帝国歴740年 冬 洋画のお約束

 「いいニュースと悪いニュース。どっちから聞きたい?」


 ベリルとカリスは、思わずここが、本当に帝国安閑社の社屋内かと見回してしまった。


 また急に洋画みたいなことをアウルスが宣ったからだ。


 帝国歴740年末。冬の寒さにストーブの需要が爆発的に伸び、薪が一時高騰するという事態が起こっているが、経済のことなんぞ知るかとばかりに例年通りの寒さが帝都にも訪れていた。


 凱旋式も終わり、幾らか事情も落ち着いてきた中、三人はそれぞれの家業に励みつつ次の一手を講じていたが、急にアウルスが召集をかけたのである。


 会場はいつも通り気安く整えられているが、とてもではないが忘年会やらで一年の労を忘れようという風情ではない。


 というのも、召集をかけたアウルスが冗談を言っておきながら、明らかに憔悴しているからだ。


 ただでさえ痩せ気味なのに頬の肉が更に削げ、悪役度合いに磨きが掛かっている。隈こそファンデーションを下地と重ねてごってり塗っているので、パッと見健康そうだが、よく休めていないことが明白だ。


 物理的に忙しいのもあるだろうが、心が安まる暇もないと付き合いが長い二人には一瞬で分かった。


 「何だよ、一昔前の外画みたいなこといいやがって」


 「これ、結局どっちも悪いニュースってオチなんじゃ?」


 微妙な顔をする友人達に対して、主催者もまた微妙そうな顔を返した。


 もうちょっと面白そうに乗ってくれるかな、と期待していたようだ。


 とはいえ、今は皆忙しい上、寒いのであんまりテンションが上がらず、前世のように巫山戯合う気分ではなかったらしい。


 「じゃあ、悪いニュースの方から……一つは、迷宮探索が悪い方に盛り上がってる」


 「まぁ、あんだけ派手に喧伝されりゃあな……」


 まず喫緊の問題としてアウルスは、迷宮探索に関わる界隈で拙いことが起こっていると情報の共有に掛かる。


 それもこれも、帝国勇猛社が上手くやりすぎた。今は夏に大暴れしたこともあり、一時的に契約探索者の活動は任意に任せる形で、実質的な休暇をやっているが――軍隊みたいに延々と転戦はさせられぬ――探索事業自体は継続中であった。


 しかし、平民や退役兵が勢いに乗せられて、ギルドの門戸を叩くのならばいい。それは事前に考えていた通りの方針だ。下層が活発な探索者達によって掃除されれば、精鋭が奥に行きやすくなるので、むしろ歓迎である。


 問題は、迷宮探査を〝事業〟と見た有力家が手を出し始めたということにある。


 今までも珍品奇品を欲しがる好事家が、後援者として金を出すことはあったが、それが霞むような勢いで活発化したのだ。


 「まず、分家筋だが大きい家が三つ、公式に探索者を組織し始めた。私達の組合ギルドも、帝国勇猛社を挟まずにな。自分の息が掛かった軍団から引っこ抜いたり、剣闘士の強豪を勧誘したり、そこら辺のガタイのいいアンちゃんを誘ったり色々だ」


 「ああ。行儀が良くて腕の良い契約探索者は、家が取れるだけ取っちゃったものね。そうなると、腕っ節が強いのを集めてくる他ないわね」


 「だが、ぶっちゃけそこは問題ない。契約探索者は年金やらで抱き込んでるから、引っこ抜かれるようなことはなかったし、逆に頑張れば市民権が貰えると分かって、より紐帯も強固になった」


 また、探索者の組織化を余所がやってくれるのは別に良いのだ。アウルス達は迷宮破却を慈善事業として行っているのであって、利益に頓着していない。競合他社が出てきて儲けが減るのは、一回儲けた人間が出たら二匹目の泥鰌を狙う人間が現れるのは当然なので想定内だ。


 既に有力で真っ当な探索者は概ね抱き込みに成功しており、彼等が居心地の良い勇猛社から逃げる気配もない。何より、最低15年は戦わないと年金あげないよ、という契約の楔がぶっとく刺さっていた。


 「まぁ、俺ら以外が金出して進めてくれるのは、いいこったろ。第二次四層踏破実験とか、第五層攻略は、来年以降の予定だし。何が問題だ? 露払いの雑用要員が増えた、とデッカく構えときゃいいじゃねぇか」


 「……ここ最近、常に赤旗が立つようになった」


 皇帝のコブに拘わらず、全ての迷宮には一定の〝許容量〟がある。皇帝のコブは、大凡で500人以上が入ると過剰反応として氾濫を起こしやすいため、行政側は安全幅マージンを取って250人以上を入れないようにしていた。


 そして、一目で分かるよう、もう満員だと示すのが迷宮の入り口に蓋をする要塞にて掲げられる二種類の旗。黄色の旗はそろそろ満員だと警告し、赤旗は許容量に近いので立ち入り禁止を示す。


 それが毎日掲げられているというのは、中々に拙い。契約探索者は活動縮小中である上、新たにギルドに加わった者も、勇猛社一画に設けた疑似迷宮キルハウスで実習をさせているので、そう大層な人数が入っているでもないのだ。


 農村ならまだしも、冬でも仕事がある帝都であれば、暇を持て余した平民が突っ込んでいるという訳でもなし。明らかに過剰な戦力が考えなしに投入されていると推測できる。


 「契約探索者や、ギルドの加盟探索者が入りづらくなっている。間違いなく、事業化を目論んだ有力者が入り口を管理している連中に鼻薬を嗅がせたな」


 人間という生き物が人間である以上、どうしても避けられない物がある。


 汚職だ。


 「赤旗が立っているのに、入って行く連中がいると事務方への報告が相次いでいてな。阿呆共が第一次遠征の時にやったみたく、枠を買ってるんだ」


 「別にそれは合法だろ? 前もって、入れる人数を予約しとくくらい……」


 「暇な会員を使って、潜った数を数えさせた。明らかに一家で100以上ぶちこんでやがる。酷い時は、概算400人から潜ってる形になる」


 「……あぁ?」


 ビールを呷っていたベリルの目が眇められ、カリスの酒杯が無意識に高まった握力に軋んだ。


 「安全マージンの意味知らねぇのか、其奴ら。頭にちゃんとネジはまってるか、一辺開いて見てやろうか」


 特に現場で“猫”が発生しないよう、必死こいてマニュアルを書いている人間からすると、許し難いようでかなり殺気立っている。


 全ての手引き書は、先人の血で以て認められているのだ。安くもないインク代を軽んじるような所業は、ベリルにとって絶対に看過できぬ愚行である。


 「クソッタレ、こっちじゃ良くも悪くも人間の命が安すぎる。先人が血で購ったマニュアルの意味も分からねぇヤツぁ、迷惑かけねぇようさっさと余所で死ね!!」


 「言いたいことは分かるし、私も死ねと思っているが落ち着け。人払いしていても、大声で叫ぶと近侍が驚く」


 ふぅ、と三人で一息つけ、軽く水で唇を湿らせて話を本題に戻した。


 入場枠自体は前もって予約することは可能だったが、彼等はその枠を自分達のために無理矢理拡大させている疑惑がある。アウルスが手透きの者達に観察させた結果、ギルドの探索者や契約探索者を含め、連日300人以上が潜り込んでいる計算になった。


 500以上になると氾濫が起こりやすいという統計が出ている中で、これはかなり危険なことだ。


 欲に目が眩んだ人間は何をするか分からない。割に合わないような犯罪でも無にならなかったように、絶対に何処かで箍が緩む。


 「別に良いんだよ、協業他社の出現は。迷宮破却を私達がやるのは理想だが、私達を起爆剤に本腰を出してくれれば、皇帝のコブから先もやりやすい。問題はだ……」


 「金儲け優先で、ノウハウもない素人が力押ししようとしているってこったな」


 「ああ。私達のやり口を聞いて、一部を模倣しているようだが……未帰還者がかなり多いし、小規模な迷宮内氾濫の噂も聞く。そして、私にそれは止められない」


 一応、アウルスも問題だと思ってお伺いは立てたが、元老院も政府も一枚岩ではないため、どうしようと全てを統制することはできぬ。かなり強めの語気で、120年前の氾濫を再現したいのかと詰問しても、手応えは薄かった。


 迷宮を管理している軍団、実際に数えている門衛、そこから更に事務をしている者。如何に帝国勇猛社の名声が高まったとして、残念ながら全てを掣肘できるだけの長い腕はない。皇帝は信じてくれるだろうが、歴史の中で為政者が腐敗を一掃しようと試み、成功した例の何と少ないことか。


 帝国は氾濫を重く見ていても、現場に多い定命の人間は曾祖父の時代ですら経験していないため、気を抜く輩が多いのだ。


 勇猛社主催の探索者組合が一括して現場を統制できていれば、このような事態にはなっていないが、あくまでただの会社にできることは少ない。


 もし帝国勇猛社が国営公社であり、アウルスが全てを差配できるならば、ナメたことをしでかしたアホを市民権剥奪にしてやるところだが、どうやっても官僚の人事には口出しもできぬし、財務記録を漁ることもできぬ。


 一応、腐敗を嫌う真っ当な感性の持ち主達に証拠探しを頼んではいるが、成果が上がるのには時間が要ろう。


 民会や元老院で問題提起するよう持ちかけてもいるが、どうなるかは未知数だった。


 「うーん……あたし達が動きを止めたのが拙かったかしら。とはいえ、軍の仕事を何時までも空けられないし、かといってブレンヌスに全部放り投げるのもねぇ」


 「まだ第四層をもう一回突破すれば、突破した連中が聖痕を得られるかの確証実験もしてねぇし、大きく動けねぇのは仕方なかんべ。再動員して、第二次を早々にってのは無理だったんだろ?」


 「金はまだしも、探索者共が渋る。一季節は稼いだ金で遊ばせてやらんと、心が離れかねないからな。志願兵の集団じゃないから、そこら辺は無理が利かん」


 探索者の過半は、日銭欲しさで探索者になったの者達だ。そこに戦時中の軍隊が如く酷使するような詰め込み日程はさせられぬ。一般加盟員の中には、先の遠征で貰った報酬が十分だから、商売でも始めると堅気に戻った者もいるくらいだ。


 聖痕を得た基幹要因は、何が何でも辞めないよう慰留しているし――そもそも、カリスの侠気に惹かれているのか、そんな気配はなかったが――今の所は情報統制も上手く行っているので、まだ慌てるような段階ではない。


 ただ、備えてなければならなくなった。


 何処かの馬鹿が、致命的な失態を犯し、それに巻き込まれるかもしれないという危機に。


 「努力はするけどね……色々……」


 何とも据わりの悪い旗模様だ。どんな条件で爆発するかも分からぬ信管が埋まった、爆弾の上に尻を乗っけているような心地。七つの丘が相互に護り合うことで発展した土地ではあるが、〝尊厳者初代皇帝〟はなんでもっと安全な所に遷都してくれなかったのかと現在の起業家は嘆くばかり。


 「まー、頑張れやお坊ちゃま。お守り代わりに銃、もうちょっと運び込んどくか? 実包も戦力化するなら、一人200発は欲しかろう」


 「うん……欲しい……万一氾濫が起こったら、真っ先に死ぬ場所が職場だから……私、ちょっと最近出社すんの気が重いんだ……こんなん、売契の桁一個多いまま、承認までいっちゃった時以来だよ……会社行くの怖い……」


 「新卒社会人かオメーは」


 「てか、なにそれ。その愚痴初めて聞いたわよ。こっち? 前世?」


 「前世……しかも買方……」


 「あっちゃー……」


 下準備空間で長いこと過ごした三人でも、未だ知らぬことはあるのだなぁ、とカリスはとんでもないぶっちゃけに額を覆った。現世だったら社長なので、ヤベー、ちょっと帳簿誤魔化しとこで済むが、前世だったら、それは出社もしたくなくなろう。


 むしろ、そんな失態をよくリカバーして、管理職にまでなったものである。


 「あー……よし、止め止め! 空気がお通夜!! 良いニュースの方聞かせろ!」


 「そ、そうよね! 何があったの?」


 気心が知れた二人しかいないからか、口からブツブツと念仏のように過去の失態や、テルースに転生してからも「こうしときゃよかったなぁ……」とかつぶやき始めるアウルスに気を取り直させるのに、数分の時が必要だった。


 肉体的、労働的な負担はBとCに多く振られているが、外交的な負担は圧倒的にAの方が重いため、どうしても微妙な空気になりがちなのだ。


 「ほれ、あんだろ? 良いニュースも。切り替えてけ」


 「えー……故買の大手と縁故が結べましたー……ぱちぱちー……」


 「あ、大分前に話だけ出してた、カードショップの他家や属領展開、進めてたんかお前」


 「片手間にねー……クラウディウス氏族のケント家がお仲間になりましたー……でも頭首の名前が親父殿と同じなのでー、契約書練ってる時ー、頭の中で思考がこんがらがりまーす……」


 「それなー、ガイウスさん多いよなぁ、帝国……けんた、とか、たくや、くらいメジャーだもんな。俺もたまに取引先がごっちゃになる」


 「あたしも配下に結構いるのよねぇ、名前被り。大体は故地を頭に付けて区別するか、渾名でもつけて対応してるけど、お偉方や契約書だとそうもいかないわよね」


 使用人達が見たら「誰だコレ」と言いそうなくらいに覇気がないアウルスが報告したのは、前々から〝征服と統治〟を完全に帝国安閑社だけで捌くのに限界が近いことを悟っていたため、無理が出る前に余所の家を抱き込んで商売範囲を拡張しようという施策だ。


 ガイウス・クラウディウス・ケントは、アウルスの家が連なるアルトリウス氏族と並び、帝国では有力なクラウディウス氏族の傍流筋で、希少品や古物の売買を主に扱っている名家の頭首である。


 そんな彼が収集癖を擽るTCGに興味を持たぬ筈もなく、前々から話は来ていたため、内密にコトを運んでいた。


 現在、帝都内には四店舗ばかし、プレイスペースを併設した直営店があるのだが、これ以上拡大しようとすると事務能力を食い過ぎる。


 なので、他属州にも展開するなら、もういっそ公認の小売業者と組んでフランチャイズ展開した方が早いのだ。


 あと、アウルスとしては「版元が故買もやるのって不健全では?」と、ずっと気になっていたようだ。極端なインフレや、頭が悪い効率を叩き出すコンボが組めるカードができないよう気を付けているが、流石に版元が故買まで制御していると、あとあとカードパワーがインフレしてきた時に問題になりかねん。


 なにせ、世の中には誰も注目してこなかったカードを用い、普通なら思いつきもしない電波デッキを作る者達がいるのだ。版元は健全な運営のため、できるたけ中古取り扱いから距離を取った方がよい。


 「えー、ここ一年か二年で、以前の贋作とは違うー、まぁまぁ頭捻った後追い商品は出てますがー……品質的にも面白さ的にもダンチなので、販路を拡大して駆逐しまーす……」


 「ほんとコイツ、金が絡むと容赦ねぇよな……配る時はお大尽なのに、絞る時は搾油機みてぇ」


 「その家個人ではなくー、帝国に還元しまーす……できれば私の孫くらいの時代にはー……帝国全土でー……国民国家としての意識をー……育てておきたいと思ってまーす……」


 しれっとエラいこと言い出すなコイツと二人は思ったが、内容としては下準備期間に練ったものなので問題はない。


 されど、その驚きも次の一言で吹っ飛んだ。


 「あとー……これー、結婚はいちおー……慶事なんでー……いいニュース扱いにするけどー……何か、もしかしたらー……嫁さん貰うかもしれませーん……」


 「ファッ!?」


 「うぇ!?」


 驚愕の度合いは、握力で二つの酒杯が砕け散ったことから窺えよう。


 アウルスは男児だ。この古い道徳観と価値観の世界において結婚は不可避であり、何処かしらと政治的な折衝をして貰うため、元々嫁御を貰う予定はあった。


 昭和から平成中期くらいまでと同じく、結婚して子供ももうけていない男は半人前みたいな扱いを受けるからだ。


 嫁も子供もなしで、他家から三男や次男を貰ってきたり、奴隷を養子代わりにして家を継がせたりするケースもあるにはあるが、それは特異な例である上、あまり社交界から〝良い目〟では見られない。


 となると、何処かしらからいい娘さんを都合してこなくてはならぬ。


 まぁ、親戚から干渉されるのが嫌なので、アルトヴァレト家へ忠勤の報償としてカリスを主家に嫁がせる形で嫁にするとか、デヴォン氏族との紐帯を強めるという点でベリルを召し上げるとかも考えてはいたが、流石に自己完結し過ぎかと、その計画案は放棄されている。


 ぶっちゃけ、今更結婚したからなんだよ、という感覚が三人の中にはあるのだ。前世からの腐れ縁という、姻戚関係が吹っ飛ぶような強い絆がある上で、体裁を気にしなければならないほどふわふわした関係でもなし。


 なら、下請けとしての事業を効率的に進めるため――嫁には可哀想だが――政治的な強さと、御しやすさで選ぶ気満々であった。金食い虫は困るが、アウルスとしては嫁さんの家に株をくれてやるくらいで満足してくれて、元老院にも顔が利く丁度良いお家が最適だったのだが……。


 「あぁ!? 嘘だろ!? お前の兄貴が結婚してからって話なんじゃ!?」


 「そうよ! まだプリムス様の婚姻話は縺れに縺れてて、決着してないじゃない! ブデオ家の御姫様とか、アッサリア家が横入してきたりとかで!!」


 アウルスの兄、4つ年上のプリムスは22歳という年齢に達しつつも、未だ未婚であった。というのも、ここ4、5年でカエサル家が収益を何十倍にも膨れ上げさせ、ただでさえ太かった皇帝や元老院、民会とのパイプが強靱になりすぎたのだ。


 そんなお家の男児、誰だって義息にしたいに決まっていよう。同業、異業種、政治家筋から引っ切りなしに縁談が来るし、アルトリウス氏族内部での血族婚も狙われているため、選り取り見取り過ぎて逆に決まらないのだ。


 これにはガイウスも手を焼いており、何処をどう断っても、受け容れても揉めるので慢性的な胃痛の種となっていた。


 プリムス本人は「お家の為になれば、誰とでも」とまるで他人事のようで、特に浮名を関するような遊びをしていないのも悩みものであった。


 弟としては一時、もしかして不能か男色の気でもあるのかと疑いはしたが、愛妾が一人いるっぽいので、その線はない。


 そして、愛妾はあくまで愛妾。万が一子供ができても嫡出を強引に認めさせるような無鉄砲な人でもないので、尚のこと面倒臭かった。


 これが兄として尊敬するに値しない、血統を鼻に掛けたクソ野郎だったら、アウルスも遠慮なく父親と共謀して、家の利益を最大限に出せる工作に手を染めるところだが……。


 「兄上には幸せになって欲しい……から……うん……どーしたもんかなーって……弟が口出すのも憚られるしさー……」


 アウルスは既に一度、兄にお家騒動で大迷惑をかけていることもあり、大きな引け目を感じている。だのに自分の結婚でまでドロを付けたくなかった。


 適齢期を殆ど逸している兄より弟が先に結婚など、世間体が悪いにもほどがある。


 「じゃあ、断りゃいいじゃねぇか。大体の案件なら嫌って言えるだろお前」


 「そうよ。今までそうしてたじゃないの」


 「いやー……そのねー……相手がねー……」


 「お前が言い淀む相手って何だよ。大体手紙の一筆か、最悪顔出して謝りゃ済むだろうに」


 「……同盟国相手だと、強くでられんのよね」


 あまりに意外な相手にベリルとカリスはポカンとした。


 現在、帝国の同盟国は西の端っこで暮らしている理力の民のみで、彼等は異種婚をあまりしない。一定以上、理力が芳醇な相手でないと子供ができ難いし、生まれても理力に乏しいことが多いからだ。


 況してや、運悪く他種族を孕んだら――理力の民は、異種と番っても大抵が理力の民を生むそうだが――洒落にもならぬ。


 そして、彼等が使う道具の殆どが理力に絡み、政治にさえ求められる。あまつさえ肉体を理力によって賦活するがための長寿な種族。


 そんな働き口が少ないだけではなく、短命となる――それでも200年は生きるらしいが――可哀想な子を産むくらいなら、厳選した方が良いと考えているから、強大な力を持ちながらにして数が少ないのだ。


 しかし、アウルスがお友達になってね、くらいの気持ちで贈った物は、彼等にとって、全ての事情を忘れさせるに足る熱烈なラブコールに等しかったらしい。


 月の表面を観察できるような望遠鏡に、天測を捗らせる六分儀は、御曹司が想定していた以上に同盟国を揺さぶった。


 何が何でも縁故が欲しい。未来永劫仲良くして、全国民に配給できるくらい作って欲しい。ついでに外交官たるギルデリースが才能を認める理力があるなんて、正に神の采配ではないかと受け取られ、政治的な物言いという糖衣には包んでいるが、かなり直截な嫁の宛がいの文書が皇帝に届いたようだ。


 帝国としては、彼等に西を任せているから国家統治が上手く行っている情勢を鑑みると、どうしても断りにくい。一人でもいいから理力の民から妻を、と希われると「何をそこまで盛り上がってんだ」なんて首を傾げながらも、考慮しなくてはならぬ。


 何なら二人か三人は貰って欲しいなどと、無茶苦茶な要求を皇帝を通して聞かされたガイウスは、どんな気分であっただろうか。


 なにせ帝国の霊猿人は家父長制で、嫡出子と認められた子の中でも長子相続が原則。その上で一部の種族を除けば一夫一妻制と来たもので、アウルスが成人していようと最終的な決裁権は未だにガイウスにあるのだ。


 実質的に複数の妻を持つことはあっても、帝国法の中では厳正に定められているため、どうしたって相続権や嫡出子の問題が発生する。


 猫の子みたいに、気に入ったから三人か四人貰っていくね、なんて口が裂けても言えぬ。となると、妻として貰う側の血縁、断られた側の血縁も含めて凄まじく面倒くさいことが起こる。


 「父上は、良きようにしてやると仰ったが……無理難題過ぎて、心配でなぁ」


 しかし、子から見てもガイウスが解決すべき問題は難問だった。


 今や帝国安閑社の株式は、上流階級における一種の〝信用通貨〟に近かった。高い買い物をしたいが、元手がない時に「待っていれば買値の何十倍にも化ける不思議なお札」は、とてもとても価値があるのだ。持参金として何千株かを娘に与えて嫁に出します、などといったやりとりがされるくらいに安閑社の株は重要視されている。


 斯様な不思議なお札を刷る決裁権を持つ人間が、欲しくない家など何処にあろうか。


 「……やっぱ、どっちか嫁に来てくんない?」


 「いやよ! 半月くらいで毒殺されそう!!」


 「俺だってやだぜ!? 職工がお前掻っ攫ったとかいったら、カリスより早く毒殺される!!」


 全てが嫌になったアウルスからの投げやりな提案に、二人は大きく身を引くことで――物理的に――否を示す。


 そんなもの、都合が悪いとして消される公算が大ではないか。囮を用意したいなら、どっか余所で見繕って欲しい。


 「もー……どうすんだよー……勘弁してくれよー……」


 でろでろとやる気が根底から蕩けている友人に対し、二人ができるのは、黙って酒を注いでやることくらいだった。


 まだ、この時点において三人は頭を酷く悩ませているが、まだマシであったと後で気付くだろう。


 なにせ、帝国歴741年は、更なる怒濤の年になるのだから……。

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