帝国暦740年 春 幾億もの銃火が嚆矢

 準備がいいことにベリルは林の中に射撃実験場を完成させていた。


 木々を直線に切り開いた空間は、最大で150歩調――メートルに直せば140m弱――程の長さがあり、両脇には目隠しと防音材を兼ねた分厚い帆布が垂らされている。


 そして、25歩調22m弱ごとに距離を示す立て看板と、鎧を着せることができる標的も据えられていた。


 「また凝った物を」


 「満足行く出来かたしかめなにゃ量産はできめぇ。正確なデータのためなら、俺ぁ幾らでも骨を折るぜ」


 自身あり気に宣うベリルの宣言通り、射撃実験場は既に何度も使われているようだった。破損した軍団兵が着る物と同規格の鎧が射撃位置の傍らに幾つも投げ出されており、弾丸や銃本体を置く台には火花が散ったのか焦げた痕が散見された。


 「ベンチレスト固定銃架も作ったのね」


 「まぁな。精度を測るにゃ必要だろ」


 己の手に合った特注の、しかし銃身と銃床の大きさが不釣り合いなため、酷く不格好な銃を手にしたカリスは、台の上に残されていた万力のような器具を見て言った。ベンチレストと言う、銃を完全に固定して射撃するための実験器具だ。


 銃を頑丈で動かない台に固定することにより、工業製品としての純粋な精度を測るための器具は何度も使用された形跡が見られ、どれ程入念にこの銃が仕上げられたのかを物語っている。


 「精度はどの程度?」


 「50歩調で15発連続ピンヘッド。75歩調でも殆どホールショットで、150歩調先でも親指の先程のブレで集弾は安定した。ま、銃架の補正と、俺が手作業で作ったから、量産品はもっとバラつくだろうけど」


 銃の精度について知識を持つ低地巨人は、初弾を装填するため銃を中折れさせながら口笛を吹いた。50mと少し離れた所に撃った釘の頭に弾丸が15発連続で当たるという精度は、実用性において文句の付けようがない領域に在る。少なくとも140m先までなら、狙った所に確実に当たると断言してもよい実績を見せたのだから。


 「じゃ、人間大なら300から400歩調までは有効射程圏内と思って良さそうね。これは行き渡れば軍事に改革が起こるわ」


 「ま、軍に行き渡らせる規模での大量生産が利かんから、精鋭狙撃部隊に配備して斬首戦術狙いってところかね」


 「だとしても恐ろしくて仕方ないでしょう」


 巨大な指が紙薬莢に包まれた弾丸を繊細につまみ上げ、銃身に差し込んだ。そして銃が折りたたまれると、巨人は自然な動作で銃を構える。


 脇を締め、腰に重心を置き、骨をしっかり噛み合わせた射撃姿勢は見事の一言に尽きた。銃を構えているというよりも、最初から銃と共に製造されたかのような姿はアウルスに「ああ、これは当たるな」という謎の核心を抱かせる。


 同時、優しく、羽のような繊細さで絞られた引き金が落ちきれば、内部で理力式の撃針が起動した。


 響き渡る暴威の砲口。前世地球にて人類が脈々と千年以上錬磨し続けた、ただただ効率的な殺意がこの世界で上げる産声は、何処までも朗々と、そして恐ろしく轟いた。


 そして、弾けるように揺れる50歩調先の甲冑。弾丸は殆ど中央に着弾し、射撃位置からは視認困難な小さな穴を開けている。


 「……当たったのか?」


 「ほれ、見て見ろ」


 ベリルが懐から取りだした、伸縮式の望遠鏡を受け取ったアウルスが接眼レンズに目を寄せれば嫌に鮮明な現実が飛び込んできた。


 帝国の軍団兵が着込む甲冑は、テルースでも有数の質を誇り、生中な矢玉であれば水平射であっても貫通しない代物だ。帯状の鋼を縫い合わせた積層構造は可動域を確保しつつ強固な護りを着用者にもたらし、幾つもの命を救ってきた。


 だが、弾丸の前には厚さ数mm、平均的な人類が着込んで走れる程度の重量では薄紙と等価であったらしい。


 「うーわ、マジで抜けてるよ……こっわ」


 「正面から見ても分からんだろうけど、100歩調以内なら背面も貫通するぞ。そっから先は、回転が狂うから三枚抜きとはいかんが……まぁ、でも当たれば死ぬかな? 多分」


 「流石にオーバーキルでは?」


 「300歩調先を最大交戦距離に想定してるからいいんだよ。迷宮以外でも使える想定にしてあっからな」


 語り合う二人を余所にカリスは銃をブレイクオープンさせ、銃口を覗くも懸念していた薬莢の燃え滓が見られなかったため、安心して次弾を差し込んだ。どうやら脂と蝋で固めた弾丸は、射撃時のガスと炎により綺麗に燃え尽きてしまうようだ。


 第二射は75歩調先の鎧を捉えて鋼を引き裂く轟音と共に揺らし、第三、第四と続いて次々に遠方の鎧が撃ち抜かれていった。


 始めて扱う銃とは信じられぬ命中率であるが、それだけにこの銃に癖がなく、誰にとっても扱いやすい銃であることを結果によって証明していた。


 続いてカリスは弾丸を数発指の間に挟んで保持し、更に二発口に咥えて連続射撃の姿勢に入った。一発撃っては即座に次弾を込め、間髪に入れずに撃っていく。その射撃間隔は恐怖を感じるほど短く、一射につき丁寧に狙った上で僅か7から9秒ばかり。世界で最初に生まれる銃にしては、あまりに素早すぎた。


 「うーん……連続射には向かないわね。一発毎に開くせいで折角付けた狙いが外れるのがなんとも」


 素早さに驚く観客をさておき、射手は満足いかない結果だったのか唇を尖らせて小さくぼやいた。


 漸う見れば、50歩調先を狙った射撃は速度を優先したからか着弾点が多いに乱れており、一発は肩の端ギリギリに当たる際どさであった。


 動かない的を相手にし、一射一殺を志して放ったのであれば、不満が残るのも仕方がない。平均レベルの頑強さの人類であれば着弾点から先が千切れて吹き飛び、衝撃波で心臓をやられても不思議ではない大口径なので十分に殺せるといえば殺せているにしても、やはり動かない標的だけあって中央に当てたかったようだ。


 「構造上仕方ねぇだろ。何発も遠距離から精密射撃を叩き込むことを前提に設計してねぇ。ボルトアクションやセミオートが欲しいなら諦めろ」


 「だとしても二脚を使おうが連射するとグダグダになるのはどうかと思うわ。当たってる分マシとは言えるけど」


 「迷宮で使うんだから十分だろ! 二列横隊で弾幕貼りゃあ、概念的に攻撃を阻む規格外以外には何とかなるんだからよ!」


 「うーん、そう言われればそうなのだけど……」


 現実的な技術的限界と運用法から物を言う技術屋。一方で下準備空間にて様々な軍用銃を扱って射撃感覚を磨いた軍人。双方が重視する部分が些か食い違っているせいか、銃の性能に両者揃って大満足とはいかなかった。


 しかし、カリスも実用性は満たしていると判断したのか、出来は悪くないわと銃を台に置いて素直ではない感想を溢す。


 「ただ、精度はいいけど頑強性はどうなのよ」


 が、一方で試射しただけでは分からない問題もある。


 軍用兵器として最も重要な頑強性だ。


 銃器は運用において精度や威力が重要なのは論ずるまでもないが、それ以上に重要なのは頑強性と整備性である。たとえ頑丈な装甲を貫通できても、300m先の敵に安定して当てることが出来ても、ちょっとした泥や埃で故障したり、たかが数十発の射撃で銃身の命数を使い切ったりするようでは戦場で使い物にならぬ。


 況してや扱うのは荒っぽい探索者や兵隊だ。不意の遭遇戦では銃剣を着用して手槍の代用とし、最悪は銃床を棍棒のように叩き付ける事態をも起こりうる戦場に持ち込む銃が脆くてはお話にならない。


 軍用銃に必要なのは水に浸かろうが泥に塗れようが、あまつさえ機関部に砂を噛もうと引き金を引けば弾が出る信頼性。そして人間の頭で西瓜割りをしても、照準が多少狂う程度で済むタフさだ。


 「それも実験した。泥も銃口が完全に詰まらにゃ暴発しないし、粉塵にも強い。水も開けば簡単に抜けて狙いに狂いはでない。鎧を力任せにぶん殴っても、銃剣を滅茶苦茶に振るっても一応撃てたぜ」


 「開かなくなったりしないの? ヒンジとか閂とか」


 「兜を原型なくなるまでぶん殴った時に一度。でも、その時は槊杖で銃口から弾丸を突っ込めば撃てる」


 無茶苦茶な方法だが、構造が極めて簡素で銃身が歪んでいなければ撃てるのは利点とも言えよう。発射速度が落ちたとして、一応撃てるのと撃てないのとでは雲泥の差がある。


 「それ、暴発しない?」


 「暴発するくらい歪んでたら槊杖がそもそも奥までいかねぇよ」


 「なら、及第点ということにしておきましょうか」


 「生意気なデカブツだな、クソ……」


 渾身の逸品に実用性で勝る地球の品と比べてミソを付けられたのがお気に召さなかったのか、ベリルは足下の石を蹴飛ばして吐き捨てた。やはり一度贅沢を知った人間は、そこから逃げ出せないようにできているようだった。


 「ねぇ、これなんでこんなのにしたの?」


 「あん?」


 立射が終わったため、次の確認に入ろうとしていたカリスからの問いかけにベリルが振り返ると、低地巨人の兵士はストックを本体に固定するボルトを指さしていた。六角レンチでボルトを抜き取ると、ストックが上方に抜き取れる。


 これは狭い迷宮内で取り回しを向上させ、振り回してもぶつけにくくするための工夫であり古今東西様々な武器で似たような発想がされてきた。


 しかしながら、それらは往々にして伸縮させるか、折りたたんで本体に固定するかされており、こうやって工具まで使って取り外すのは一般的ではない。


 特に論ずる必要もなく、手間だからである。


 留め具を外すなりボタンを押すなりして伸縮する、ないしは横に折りたためるようにして一動作で伸縮できるようにしておくのが一番だ。


 だが、ベリルは溜息を吐いて悲しい現実を語った。


 工程数削減による省コスト化と、可動部を減らして頑強性を上げるためだった。


 伸縮ストックと簡単に言っても、実現するには、どの交換部品でも確実に稼働する工作精度が必要となる。細い鉄の棒を使った骨組みのようなストックだろうと、本体が横に折れるストックだろうと同様だ。


 だが、如何にデヴォン工房の工作機器の精度が高くとも、現状でそれは難しい。元から合わせて作るならまだしも、大量生産される予備部品が一万個中一万個がすっと入っていく領域には届かない。


 何より兵隊、現代の義務教育を終えて、ある程度高度な物品を扱ってきたような者ばかりが相手ではない。


 ある程度の馬鹿でも使えるようにした品を作ろうとするなら、どうしても複雑で、歪んだが最後元に戻らないような機構を採用するのは難しかった。


 「何より、狭いとこ行くなら最初から分かってるし、その場で折りたたまないといけない場面ってあんまないかなって……」


 「……やむないわね」


 と、言うことで初の量産型後装式施条銃は、様々な妥協と諦めを混ぜた製品となった。


 しかし、軍事の門外漢であるアウルスの目からして、十分世界をひっくり返すに足る品であったため、量産のゴーサインが出されることとなった。


 第一ロットは秘密裏に200挺生産し、時が来るまでは帝国勇猛社の地下にて厳重に保管し、必要とならば訓練を開始することとなった。


 後は個人的にカリスが自分専用の一挺を弾薬と共に保管し、アウルスが館が暴徒に襲われるような緊急事態を想定して10挺程をガイウス邸と帝国安閑社の事務所に配備する。


 そんな雑な配備であっても、最悪二分もあれば操作説明が終わり、素人でも戦力になるのが銃という装備の恐ろしい所。


 これを大々的に表に出せば、いよいよ引き返せないことになると認識しつつも、動き出した歯車を止めようと言い出す者はいなかった…………。

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