帝国歴741年 初頭 大物到来

 軍隊の指揮を執ったことがないどころか、軍役経験もない割に自分はよく頑張っている方ではないかとアウルスは自画自賛したい気分だった。


 「前衛、合図と共に下がれ! 予備隊、用意!!」


 時刻は過ぎ、最初の銃声が轟いた空は色を茜色から夜空の黒に変えていた。


 今宵は中天を大分過ぎた双子月が揃って欠け気味で、とくと暗い空は葬送の緞帳が如くある。


 「よし、退け! ……って撃て!!」


 帝国勇猛社、その壮麗であった正面ホールは人と走狗の血、そして煤で往事の麗しさを思い出すのが困難なほどに穢されていた。


 引いては寄せてくる潮のように止めどころなく襲いかかってくる敵によって、正面が破られかけていたのだ。


 危急の報告を受けたアウルスは、すぐさま予備選力を呼びつけて階段に陣取らせる。


 そして、窓際に張り付いて頑張っていた戦力を敢えて引ける内に下げさせ、敵が雪崩れ込むのに合わせて、踊り場に展開させた銃兵に斉射を命じた。


 三度の一斉射にて、バリケードが押し倒された窓から突入しようとしてきた走狗達がバタバタと倒れていく。そして、銃弾の雨によって勢いを潰された走狗を追い返すべく、一度下がっていた探索者達が突撃を敢行し、生き残りを一息に揉み散らす。


 「助かる、社長!!」


 その先頭で支援を讃える探索者の中には、銃剣を装着した銃を手にしたブレンヌスの姿もあった。契約探索者というやり方に早く馴染める柔らかな頭の持ち主だった彼は、銃の利便性と威力から愛用の斧と持ち替え、率先して使っているようだった。


 「礼はいい! さっさとバリケードの再構築! 負傷者の後送!! 急げ!!」


 指示に従って、階段を埋めていた銃兵が左右に退き、ホールに救護要員が駆け出していった。


 全員、近所から逃げ込んできた非戦闘員だ。戦える人間を補助要員に使っている余裕がないため、幼児や老人以外が総動員され、少しでも正面戦力を支えるように動いている。


 「いてぇ……いてぇよぉ……」


 「刺さった! 腹に何かささった!!」


 「不用意に抜くな! 死ぬぞ!! 強く抑えろ!!」


 避難民や負傷者を収容している中庭は野戦病院として機能しているが、対応が追いついていない。最早、腸が溢れるか四肢の一個でも欠けない限りは〝負傷兵〟として扱われない時点で、戦場の壮絶さが窺える。


 「もう板がねぇ!! どっかで余ってるのないのか!?」


 「死体を放り出せ! 邪魔だ!!」


 「クソッタレ!! 上の連中何やってんだ! 大分漏れて来てるぞ!!」


 「死体が遮蔽になってんだよ!! 一階からじゃ、もう射線が通らねぇ!!」


 頑丈に塞いではいるものの、窓が大きすぎて塞ぐだけでも一杯一杯。高貴な雰囲気を演出しようとしたベリルの頑張りすぎだ。


 さしもの彼女も、ここで氾濫を食い止めることまでは想定していないから、当たり前ではあるのだが。


 そして、探索者の一人がぼやいたように、今度は逆に積み重なった敵の亡骸が遮蔽となり、更には暗すぎて〝敵と死体〟の区別が付きづらくなっているのだ。


 想定していたよりも更に敵が多い。未だ迷宮からは走狗が溢れ続けており、無限に感じる勢いで供給される異形の過半以上が会館に差し向けられている。


 指揮をしている個体がいるかは分からぬが、流石にここが邪魔だと気付いたのだろう。濁流に蓋をしている堤防に穴を開けようとしているかのように、一刻ごとに攻勢圧力は増していた。


 「くそ……兵員を休ませる暇がない……」


 方々で似たようなことが起こっているため、当初予定していた通りの戦力をローテーションさせて休憩させる予定がダダ崩れであった。一刻2時間の大休止は疎か、四半刻30分の小休止さえ怪しい。


 飯は立ったまま食い、小便さえ廊下の隅っこで済ませる始末。帝都全体の掃除云々を考える余裕すらなかった。


 「早漏野郎の癖して持久力だけはありやがるな……」


 むせ返る無煙火薬の臭いと微かに漏れる煤に鼻腔を苛まれながら、アウルスは毒づかずにいられなかった。


 氾濫が始まるのは、神の視点から見れば遅すぎると同時に早すぎるとも言える。別世界の地上げ屋が帝都の情勢を詳しく知っているかはさておき、あと半年も遅ければ対応にはもっと難儀していたであろうに。


 探索者を営利事業として行い始めた他家からの横入があれば、公社ではない帝国勇猛社が元老院の力によって掣肘された可能性もあった。更にアウルスの婚姻話が拗れ掛かっている今、どうしても政治的リソースを其方に割く必要性があったため、政治担当が勇猛社に詰めていることもなかったろう。


 ともすれば、外交やらで外国に飛ばされる可能性を考慮すれば、邪魔な親玉が無能な身内の手によって排除されるのを待つのが最善。


 もっと情勢自体が縺れるのを待たれた方が、アウルスにはキツかった。せっかく毒饅頭を食わせた獲物が弱る前に剣を抜いて斬りかかるなど、本末転倒にも程があろうて。


 とはいえ、この地獄行にアウルスが参加できているのは、むしろ好事といえるのが何とも皮肉だ。政治担当を辞任する彼は、生涯において一度も前線に立たないという密かな野望を抱いていたというのに。


 その方が影のフィクサーっぽくて格好良いだろうという、同輩が聞いたらあきれかえりそうな目論見は、今や完璧に粉砕されていた。


 「アウルス様! 西側の廊下にもかなりの圧力が!!」


 「クソッタレが!! 兵員が元気な内に第二防衛線まで下がらせろ! 外廊下は捨てる!! 遅滞戦闘!!」


 「三階より報告! 迷宮正面からルイノサラス五体!!」


 「断固粉砕しろ!! 三階銃兵隊に全力射撃を許可する!! 撃破したら銃弾の再分配を忘れるな!!」


 それにしても、あまりにもねちっこすぎる。昼から氾濫が始まって、深夜になっても攻勢が止まぬなど、一体どういうことなのか。早撃ちなのに数ばかり多くてしつこいとあれば、下手に堪え性がないよりご婦人が鬱陶しがるタイプではないか。


 「やることが……やることが多い……!!」


 アウルスは組頭級指揮官の不足による、雨霰と浴びせられる報告に忙殺されながらも何とか戦場を回し続ける。


 死傷者は、もう全体兵数の一割を超えただろうか。士気は保っているし、統制も綻ぶほどではないが、各所が疲労に悲鳴を上げている。


 無理もない。人間は夜っぴいて殺し合いができるように作られていないのだ。かなり頑張れば一日二日は戦えるが、流石のアウルスも彼等にアンドレ・マッセナに付き従った第32半旅団の如き粘り強さは要求しない。


 まぁ、そもそもの話としてアウルスも探索者達も、リヴォリ公爵と比べられたら「勘弁してくれ」と言うだろう。4日間で3回もの戦闘を挟みながら100kmも行軍した、彼と配下のフランス人がちょっとした人類のバグだっただけだ。


 ともあれ、頑迷で「剣には剣で以て応報する」をモットーとする帝国人にも限度はある。この調子であれば、朝までには下手をすると最終防衛線近くまでを放棄せねばならないかもしれぬ。


 「ああ、もう、本当に洒落になってない……弾薬は?」


 「予備隊に配給したもので在庫が……」


 「畜生め!!」


 予備隊を防備が薄い場所に送り込みながら、指揮所に戻ったアウルスは力の限り鉛筆を地図に叩き付けたい気分になった。もし眼鏡をかけていたら、震えながら外していたことだろう。


 最初は、これ結構イケるんじゃね? なんて思っていたアウルスであるが、やはりリソースの量が違う相手と消耗戦をやるのは馬鹿らしくなってくる。瀉血戦術を意識して帝都への被害が広がらぬよう、寄ってくる走狗を片端から殺してもまだまだ沸いてくるなど。


 永遠も無尽もないとは分かっていても、目の前の現実だけを咀嚼していれば吐き気の一つも沸こうものだ。


 戦場は、ある種のタワーディフェンスめいた様相を呈してきているが、そろそろ公式にバランスがおかしいと苦情の一つも入れねばならない段階になっていた。


 「朝日は拝めるだろうが……次の夕日は無理かな、こりゃ……」


 「アウルス様、兵が悲観するのでそういった物言いは……」


 「指揮所には私と君だけだぞ、サレハ。多少の愚痴は許してくれ」


 地図の中でコマを再配置し、忙しく出入りする物見からの情報を整理して弾き出されるのは、かなり悲観的な推察。


 数日粘る覚悟でいたが、どうにも探索者が頑張りすぎたらしい。南に向かって伸びる大路、つまり帝都の最も人口が密集した地域への流路に蓋をしている会館は、相当な恨みを買ったようだ。


 攻勢圧が増して被害状況が延々と拡大している。しかも、最初は自分達に有利に働いた死体の山が掩蔽になってしまうなど予想外だ。第一次世界大戦の塹壕でもあるまいに、普通はここまでして戦い続ける敵など想定しない。


 このまま粘って、果たして第Ⅰ軍団全体が組織だった反撃ができる、ないしはカリスらの救援まで持ちこたえられるか。


 殺し続けることはできても、古くなった櫛の歯が欠けるが如く失われていく兵力の補充はできぬ。キルレシオが凄まじい数値になったとして、最終的に会館が落ちては何の意味もない。


 況してや、全ての目論見がご破算になって、帝都が走狗達の晩餐に饗された日には、さしもの神々管理業者Escキーを押降伏したい気分になるだろうよ。


 「伝令! 三階から至急の報告!!」


 「ええい、またか! 今度はなんだ!!」


 「よ、要塞の様子がおかしいと……」


 一階の救援に行って戻ってから、15分と経っていないのにまた問題が生えてきた。アウルスは自分で判断するべく指揮所を出て、三階へ上がった。


 ここも一階と負けず劣らず中々悲惨だ。数は少ないが飛行型の走狗が窓枠から垂れるように死んでいるし、射撃武器を持つ走狗からの応射で方々に矢だの棘だのが突き立って、少なからぬ探索者が負傷していた。


 「何があった」


 「走狗の噴出が収まりました!」


 「何!? 勝ったか!?」


 「いえ、ですが、何か震えて……」


 三階の指揮を取っていた探索者――ブレンヌスが貴重な手勢から割いてくれた古参だ――が、アウルスを庇うような立ち位置を取りつつ窓の外を指し示そうとした瞬間、破滅的な轟音が轟いた。


 鉄と石が拉げる音だ。


 見れば、皇帝のコブに蓋をしていた要塞の正門が崩れていくではないか。門が倒れ、石材が崩れた後に姿を現すのは都合四つの巨体。


 カリスが四層で遭遇し、撃破したと報告を上げてきた〝死体の巨人〟であった。


 「おいおい……ここに来てボスラッシュ……」


 懸命に一階への圧力を削ぐべく、矢と銃を撃っていた探索者の動きが思わず止まった。


 あまりに大きく、あまりに悍ましい。


 無数の死体を捏ねて作った不格好な牛頭の巨人は、よくよく見れば諸所に軍団兵が着ている軍装の名残があった。


 帝都を護るべく尽力した第Ⅲ大隊の兵士達の成れの果てであると、誰もが直感的に理解した。


 外見的な恐ろしさは、士気を削ぐ兵器の重要なファクターであるが、その設計思想は覿面に効いた。


 効いてしまった。ポップすると同時に行動もさせず除去せねばならぬ大物が、探索者達の硬直によって、攻撃する時間を得てしまったのだ。


 もしくは、ただ戦場に現れるETB効果持ち、それだけでも効果がある大物ファッティだったのか。


 「……っ! 総員! 全力射撃!! 弾を惜しむな! あれを絶対に止め……」


 指示は最後まで続けられなかった。


 何故なら、物理的に粉砕されたからだ。


 「……ル……さ……!」


 Aは酷い耳鳴りで音がよく聞こえなかった。そして、ふと自分が倒れていることに気が付く。


 「ア……ル……様……!!」


 体の感覚が薄い。右側の視界が大きく欠けており、額でも割れたのかと思って手をやろうとしたものの、それも上手く行かなかった。


 無意識に動かそうとした、利き手である右腕が瓦礫に押し潰されていたからだ。


 「アウルス様!」


 駆けよって叫んでいるのはサレハであった。思考が上手く纏まらない中で、軽く視線を動かせば、崩れた壁の向こうに夜空が見える。


 瓦礫、外、負傷、そこまで考え、漸く敵が〝要塞の瓦礫を投擲してきた〟ことをアウルスは理解した。


 K = 1/2 mv^2。ニュートンが導き出した、最も原始的かつ効率的な破壊の方式。


 迷宮内で戦闘することが前提の走狗では会館を中々落とせぬと悟ったからか、特大の理不尽を地上げ屋は叩き付けてきた。


 カリスすら上回る巨体は、ただ動くだけ、足下に転がっている物を放るだけで立派な攻城兵器となる。


 もしも会館がRC鉄筋コンクリート構造でなかったならば、三階が崩壊して雪崩の如く建物全体が潰れていただろう。


 「畜生……新築一年目だぞ……元不動産屋をナメてんのか……」


 社屋が頑丈で本当に良かったと、他人事のようにアウルスは思った。従来の構造ならば、勇猛社全体の多義的な崩壊に巻き込まれて即死していたはずだ。


 さりとて、それが救いになるかは微妙なところだった。


 攻城兵器として働いた死体の巨人は、重機の役割も果たす。ただ前進するだけで、今まで走狗の進撃を阻み続けた亡骸の塁壁も、箒で掃くように軽く掃除される。


 あとは重量を活かして戦車の如く帝都を踏み散らしていくだけで試合終了ggだ。


 「アウルス様! どうか動かず……」


 それでも、まだ生きている。現状を把握したAは、じゃあ最悪をより最悪にならないようにせねばと、激痛と失血でふらつく頭に理力を通して活を入れた。


 まずは鎮痛。肉体の賦活を逆用し神経の活動を強引に沈静化。一時的に肉体から苦痛を取り払う。触覚が鈍くなるのはトレードオフとして許容するしかない。


 次に止血。二の腕あたりから潰れている腕は、鎮痛より前に感覚がなかったので、どのみち駄目であろう。理力で断面の筋肉に強く働きかけ膨張を促し、強引に血管を圧迫して血の流出を留める。


 「よぉし……落ち着け……まだ生きてる……死ぬ段階じゃない……生きてる、生きてる……」


 「アウルス様! 喋らないで! くそ、誰ぞ! 瓦礫を退かせ!!」


 「バイタルパートは無事っぽいな……うー、あー……これ、右目腫れてんじゃなくて潰れてんのかなー……もちっと使う予定だったのになー……」


 理力を回しても失われた血までは戻らないため、急激な失血によって茫洋とした頭は口と直結したように独り言を垂れ流す。それは、見方によっては死の淵にある者が呟く末期の譫言のように見えるだろう。


 しかし、アウルスは正気だった。どうあれ自己最大の性能を果たし、最悪の状況を破滅的な終わりにしないため立ち上がる。


 「アウルス様!?」


 辛うじて繋がっていた右腕の皮と筋を引きちぎりながら。


 後にちょっと軽率だったなと反省する行いではあるが、この時のアウルスは脳内麻薬の過剰分泌にて些か冷静さを欠いていた。


 残っているのは、下準備の期間で〝魂〟にまで染みつかせた、政治担当にして帥を司らねばならぬという自覚のみ。


 体は素直に生存を欲し、持ち主である自我に動くなと警告を発する。


 だが「今そういうのいいから」と理性と合理が本能を叩き潰した。


 「あー……痛覚切ってもイッテぇ……もう見た目だけでイッテぇ……」


 既に地獄絵図だったのが、散弾もかくやの瓦礫投擲で壊乱寸前だ。半生半死の次男坊は、死んでる場合じゃねぇなぁと声を張り上げた。


 「ビビるな! まだ生きている者は立ち上がり武器を取れ! あれは倒せる相手だ!!」


 「アウルス様! 無茶です! お下がりを……」


 「黙れサレハ! 一緒に戦って、一緒に死ぬと宣言しただろうが! 私を虚言を吐く愚か者にしたいのか!!」


 ここで下がれば三階の指揮は完全に崩壊する。そして、連鎖して二階や一階の士気もへし折れるだろう。いや、それより前に大量の銃を用いて、あの死体の巨人を撃破しなければ会館そのものが壊されてしまう。


 「たかが片腕が何だ! 踏ん張っている皆と比べたら、私の命も安い物だろう!!」


 心にも思っていないことでも、急激な大量出血で呂律が怪しかろうとも、今は生き残った者達の心が折れなければ何でもよかった。


 従僕の制止を振り切って、アウルスは瀕死の体に鞭を打って廊下を練り歩く。


 「さぁ、立ってくれ! まだ両手も両足も揃ってるだろう! 私は片っぽなくしたところだが、まだまだやれるぞ! 貴族のお坊ちゃまよりヘタレしかいないのかここは!!」


 余波で傷ついた者や、一撃の強烈さに腰が抜けていた者達の戦意が甦っていく。


 この男は、本当に自分達と一緒に戦って死のうとしている。


 「後悔は死んでからで十分だ! かっちょいい石碑をぶっ建てて欲しいなら、最後まで戦って死ね!! 私はとっくに覚悟を決めてんだぞ! それとも、もう萎えたか粗チン共が!! 私を童貞のまま死なせたら、冥府で戦神共に散々に告げ口をしてやるぞ!!」


 言葉に偽りはない。鼓舞するため、遠くからでも見えるよう大仰に残った腕が振るわれる度に血が飛び散る。燃え尽きる寸前の蝋燭を思わせる、熱烈な輝きに皆が魅せられた。


 ならば、鮮烈に光る炎を前にして、一体どうして戦士という生き方を選んだ者達が逃げ出すことを選べようか。


 「畜生、貴族のお坊ちゃまにナメられて堪るか! 立て!」


 「撃て撃て! まだまだ萎えてねぇよ!」


 「童貞野郎は黙ってろ! くそ、生きて帰ったら花街を引きずり回してやる!」


 「好きにしろ半死人共!! そんときゃ全部、私が責任持って勇猛社持ちにしてやらぁ!!」


 崩壊しかかっていた統制が見る間に回復し、皆が反撃を開始した。武器を持っていた者は遮二無二になって放ち、壊れた者は先の投擲で戦死した仲間や負傷者から受け取って戦い続ける。


 銃は屍の巨人にも有効だった。鋼で被甲していない弾丸は貫通力よりも衝撃力に秀でるため、巨体を構成する亡骸の破壊においても有効だ。


 また瓦礫を投げつけようとしていた個体の腕が弾け、体を成す死体が減ったことで重みに負けて自壊する。同じく迷宮から生まれたであろうに、構うことなく同類の死体を蹴り飛ばして疾駆していた個体の膝が砕けて、味方諸共盛大に転倒。


 しかし、二体の巨人が共同し、巨大な要塞の〝門扉〟を投げようとしているではないか。


 「……間に合わんか」


 アウルスは周囲を見回したが、勢いに任せた全力射撃だったこともあり、折悪く銃兵は再装填中。矢は届くには届くが、死骸の巨人を斃すには火力が足りぬ。


 あの巨大な鉄扉が降ってきたならば、北側は壊滅する。最初の一撃は三階は寄っていたので大丈夫だったが、二階や一階まで大きく壊れれば防衛線を下げる猶予もなかろう。


 これは詰んだかな、と思いつつも防御姿勢は取らないアウルス。兵卒が戦っているのに士官が逃げていては士気に関わる。


 運良く外れてくれるか、当たり所が良い所に来てくれないかなという願いは、望外の形で叶うこととなった。


 強力な一撃を上体に受けて、瓦礫が指から離れる寸前であった巨人の一方が吹き飛んだのだ。


 「……は?」


 並べばカリスでさえ子供のように見える巨体が、砦に叩き付けられて大きく拉げた。


 もう一方は、二人がかりでなければ持ち上げられなかった鉄扉を支えきれず、逆に潰される始末。帝都を鎮護するために造られた無機物が、まるで最後のご奉公をしているかのよう。


 衝撃の発生源は上空。急降下爆撃機が落としていく爆弾のような鋭角を描いて突き刺さったのは、巨体と比べれば小粒すぎる程の飛翔体。


 いや、人間だ。


 反作用で吹き飛ばないのか不思議でならない、人類の中では大柄なれど、破壊力に比すれば小さすぎる影が粉塵の中で立ち上がる。


 月が陰った夜の中でも黄金の双眸は殺意で爛々と輝き、黒髪が肉体の裡で迸る血の熱に巻き上げられてうねっていた。


 「よくも、よくもよくもよくも……」


 二撃、三撃と続く一発一発が異様に重い拳を叩き付けられて、亡骸の巨人が四散していく。巨体は要塞の壁にめり込み、拳の数が二桁に届く前に砦の躯体諸共に散華した。


 「よくもぉぉぉ!!」


 言語化が難しい、唸りと吠え声に辛うじて人語が混じった響きを無理矢理形にするなら、よくもやってくれたなという意味にとれる。


 しかし、それよりも感じるのは、同じ人類ではあろうと本質はやはり〝竜〟に近い別種族だのだなという気付き。


 竜鱗人の淑女、コルネリウス氏族の一粒種、リウィア・アッピアナ・アウグスティア・コルネリウス・ルフィヌスは、緋色の竜鱗を怒りに戦慄かせ、褐色の肌の下で普段は全力を出していない筋肉を目一杯隆起させながら吠えた。


 空気が割れるような轟音に、世界が一瞬静止する。


 「……な、何か知らんがとにかくよし!」


 怒りが冷めやらぬ竜鱗人の淑女が、怒りを満身から漲らせつつカッ飛んできた理由は分からないものの、生き延びたことは事実。アウルスは難しいことを考えるのを止め、なんか知らんけど死ななかったからええやろ、と事情を飲み込めず硬直する配下に麗しき友人を援護させるべく声を張り上げた。


 同時に一つ、心に堅く誓う。


 竜鱗人……というより、リウィアを今後、絶対に怒らせないようにしようと…………。


【あとがき】

 登場人物の四肢を捥ぎたい欲がついに限界に達した模様。

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