帝国暦740年 夏 株主総会/無意識な告白

 帝国勇猛社は探索者を束ねるギルド同業者組合として設立したものだが、用地確保の立ち退き交渉にあたって、近隣の地主がその値で引き取ってくれるなら是非家もと予定外に押しかけてきたこともあり広大な面積を誇る。


 元々の予定面積の倍近い広さの土地を売却したいというオファーに対し、算盤を弾くのが生活の一部になったアウルスは「お得じゃん」と未だ抜けきらぬ前世の小市民的気質を発揮して全部買い上げてしまったのが発端だ。


 果物の安売りじゃあるまいにというBとCの嘆息はさておき、故に建物は大路を隔てて二棟に分かれており、西棟は探索者向けに安価に泊まれる宿や酒房を兼ねた宿舎となり、東棟が帝国安閑社社屋兼同業者組合の会館となっている。


 宿舎より三周りは大きな社屋は、まぁ折角デカいんだからと会議室や夜会に使える露台付きの宴会場なども詰め込まれていた。大きな箱物を造って中をスカスカにしておきたくなかったベリルと、予定外の建設費に別の用途も兼ねないと採算が取れるまでの期間が長くなると焦ったアウルスの利害が一致した結果である。


 そして、未だ普通の館を流用したのみの帝国安閑社本社社屋の何倍も大きく、豪華な子会社社屋という奇妙な図式が成立してしまったのだが、一応の所有効活用がされていた。


 帝国歴736年の発足から数えて4年。三度目の株主総会は帝国勇猛社の会議室にて催されていた。


 数十人の株主や、株式を持つ帝国や元老院から派遣されてきた議員や官僚を呑み込んで尚も余裕がある会議室にて粛々と、かつ堂々と報告は進められた。


 集まった名士の数々、そして金も身分も貴い貴族や議員のお歴々も実に分かりやすい21世紀規格の収支報告書などの内容に納得して頷いており、昨年より低い純利益に対して疑問を口にしたり文句を言ったりする者はいなかった。


 より正確に言えば、全てを先読みしたアウルスが言われるであろう、疑問や文句の元を最初から全て説明し尽くし、何故利益が少なくなったか、そしてその利益を差し向けた先が挙げる将来的な利益がどれだけ上がるかを幼児に説くかの如き丁寧さで説明したからであった。


 出費の多くは帝国勇猛社の設立に拘わる諸費用であり、それも大抵が消え物ではなく備品や施設の建設費であるため物が残る。


 つまり、何かあって計画がぽしゃったところで、箱物を売るなりすればある程度の損益が回収できるのだ。たとえそれが、迷宮が氾濫を起こして、いつ何時災禍に見舞われるか分からない土地でも、売り手を選べば十分な値が付く。


 前世でも土地や建物が財産として強かったが、未だ形を持たない経済的な利益の観念に疎い現世ではより強い物として認識される。立地がよくないこともあって建物の評価は低くとも、調達費が安く、建設費もベリルのお友達価格によって建てられたものであるため、相対的にみてかなりお安かったのである。


 迷宮を名目上は管理している行政や、軍が喜んで捨て値で買ってくれるだろう。ここに駐屯させておく中隊規模戦力の宿舎も、いい加減ボロくなっているのもあって、失敗したとしても取り返しが十分に効く。


 そこに急遽帝国からの公金注入だ。ここまで要素が揃って文句を宣うようであれば、自分は金勘定ができない馬鹿です、と自己紹介するようなものなので、参加者の多くは納得して口を噤んだ。


 昨年までは十倍にもなろうかという配当金が数割の増額で終わったことに不満はあれど――本来、それですら破格だが――また来年以降も美味しい汁を吸い続けられるならば構わない。慌てるなんとやら自主規制は貰いがどうこう、というのは世界が分かっても変わらない原則であるのだから。


 「そして、これが我々が採用した契約探索者です」


 一方で海千山千の経済人に揉まれるのにも慣れた若人と反し、嫌な汗を掻きっぱなしの面々がいた。


 さて、株主総会は株主に対して、今どんな事業を展開していてどのような利益を上げられそうかを説明する場である。


 そこでは新商品のプレゼンが行われることも珍しくない。


 そして、今回陳列される商品の中には、皇帝のコブと呼ばれる迷宮を取り除くための探索者も含まれているわけだった。


 「新機軸の板金胸甲を基本に据えて動きを効率化すると同時に、迷宮内での長期活動にも対応できる装備を考案し……」


 提供された装備を着て、雲の上にも等しい上流の方々にさらし者にされている〝地底人〟の長にして、帝国勇猛社契約探索者第1号のブレンヌス、及びその配下二名は生きた心地がしなかった。


 何せ帝国のトップである皇帝さえ臨席している総会である。もうこれ、何しても不敬にあたるんじゃなかろうかという緊張で、探索者達は胸が爆散しそうだった。


 何もしないでいいし喋らなくてもいいから、合図されたら前に出て立ってろと言われただけでも、地下の者には厳しい場であった。


 大凡教養というものを持ち合わせていない人間でも、この場に集まった者達のヤバさだけは分かる。皇帝を初めに、気分一つで人間の命なんぞどうとでもできるお偉方ばかりなのだ。


 それこそベリルのような、ちょっと偉い下町の人――実際は彼女も帝国の重鎮の右腕ではあるが――とは格が違う。今をときめく帝国安閑社の社長に呼びつけられただけでも緊張物だったのに、これでは最早処刑ではないか。


 呼び出された時は、護衛を置いてますよというアピールのためにドアの両脇にでも突っ立ってるだけでいいのかなと思ったら、真逆の最前列への連行である。


 時折、見せしめと娯楽を兼ねて行われる公開処刑において、絞首台へ引っ立てられる罪人の気持ちがよく分かる三人。日当200セステルティウス7万円ちょっとを出すから、という甘言に従って処刑執行許可証に署名した自分を恨む彼等の責め苦は終わらない。


 「では、この案件に対する質疑応答に移りますが……」


 「はい」


 「第Ⅱ軍団パンサ軍団長のウィビニアス殿ですね。どうぞ」


 「たった一枚の鉄板で胸を覆っているだけに見えるのだが、本当に耐えられるのかね? 君らの作る物は面白い物が多いが、武具に関しては我々も経験がある故、些か懐疑的にならざるを得ない」


 見栄えはいいのだが……。という壮年の軍団長――皇帝の軍事顧問の一人でもある――からの指摘に対し、アウルスは手を数度叩いて控え室に待機していた使用人を呼び出した。


 「既に実験は行っております。えー、お手元の資料の52頁をご覧ください」


 運び込まれて縁台の前に並べられたのは、痛んだ五つの胸甲。膨らんだ中央が凹んでいる物や、細かな傷が随所についた物など様々であるが、共通しているのは一様に致命傷とみられる大傷がないことであった。


 「こちら右から順に軍団兵の投げ槍ピルム、手矢、補助兵の散兵隊が装備する弓矢、投石、そして蛮族が多用する斧をそれぞれ交戦距離で用いた結果になります」


 「おお……」


 並べられたのは戦場で運用されている武器を試しにぶつけて、本当に着用者の命を守れるのかを何度も確かめられた試作品である。藁を着せた人形、人形で大丈夫そうなら高給で志願した奴隷などに着せて性能評価を行ったそれは、現状全ての遠隔兵器からバイタルパートを護れるという結果を示している。


 一定の間合いがあるのが前提なれど、当たり所がよければ滑腔銃マスケットの弾を弾くこともあった装備を参考にしているのだ。防御面積を減らすことで厚みを増して防御力を高めた先進的な鎧は、ベリルが自慢げにお披露目しただけあって現状の投射兵器全てに対応できるだけの性能を有する。


 「全身を厚く覆うことを諦め、代わりに斬られれば死ぬ部分を重点的に護ることを目的に設計しており……」


 資料を読み上げて幾つかの質問に答える間、また手を上げたウィビアニスが問うた。


 今度はアウルスではなく、着用者として議場に連れ出された地底人達へと。


 「着心地はどうなのかね。かなり分厚いということは動きも制限されそうだが。着用者の君、どうだ」


 「へっ!? 俺!?」


 「君以外おるまい。実際に着ている者に聞かねば分からんことも多かろう」


 よもや直接声をかけられることになるとは思っていなかったブレンヌスは、縋るようにアウルスへ目線をやるが、彼は何時もの薄い笑みを貼り付けたまま頷いただけだった。


 「どれ、私も近くで見てみるとするか」


 「君、それは北の蛮族共が使っている脚絆だな。どんな具合だね。靴も見たことがない様式だが」


 「目新しくて面白い。一度着てみたいのだが、用意して貰えるか? ないなら脱いでくれ」


 「お前、腕を上げて回してみろ。どの程度自由に動けるのだ? 屈伸はできるか?」


 「実際に射かけてみたいのだが、何処かで試させてくれんか。おうい、誰ぞ、護衛に投げ槍を持たせておらんか?」


 お許しが出た、とばかりに軍関係者が座席から立ち上がって地底人へ群がり始めた。そして、あれをやれこれをやれ、脱いでみろ着てみろと色々注文を付けてくるのだからたまったものではない。


 生きた心地のしない時間を絞れそうな程に鎧下に滲み込んだ脂汗と共に過ごした探索者達は、アウルスから頑張ったご褒美として色を付けて倍額支給された日当を受け取っても、とても喜べる気分にはなれなかった…………。












 民生分野での新商品説明や、来月に新発売される〝征服と統治〟の第ⅩⅢ弾となる〝地方騒乱〟の新規カード発表もあって一部が大盛り上がりした後、恒例となった株主総会後の打ち上げが豪勢に行われていた。


 宴会場は広大な建物の面積を活かした屋上に設けられ、数室の個室と天幕を立てられる広い空間を十全に使用していた。


 新型搾油機によって安価に生産された油で篝火が煌々と焚かれ、新商品でもある獣脂を用いた蝋燭が食卓に配されて昼間のような明るさであった。外から見ても分かる灯りの強さから、市民達が夜中の太陽のようだと評する場は、普段中々手に入らない酒が配られるだけあって早々に出来上がってしまっている。


 前回の反省により、宴席は本当にお祝いと株主同士の繋ぎを作る場としてのみ整えられ、各々が気になった人物と同席して美酒を堪能していたからだ。


 その中でも一際人気であったのが葡萄の蒸留酒ブランデーだった。


 これはベリルが化粧品用に造った高性能の蒸留器を見て、そういえばそろそろ度数のキツい酒が欲しいと思って私的に一つ占有して作った試作品である。蒸留した葡萄酒を樽に詰めて1年も経っていない若い酒を開けたのは、失敗していないかの確認と高貴な人々に売れるかの試験が目的だった。


 甘やかな香りの美酒を配られた貴人達は、最初その濃い酒精に驚かされたものの、薄い専用の硝子酒杯で呑む見た目からの高貴さと、慣れれば強さの割に呑みやすい味を気に入って好評を博することとなる。


 これで数日後酔いも醒めた頃合いには、帝国安閑社から熟成させている樽のオーナーにならないか、という一種の先物取引めいた誘いが届くのだから、反省を活かして上手いこと考えたものである。


 さて、そんな美酒は強靱な肉体を持つ種族から特に人気だった。彼等は既存の酒では浴びるように飲んでやっとほろ酔い、といった具合に強い酒精耐性を持つので、ぐぃっと一杯やれば頭がふんわりするお酒は、正しく福音の如く脳髄を直撃したのである。


 この場で最も大勢が昵懇になりたいと願っている、アウルスの隣の寝椅子を延々と占領し続けているリウィア嬢竜の血を引く人間には特に。


 「ああ、本当に楽しいお酒ですわ……見た目も綺麗だし、こんなに美味しいなんて。本当に火を呑んでいるような気分。暖かな優しさが舌を撫でて、喉からお腹を焼くように落ちていく感覚は、体が炉になったようです」


 年頃の若人二人。それも社交界で結婚相手として是非欲しいと思われるような二人が親しそうにしている間へ、無遠慮に割り込む財界人はいなかった。彼等も空気が読めるのもあるが、流石に元老院に籍を置く貴人の娘……それも、酔っ払った半竜の機嫌を損ねて大怪我――多義的に――を負うリスクを嫌ったのである。


 「やはり貴女の感想は詩的で、とても心に染みますねリウィア嬢。気に入って頂けたなら、是非一樽貴女の名前で取り置かせていただきたい」


 「本当に? それは、とても嬉しいですね」


 「それに良い表現です。気に入りました。これは硝子の容れ物に名を入れて売ろうと思っていたのですが、リウィアの火イグニス リウィア、と名付けたいのですが……どうでしょう?」


 「あら、あらあらあら、とても、とても素敵ですわね……」


 硝子の酒杯の中で蝋燭の火を反射して輝く薄い琥珀の酒は、樽での熟成度合いが弱いこともあって金色にも見える。竜鱗人の麗しい瞳にも似た色彩は熟成によって失われていくとしても、次は次第に彼女の竜鱗と似た色に変じていくだろう。


 酒に浪漫を求め、命名一つの由来を楽しむ帝国人の趣味に大いにウケそうだ。


 「3年もすればいい浸かり具合になると私の職工も申していました。ご不快でないならば、正式発売の暁にお名前をお借りできればと」


 「こんな素敵なお酒の名前になれる。それも、貴方が作った物の名前になれるなんて光栄なことを断る婦女がいるでしょうか。謹んでお受けいたしますわ」


 「それはよかった。では、記念として最初の100本はルフィヌス邸へ直接送らせましょう」


 俺らの取り分が減る!  とベリルとカリスの幻影が拳を上げて怒っていたが、高名な元老院議員に気に入られるためなら安い物とアウルスは簡単に手形を切り、麗しの令嬢は満面の笑みで受け取った。


 「うふふ、楽しみですね。とても。まるで、私と貴方の愛し子が百人生まれたかのよう」


 「百人では済みませんよ。これだけ人気でしたら、これから帝国中に広まるのですから。貴方の名前と共に長い間ずっと」


 もし技術的に可能であるなら、貴方の横顔を模した刻印でも瓶にいれさせましょうかとの提案に令嬢は更に気を良くした。


 彼女は単に浮かれたご令嬢ではない。恋に恋する97歳ではあるが、頭の中は元老院議員として確たる地位を持つ父親譲りの鋭さを誇り、様々な思案を巡らせて社交界を泳いでいる。


 竜属の成人である百歳を目前として婚姻申し込みが大量に増える中、気に入った定命の若人を取り込む策は水面下で静かに進行しつつあるのだ。


 アウルスの父、ガイウスはリウィアの父マルコシウスと益々経済的、政治的な連携を深めており、両家共に結婚してくれたら有り難いと考えるほどの関係に至っている。


 社交界でも二人の仲の良さは、こうやって宴席の度に披露されているもので、不幸の手紙が届くことも珍しくなく――基本的にそういった書簡は全て使用人により始末されているが――競争相手は年々減っていくばかり。可愛い娘のおねだりに負けた父親が、公式な縁談の申し込みを断っていることが拍車をかけていた。


 マルコシウス氏も知るまいに。ずっと父様の隣が良い、と子供っぽいことを言う愛娘が、その実成人したら直ぐにでも嫁いで行ってしまおうかと考えているなどと。


 最後に彼女は非定命。持久戦には何においても強い種族である。


 待とうと思えば何時までも待てる。それこそ定命と違って、最大の武器である美貌が衰えることを危惧する必要などないのだ。手入れによって輝くことはあっても、放っておいても褪せぬことがない宝剣を手にして慌てる必要がどこにあるのか。


 「それは楽しみですわね……3年、区切りも丁度良いですし」


 強欲な竜属の血を濃く受け継ぐ人類のリウィアは、酒に酔いつつもまた別の意味でも酔っていた。特に今晩のは気合いが入りすぎている。


 今後何百年、いや千年以上にわたって愛飲されるであろう酒。その最初の銘酒に己の名と横顔を贈ろうと言われれば、最早婚姻の申し込み以上の口説き文句ではないか。


 誰だって一度は思う物だ。自分の名を歴史に残してみたいと。


 色っぽい酒を添えて斯様な偉業を贈られた竜など、歴史は長くとも一人とておるまい。今は表舞台に出ることが減った古の竜種も、暴君の名を恣にした外国にてのさばる強欲な者達でさえ。


 「本当に楽しいお酒……」


 様々な欲望を酒精に混ぜて呑み込んで、竜種の令嬢は艶然と微笑んだ…………。


【補記】

 少しストックが溜まっているので、週末更新くらいにはペースを戻せると思います。

 参考になることも多く、また筆者のモチベーションに繋がるため、是非感想など頂けると嬉しく存じます。

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