帝国暦739年 年初 理力講座/帝国歴739年 春 パラダイムシフト

 政治家や経済屋の仕事は、己の意図を相手に瑕疵なく分かりやすく伝達することである。


 そう己に強く任じているアウルスは、下準備期間で特に力を入れた修辞学と同程度に説明や解説の論法を組み立てる技術を磨いてきた。


 演説をっても論旨が迷子であったり、そもそもの本旨が分かりづらければ伝えたいことが何一つ伝わらない。それでは変人がやかましく両手を振り回しながら奇声を上げているだけだ。


 歴史に名を残した政治家、特に独裁者と呼ばれる面々の多くは、印象に残り結論が分かりやすい演説を打つことで民衆に気に入られ、合法的にその座に納まってきたのだから、重要視するのは当然であった。


 こと民意と偶然から転がり始める反乱が政権転覆に繋がる、民主政治が行き渡っていない時代の話だ。演説の火力は時に数万の火砲に匹敵すると分かっている現代人が、砲兵上がりの皇帝やちょび髭の真似事をするつもりはなくとも必須の技能と言えよう。


 しかしながら、数十年の研鑽をしておきながら、こればかりは他人に正しい感覚を伝えられる自信はなかった。


 例えるなら、背中から三本目の腕が伸びている感覚は、腕を二本しか持たない人間にはどうあっても伝えようがないのと同じだ。


 「分かりますか?」


 「……ええ、分かります」


 書類が堆く積まれる……ということはなく、鍵の掛かった書棚へ几帳面に分類されて収納してある執務室で、アウルスは女人と深く体を絡ませていた。


 といっても、色っぽい意味でではない。余人の視点からすれば、単に手を取り合っているだけに映るだろう。指を絡めるでもなく、掌を合わせることもない軽い握手だ。


 しかし、本質を知る者には違う世界が見える筈。


 「これが理力の流れです。普段は体の内を巡り、己という存在を世界に固着させるため働いていますが……我々や一部の人類は、世界に己を固定して尚余力があるため、それを外に漏らすことができるのです」


 「なるほど、これが……いや、しかし、何と言うか……」


 天体望遠鏡のお披露目から数日。アウルスはギルデリースを事務所に招いて講習を受けていた。


 全ては月のクレーターや峻険たる山岳と渓谷に戯れることができる、法悦の一夜を過ごした使節から報酬の支払いを提案され、経済屋が「それなら体で払って貰いましょうか」と宣ったからである。


 際どい冗談におぼこい淑女は、青い肌を薄い水色に変じさせ――それが赤面なのであろう――お付き合いの段階がとか両親への説明が、と見事に勘違いしてくれたのは余談である。


 本来は軽々に教えられることでも教えてよいことでもないが、複雑たる月の顔、そして遙か遠方の惑星と、彼女達を縁取る輪に魅了された彼女は「いつでも使いに来て構いませんよ」という誘いに容易く転がされて首を縦に振った。


 門外不出とされる領域は多いが、基礎だけなら……と自らを縛る家法に言い訳をつける程、天体の深淵に触れる望遠鏡は魅力的に過ぎた。


 これもまた、一種のハニートラップなのだろうか。


 どうあれ、何が何でも本国に一本は買って持ち帰らねば、嫉妬に身を焼かれた同胞から縛り上げられて、文字通りに身を焼かれかねない代物である。それをご帰国の際に一つ進呈致しましょうか? などとダメ押しの甘言まで吹き込まれて、どうやって抵抗できようか。


 同胞への言い訳と大義名分が立つとなれば、星見を愛する乙女を縛る物は最早何もなかった。


 斯くして第一回の講習と相成った訳だが、アウルスは早速コトの難解さに直面していた。


 「き、気味が悪いですな。骨の周りを何かが這い回っているような、それでいて肉体は何も動いていないのがどうにも……」


 「此の身達は、理力が流れる道を“内勁脈”と呼んでおります。それは体の中で基底現実……物が物として存在する境界の内側に存在しない臓器。故に意識しなければ知覚できぬのは当たり前で、触ることも普通ならできませんから。こればかりは慣れるしか」


 肉体の内側に存在しているが、知覚することのできなかった仮想臓器。そこに手の接触面からギルデリースの理力が僅かに流れ込み、廻ることで存在を改めて認識する。


 するとだ、どういう理屈か体の中に耐えがたい蟻走感が走ったのである。


 人間が物を触れて感じることができるのは、神経が通っているからであり、その殆どは体表面に集中しているため内臓が直接痛みを感じることはない。腹を下して痛むのは、臓器の急激な収縮に内臓周りの平滑筋が反応し、激しい動きが痛点を刺激するからに過ぎない。


 仮に腹から引き摺り出された内臓を直接切断しても、臓器そのものは何も感じない。痛みは割かれた傷口や周辺組織の神経が訴えるもので普通は何も感じない……はずなのだ。


 しかし、ギルデリースの導きに従って理力の流れを感じたアウルスは、疑いようもなく骨や臓器に触覚を得ていた。今まで通らなかった血管に血が通ったというべきか、或いは今まで己に“三本目の腕”があることを知らずに生きてきた人間が始めて知覚したというべきか。


 どうあれ、長年の研鑽を以てしても正確に表現の仕方が分からぬ感覚であった。


 「まずはこれを意識して全身。手指の先から先まで一つながりで回せるようになるのが理力を扱う初歩です。我々は産まれながらにして知覚しているので、これが難しいというのは傲慢ながら理解が難しいですが、できるようにならなければどうにも……」


 「まぁ、そこは種族の差ですから仕方ありますまい。いやはや、我が国に理力を扱える賢者が少ない訳ですな、これは」


 手を離して貰っても理力の残滓が体の内側でざわめく感覚の気持ち悪さは、万言を練り上げても他人に伝えることはできまい。これでは霊猿人に理力が他人種より多く、才能があっても技能として使える者が少ないのも頷ける。むしろ、普通ならば身体の不調、病気の一種と思い込んで医者か神殿に駆け込むところだ。


 「ですが、貴方は才能があると思います。理力量は霊猿人にしても潤沢で、何より意志の力が強い」


 「意志、ですか」


 「ええ。理力式とは世界の法則を己の自我で一時的に塗り替える物。現象を起こすにしても、物に付与するにしても最も大切なのは想像力です。どれだけ理力に溢れていても、意志薄弱にして想像力が弱ければ、貴方の会社で売っているマッチ一本程の火力も出ませんから」


 はぁ、と頷きながら、それなら確かに才能があると言われても頷けるとアウルスは納得がいった。


 アウルスがAであった時、言うまでもなく彼は“オタク”と分類される生物だった。


 そして、オタクとは常の如く、生存に必要な諸活動の中に“妄想”が含まれる。


 一般人でもするような生活におけるIFの妄想は勿論、頭の中で全く新しい世界を考えて物語とすることもあれば、既存の物語に干渉して結末を変える、あるいは原作で描かれぬ事象をこねくり回すことも屡々。創作として形にし、更に発表する者は一握りに限られようが、これをしない者はいないと断言してもよかろう。


 想像、そして妄想は生活の一部である。であるならば、それを活力に変えて世知辛い現代社会を生きてきた人間にとって何が難しいことがあろう。


 「……腹ではなく頭が起点なのですね」


 瞑目して理力に思いを馳せ、意識して巡らせ始めるとアウルスは一つの事に気付いた。理力の起点、他人から受けとった理力ではなく、自身の中枢に存在する理力は頭から流れ出している。


 これは彼にとって意外なことであったが、ギルデリースは何を言っているのだと言わんばかりに小さく首を傾げて見せた。


 「我々は頭。頭蓋の内側の脳で思考している生き物ですから……何より理力は意志の力を媒介として必要とするので、頭が起点なのは当然では? 逆に何処だと思われていたので?」


 「いえ、臍の辺りかなと」


 おかしな方ですね、と嫌味ではなく純粋なおかしみで笑いを溢す星見屋に経済屋は照れ隠しで同調して笑った。


 「たしかにお腹の辺りにも大きな内径脈が通っているため重要ですが、根源は脳の前部です。脳、胸、腹、そして下腹の奥……まぁ、有り体にいってしまえば、ええと、せ、生殖器の辺りに大きな経路や、一種の貯蓄嚢があるので重要なのは事実ですけど」


 「そうでしたか。あくまで起点は脳……意志と想像の産物であるが故にと」


 彼が前世で馴染んだ創作の知識に依る思い込みだ。多くの創作では、肉体の内側を巡る生命エネルギーはチャクラ思想に基づいて丹田を起点に発生すると設定されていた。それに準えたが故の発想で、根源が全く異なるエネルギーには適用できなかっただけの話である。


 されども意識さえ切り替えれば、かつての経験もあってかコツを掴むのは早かった。


 オタクであるなら誰もがあるだろう。念に目覚めないかなぁと瞑想してみたり、素早い呼吸を限界まで繰り返してみたり、結跏趺坐の姿勢で丹田に意識をやってチャクラが通らないか試してみたり。


 アウルスにもそういった“若い時期”が長くあったため、かつての経験と想像の力が感覚の取っ掛かりとなった。


 人間は知らぬ物は想像ができない。しかし、似ている物を知っていれば想像することができる。


 そして、想像が重要な理力は、イメージさえできれば階段の一段目に足を掛けることは容易い。


 尤も、その後に延々と続く段を昇っていくのが極めて難しいのだが。


 だが、余人では足を掛けることも困難な一段目を登れたらならば、後はやる気と根気の問題である。


 「凄いですね……ここまで早く理力を回せ始めるなんて」


 「いえ、まだまだです。胸までは意識できても、右手の指先にも届いていない……難しいですね、これは」


 目を閉じて何度も理力を頭から右手に通そうと悪戦苦闘しているアウルスに対し、ギルデリースは呆れの溜息を吐いた。


 普通ならば達人の助けを受けようとも、理力の起点を地力で見つけることも難しいのに、こうも容易く見つけ、更に理力を多少なりとも通してこの物言い。生き急いでいると言われることの多い霊猿人にしてもとびきりの生き急ぎだった。


 理力式による細胞賦活と種族そのものの寿命により、短命であっても300年を生きる理力の民には、50年生きれば上等と言われる霊猿人の人生は駆け足過ぎるように思える。彼も理力の扱いを覚えれば理力の民と近しい年月を生きることが能うだろうが、それでも霊猿人としての本質は変わるまい。


 霊猿人の賢者――理力を扱える者の帝国での呼称――は狂人と紙一重、とはよくいったものだ。


 霊猿人という種はどうにも一代で大きな変革をもたらしすぎる。僅か80年の人生に過ぎないのに500年を超えて存続する帝国を打ち立てた尊厳者といい、種族全体が性急だ。ゆっくりとしたタイムスケールの中で生きる種族にとって、それは最早狂気と大して差のない物としか思えなかった。


 「あ、指先に届いた……」


 「……もうですか。頑張ってください。肉体に理力を絶えず循環させることができれば、不朽の若さを手に入れることもできますよ」


 「先は長そうですね……動いてもないのに息が上がってきました。実現するのは何十年後か」


 たかが何十年かでできるのが異常なのですよ、と頭の中で思いつつ、懸命にして聡明な使節は口にしなかった。


 そして理力式の扱いを教えつつ、やがて彼が頻りに“物に理力を付与する方法”を問うてくる意味は何かと考えた。


 あれは労力の割に得られる物は多くない。疲労する上に複雑な機構をさせるのは熟練の腕を必要とするため、戯曲に現れるような“燃える剣”一本にしてもコストを度外視して漸くの領域だというのに。


 奇妙な生徒に色々と考えさせられながらも、ギルデリースは懇切丁寧に彼が知りたがることを教えた。


 全ては今宵も用意して貰えるであろう、いと高き星々との戯れのために…………。












 株主総会の準備も詰めに入らねばならぬであろう、忙しさも極まる春の終わり。


 アウルスはサレハとファハドの二人が戦力になったのを良いことに、彼等の下に五人ずつ従業員を付けて――論ずるまでもなく破格の対応である――強力なチームを構築させることによって時間の捻出に成功していた。


 本来、最高責任者とは重要な物事を差配し、新しい企画を考え、時に下から上がってきた企画の是非を決定する身分である。今までのように全ての手紙を自分で見て、予定も立て、経理書類まで全部自分で作っていたのがおかしいのだ。


 つまり、サレハが整理した手紙を読み、代筆を命じてチェックをする。ファハドが上げる経理書類を原本や証明となる書類と照らし合わせ、誤魔化しや嘘がないか自分の目で確かめる現状の方が正解だといえる。


 斯様に貴重な空き時間を使い、アウルスはベリルの工房を訪ねていた。隣には護衛として非番のカリスも付けている。隊伍長としてめっきり忙しくなった彼女であるが、訓練がなければ己の都合を優先できるのはお家柄の御威光あってのこと。


 今をときめき大勢が死なれては困ると認識しているカエサル家のご次男様を護衛するとあったなら、軍団長も休暇届に否を出すことはない。


 乗り心地のよい馬車に乗って辿り着いた郊外の工房は、相変わらず熱気に溢れていた。


 以前と変わったことがあると言えば、水車が三基に増え、縦に長い工房の上流から下流に向かって稼働していることだろう。


 これはベリルが分配器に頼って高出力の水車一基で工房全てを回すのに無理が出たため、広い土地を活用するべく実施した改造である。


 最上部の勢いが強い場所にベアリングを仕込んだ高出力用水車を置き、先頭の水車によって流れが弱くなる中断、下段には低速でも問題ない水車を置く。そして、場所場所に応じて回転数の違う水車に適した設備が配備されている形だ。


 「また盛況だな……鉄の擦れる音が耳に痛い」


 「旋盤を改造して剣の研磨機まで導入したのね。数打ちの量産剣なら丁度良いのかしら」


 「あたりめぇよ、気合いの入った品は今も職人の手作業で研ぎ上げてるぜ」


 視察がてら工房をぶらぶら見ていた二人を、やや遅れてベリルが出迎えた。今まで余人の手に任せられぬ――何せ工房でも三人しかレンズを研磨できる職人はいない――天体望遠鏡の対物レンズを研磨していたため、手が離せなかったのだ。


 「みんなも喜んでら。アレがありゃ見習い衆が作る軍に卸す安かろうの品でも、ちゃんと斬れるモンが割合簡単に仕上がるんでな。入魂の逸品に時間を割けるってんで、名剣市が開けそうな勢いだぜ」


 「それはよかった。やるなら是非呼んでくれ。贈答用に何本か買い上げよう。それよりもだ」


 「おうよ、応接間だな」


 悪巧みは三人揃って、の不文律に従って、A・B・Cトリオは常と変わらず人払いをした応接間に集まった。


 そこで饗された飲み物で唇を湿らせてから、アウルスは懐から小袋を取り出す。


 漸く理力を扱うことに慣れてきたので、玩具を持って来たと。ギルデリース理力の専門家と伝手が出来たことは、前もって手紙で報せてあったのだ。


 「ほほぉ、どらどら。お坊ちゃまの実力を拝見しようじゃねぇの」


 成果物が入っていると思わしき小袋に手を伸ばしたベリルは、その中身を見て拍子抜けした。


 何の変哲もない鉄の欠片と、価値の低い晶石が入っているだけだったからだ。


 なんでぇ、と訝しげに道具を見やるベリルに対し、アウルスは二つを軽く合わせてみろと言った。


 「おあっ!?」


 するとだ、強い衝撃を手の中に感じたベリルは、持っていた鉄片と晶石を放り投げてしまった。


 まるで手の中で鉄が破裂したような感覚に襲われたのだ。


 「こいつぁ……」


 「簡単な理力式を付与してある。100円ライターの発火機構と大体同じだ。触れあえばちょっとした火花が散り、可燃物であれば燃える程度の細やかな仕掛けだ。使い道が分からねば、まぁ悪戯程度にしか使えんが……」


 単純すぎる道具であり、専門家たるギルデリースは監修の際に「握手の時に握り込んで悪戯でもするのですか?」と首を傾げた。事実として、これ単体では100円ライターを分解して得られる圧電素子で悪戯する悪ガキと同程度の品だ。良くて使う度に痛すぎる、出来損ないの発火具といった所か。


 しかしだ、別の発想を知っていれば別物に。それこそ世界を変える品に化ける。


 「撃針としちゃ上出来すぎるな……筒の内側に仕込めるじゃねぇか。しかも勢いを付ける必要もなしと」


 銃の発射機構としては上等すぎた。火縄も燧石もこれには適わない。筒の内で稼働するようにしてしまえば、銃口内と火薬さえ湿っていなければ、先込式でも雨天時に発砲できるようになるのだから。


 「火薬の発火には十分か?」


 「十分過ぎらぁ。ライターの燧石と変わらん火力だ。発動条件は?」


 「接触させるだけだ。一度触れあえば一度だけ発動する。勢いも摩擦も不要。接触するだけでいい。触れ続ければ発動し続けることもなくしてある。再発動には完全に離れ、一呼吸置いてからと設定した」


 「勢い要らずね、射撃の精度が上がるし不発率も低そうだ。使用回数は?」


 「理力式の付与はバッテリーとかそういうんじゃない。砕けない限り何度でも使える。この道具自体が“触れれば発火する”という概念で上書きされてる」


 「へぇ……」


 じぃっと職人の目で理力式の撃針を眺めたベリルは、それを机上に置くと徐に立ち上がって、二人に少し待てと行って部屋を出て行った。


 そして、大急ぎで走って戻ってきたと思えば、手に持っていた布に包んだ袋の中身をぶちまける。


 以前、アウルスに旋盤の仕上がりを示すために出した鉄管が五本。いや、それに更なる加工が施されたものだ。


 「頼むわ、専門家」


 「……ライフリングね。それもかなり現代的」


 アウルスに頼まれて筒を手に取り、慎重に覗き込んだカリスが呟きくと、ベリルは一つ頷いた。


 「おう。六条右回り。ねじれ率もきちんと計算した俺入魂の逸品だ」


 筒の中に施された螺旋状の切れ込みは施条と呼ばれ、中を駆け抜ける弾丸に食い込むことで強烈な横回転を与える仕組みだ。これによって滑腔銃の弾丸と違って横に回転する弾丸は、強烈なジャイロ効果によって驚異的な安定性を得ることができる。


 言うまでもなく、とんでもないオーパーツだ。地球でも16世紀になってからの発明で、普及したのは更に先。溝に弾丸を食い込ませるため、直径が銃口より大きな弾丸を力尽くでねじ込まねばならぬ使いづらさから、狙撃用として一部の散兵や猟兵に配布されるだけの期間が長かった。


 しかし、発射時の火薬が燃焼する圧力で弾丸が膨張するミニエー式の弾頭によって、装填の不具合が解消された後は全ての銃が採用することになる機構だ。


 少なくとも、剣と魔法の世界に持ち込むには暴力的過ぎる品だった。


 「まぁ、お前のことだからな……気が早いことに作ってるとは思ったが。何本ある?」


 「今の所50本。量産が決まったら直ぐに作れるようにと思ってな。安心しろ、職人衆も旋盤の精度を測る試験品くらいにしか思っちゃいねぇよ」


 形になれば不可逆の変異を戦争という概念にもたらす道具を玩具の如く弄ぶベリルに、アウルスは手で額を覆いながら溜息を吐いた。


 周到であるに越したことはないが、五年は大人しくしていようと言っていたのに、どうやら残り一年が我慢しきれず、できることは直ぐやりたい気の早さが抑えきれなかったらしい。


 「それよりお前、その発火具は幾つ作れんだよ。月に一つです、なんて言ったらキレるぜ俺ぁ」


 「日に10個は軽いさ。悪戯にしか使えんささやかさだけあって、理力式で性質をねじ曲げる抵抗も低いし、素材も粗末で済む。むしろ、師には瞑想より消費が低いから、鍛錬にはならないのでは? と言われてしまった。作れと言われれば20個でも30個でも作ってやろう」


 お前にしか作れない物を生産の重要部品に据えるのは些か不安が残るが、とベリルは愚痴をこぼしたが、顎に手を添えて暫し考え込んでから、もう図面を引いちまうかと言った。


 「試験するとなると、当然慣れたヤツの手に合わさにゃならんか」


 「手形が居るならどうぞご自由に。何時だって手を貸すわよ」


 「手形だけに、とか抜かしたら煮えた鉄を浴びせてるところだぜカリス。まぁいいや、じゃあ巨人族にしか使えねぇ、特注のを一本作るか……ぶっちゃけ、お前だったら盾と斧担いで突っ込んだ方が強くねぇ?」


 「やぁね、人を蛮族みたいに」


 「いや、蛮族だろ、この巨人」


 「言ったわね、豆粒」


 蛮族扱いされたことに怒ったカリスはベリルの首根っこを掴んで持ち上げ、その1mと少しという子供みたいな体躯を勢いよく振り回した。更に短い手足を振り回して抵抗するベリルであるが、2m40cmにも及ぶ巨体につま先一つ掠りはせず、鼻で笑われるばかり。


 一方で悪党面が成長するにつれて極まりつつある政治屋は、顔に苦悩を滲ませて「こいつら本当にこの先何百万人と人を殺していく武器を作る自覚があるのか」と呻いた。


 下準備期間で分かっていたことだが、改めて考えると気が重かった。


 たしかに三人がやらずとも、どうせ誰かがやることだ。放っておいても早いか遅いかの問題に過ぎず、この世界においては遅ければ滅びがやって来るのだと思えば必要な“痛み”だということも重々承知の上である。


 だとしても、今までの純粋な金儲けと違ってアウルスは気乗りがしなかった。


 必要であると分かっていても。製造法が独得なため、数万挺が行き渡って大勢が死ぬのは先だと分かっても。


 ベリルは鉄洞人の特性から、新たな高度な物を作る悦びが勝るのだろう。


 そして戦いに生きる低地巨人であるカリスは、訓練によって精神を慣れさせていることを除いても、武断的な種族の脳構造のせいか殺人の抵抗が極めて薄い。


 そういった文化に生まれ、思考をする種族に変わったのだから当然である。


 しかし、人間に近いままのアウルスには中々辛いことだった…………。


【あとがき】

 更新の件に関し、本日中に近況ノートでご報告することがございます。

 要するに書き溜めが尽きて来たため、毎日更新が終了いたします。


 Twitter(ID:@schuld3157)にて更新報告や予告などを実施するため、よろしければフォローなどお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る