通信などなくとも、撃てば響くよう教育された兵士が少数による多数への包囲を成立させた。


 斉射は都合、四発行われる。鈍重な重装歩兵には、対応するだけの柔軟さがなかった。


 古代において最強を誇り、滑腔銃が現れて尚も形を変えて存続し続けた密集軍最大の弱点は、急激な事態の転変に着いてこられないことに尽きる。


 横からの攻撃には特に弱く、圧力を掛けるべく狭く固まり、たった二つの殺し間に集中しようとしている走狗の対応は鈍い。最も脆い側面の個体が倒れると、幾呼吸か遅れて新たな再外縁となった個体が盾を横に向けるが、50歩調もの間際に肉薄した8mmの弾丸が止まる筈もなし。


 瞬く間に側面から削られて、今度は側面に対応するべく盾を横に向ければ、二階から容赦ない射撃が浴びせられる。


 アウルスはこれに備え、一階に配置する銃兵を切り詰め、命より貴重かもしれぬ半数を二階に置いていたのだ。そして、ギリギリまで射撃を禁じ、弾丸を温存させた。


 一階で時間を稼ぐと同時、弱点を探り、側背からの攻撃によって盾をそちらに向ければ撃たせる。別働隊が5発しか弾丸を携行せず、一階の銃兵にも20発しか分配しない残余が、頭上からの斉射を行う部隊に継戦能力を与えてくれる。


 「最後の弾は込めたわね!! よし、いくわよ!!」


 瞬く間に走狗の群れはグダグダに乱れ始めた。盾をどちらに向ければ良いか、統率の代わりに臨機応変さを削って捻出された走狗には、上手く判断できなかったのだ。


 青銅の重装歩兵は人間のように死を恐れないが、視野狭窄には陥る。もう大量の出費をしている外神側にも、冷徹で合理的な思考と戦力を両立させるだけのリソースは残っていなかった。


 そして、斯様な隙を実地で射撃の腕を磨いた兵士達が見逃す訳もない。一階の兵士達が血で購った情報を食み、一見すると弱点のように見える頭部を無視して胸部を砕く。


 「帝国よ、安閑なれ!!」


 「「「帝国よ、安閑なれ!!」」」


 射撃が敵に十分な混乱と陣形の乱れを押しつけたと見るや、ダメ押しとしてカリスは弾丸を装填させた兵士を連れ、慮外の巨大さと肉厚さを誇る愛剣を抜刀して突撃を敢行する。


 口々に叫ぶのは、帝国よ安らかであれという社是。この段に至って、皆が望んでいるのはそれだけだ。喉も裂けよと言わんばかりに殺気を漲らせて、銃剣を突き立てにいく兵士達に斬り込まれ、走狗の陣形は呆気なく圧壊した。


 二階からは誤射せぬよう混戦になっていない中程を狙わせ、一階の探索者も総掛かりで押し込んでいく。


 アウルスは利き手が家出をしているので、仕方なく左手でガッツポーズをとった。


 何もないならリーサルだがよろしいか? と…………。


【補記】

 リーサル:いわゆる王手。致命傷という意味であり、これが通ると相手の勝利が決まる状態。単純な足し算や引き算、あとは能力を忘れてリーサルに持ち込めたのを見逃してしまうと「今のプレミでは?」と敵からも観客からも煽られる。因みに此方は専門用語でガバ、あるいは悪手プレミと呼ばれる。

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