帝国暦736年 初夏 誤算/西暦20xx年 結婚意識

 大事な会議のシメも宴席にしてしまうのは、帝国の良い文化と呼ぶべきか、悪しき文化と呼ぶべきか判断するのは難しい。


 人付き合いも酒も得意な者にとっては間違いなく前者であり、酒も政治も疎ましい人間にとっては、疑う余地なく後者であるから。


 帝国暦736年の初夏。帝国の主要作物である大麦の収穫期が始まって、官民共に忙しくなる前にという気遣い。そして、アウルスの個人的な「総会といったら六月に決まってるだろう」という個人的な思い入れに従って開催時期が設定された、帝国安閑株式会社の第一回株主総会は盛況と好評の内に終了した。


 前世と同じく参加を促しつつも、多忙であれば重要議決にだけ解答して欲しいと招待状を送った所、全株主が予定を調整して参加したのはアウルスも驚いた。


 帝国安閑社の商品は、どれも帝都では非常に重要な物として扱われているし、今となっては遠く離れた属州からもTCG、マッチ共に――あとたまに扇風機も――発注が来る程の物になったとはいえ、大物達が全員揃うとは考えていなかったのである。


 最悪に備えて全員が来ても家名に恥じぬよう会場を整え、酒と料理を用意した自分の周到さをアウルスは多いに褒めてやりたかったが、やはりこの空気自体はどうしても好きになれなかった。


 「よい宴だ! 素晴らしい報告の後であれば飲む酒も美味い!」


 「陛下、酒量は控えめにした方がよろしいかと。また侍医が五月蠅く付きまといますぞ」


 「今日くらいはよかろう、ガイウス! なぁ、皆も堅苦しいことを言う必要はないと思わぬか?」


 響く賛同の唱和。ノリによって打ち鳴らされる酒杯。そして何度目か分からぬ、杯を打ち交わす喜びの表明。


 一番偉い人間が一番ハメを外している環境は、主催からすると中々に地獄だ。父親は息子を思ってか、それとも自身も騒がしいのが嫌いだからか諫めようとしてくれているものの、役に立っているとは言い難い。貢献度でいえば、重厚な鉄扉に付けられた百均のドアストッパーくらいのものか。


 際限なく上がって行く場の空気。大量に空けられていく酒。そして減っていく在庫に正比例して消費されていく参加者の正気と冷静な思考。


 酒宴の場で新商品の発表をしようなんて、妙な気の利かせ方をした己が阿呆だったとアウルスは深く後悔する。


 「えぇ、皆様、新しい葡萄酒をお持ちいたしました。南方、我が父の領地でとれた葡萄によって作られたものです。どうぞ存分にご賞味を」


 新しい酒を持って来た序でに、始めて目にするであろう商品に気付くのはどれだけか。酔っ払った様に見えて目は冷静な皇帝は間違いなく気付いているが、場の空気と上等な酒によって脳味噌が蕩けた参列者の八割は気付いていまい。


 帝国産の安価な樽に新しい酒が入って届いたことを。


 樽は中央が膨らんだ円筒形になるよう成形した木材が金属の箍で留められた容器であるが、帝国では一般ではない。中央大陸北方で発明され一般的に使われている容器は、帝国だと製造コストの都合で陶製の容器に軍配が上がっており、輸入商であれば存在を知っていても普及することはなかった。


 たしかに樽は陶器の入れ物や木箱とは比べものにならない程頑丈なれど、製造に掛かる手間と要求される職人の腕前もあって高価極まるのだ。応力が働くよう木材を均一に切って組み上げ、水が漏れぬよう底と蓋を作るのは熟練の職人が繊細な腕を振るってやっとの成果。


 たとえ何度も使い回せて、陶器の瓶より輸送に優れるとは言え、これだけで陶器の瓶が何倍も用意できるとなれば普及しないのも無理はなかった。


 樽の生産地が帝国の領土に組み込まれ、交易品ではなく自国生産物として手に入ったならまだしも、かつての外征戦争時代に「無理してまで統治する旨みはない」として放棄してしまった土地の産物が安価になるはずもなし。


 しかしながら、後五~六年は民需品に注力しようと決めたアウルスとベリルの手に掛かれば、熟練の職工と高精度の工業機械によって量産するのは容易い。職人達はアウルスが大枚叩いて用立てた見本品を「遠慮なくバラしていい」と言われれば嬉々として、本当に遠慮せずバラして構造を理解しコツを掴んでみせた。


 水力式の丸鋸とボール盤に依る、手作業では出せない効率と正確性を活かし裁断された木板は、複製したような均一さに切り抜かれて樽に生まれ変わっていくのだ。


 先に胴部を差し込む底を作っておき、片側を枠で留めた後に蒸して成形し、中央が膨らんだ形にしてしまう過程さえ理解すれば、後は職人達の腕の問題。今こうやって自信満々に出していることからして、デヴォンの職人達にとって大した問題ではなかったのが事実である。


 しかしながら、職人達が頑張って製造ラインを確立させた樽は、胴部に帝国安閑株式会社の焼き印が施されていても殆どの客人に気付かれなかった。樽とは珍しいなと考える者がいても、輸入した物を使っている程度の認識で終わっているのが実に勿体ない。


 良い物なのだ。頑丈で沢山入って、水以外にも使えて、横に倒せば簡単に運べる本当に良い物なのである。だが、気付いて貰えなければ意味がない。


 他にも飾り付けに使った布が、最新型の織機で安価に大量生産した品だったり、酒杯が全部旋盤によって彫刻が施されていたりするが、これも触れて貰わなければないのと同じ。


 ああ、やっぱり洒落た趣向をなんて似合わないことを考えず、設備投資の話――案の定、株主から凄く高いけど何に使ってるんだ? というツッコミがあった――をしている時に発表すればよかったとアウルスは後悔した。


 冷静になれば分かっているだろうに。設備投資額の大きさに眉を潜めた後、その落胆を裏切るように巨額の株主配当を示せば盛り上がりすぎて大体のことが有耶無耶になることくらい。


 多分、この状況を作った皇帝にも悪気はないのだ。株式会社を存分に政治に利用するつもりではあっても、アウルスにもカエサル家にも損をさせるつもりは毛頭ないはず。


 それに、こんな飲み会の場で新作の発表をしようとしているなどと、予測しろという方が無理があるもの事実。大事な物を発表したいなら、畏まった場で十分に温めてからにしなさいと説教を喰らっても仕方がない。


 酒という溶剤は正気を簡単に蕩かせる。場を間違ったことに猛省し、後に活かせばよい。


 それにだ、樽も初期出荷分は既にアウルスの父、ガイウスによって買い占められているから、宣伝が多少遅れてもダメージは少ない。樽が葡萄酒の醸造に適しているらしいと溢した所、ならば自分の壮園で試してみるかと縁故発注があったのだから。


 アウルスは実験として少数買ってくれればいい程度に思っていたが、それこそ実験で使う数ではありえない量の発注が叩き着けられるも、売れるなら売ってしまおうという商売人の気質に任せて気前よく全てを売り渡してしまった。


 本当ならばベリルにも個人的に数十樽工面してやり、蒸留酒や穀物酒の醸造実験を行わせる約束で合ったのだが。


 その場の空気で動くとよろしくないことが起こるという見本はさておき、この場では保険がてらの二の矢も用意してあった。折角来て下さったのだから、という名目で“お土産”を持って帰って貰うことになっているのだ。


 参加者全員に配られるお土産もまた、ベリルの工房で作った生活用品の新製品だ。


 来夏より売り出す予定の薔薇の精油を用いた石鹸とシャンプーは、忘れられない限り大変よい売上げを記録することだろう。いつの時代だって、男の浪費よりも女の浪費の方が規模も頻度も大きいと相場が決まっているのだから。


 大人衆が酒を飲んで出来上がっているのを良いことに、喧騒に疲れたアウルスは人混みから離れてこっそりと片隅に陣取った。会場は事務所として借りた館の最上、露台になっている屋上なので暗がりに行けば目立つことはない。


 まぁ、盛り上がりの質がどうあれ成功は成功だ。今日の発表と利益、そして持て成しで株主はよい印象を受けて帰ってくれるだろう。近々予定している新規株式の発行でも、特に宣伝を労することなく募集を終えられそうだ。


 「よい宴ですね、アウルス」


 「ああ、リウィア嬢」


 露台の手摺りにもたれかかって麗しの帝都を眺めていると、声を掛ける者があった。ご家族でもどうぞ、という誘いを素直に受け取って父と同道したリウィア嬢である。


 今まではアウルスが名だたる財界人と談笑し、次なる商売の話や今後の展望に弁舌を振るっていたため遠慮していたらしいが、静けさを欲して離席したなら声を掛けてもよいと判断したのであろう。


 「楽しんでいただけたなら何よりです」


 「ええ、とても素敵でした。ふふ、総会……? で発表していた姿も格好良かったですよ。大人の前で、ああも堂々と振る舞えるなんて」


 「恐縮です」


 謙ってみせるアウルスに謙虚ですのね、と微笑んでリウィアは隣に並び、アウルスに倣うが如く手摺りに身を預けた。彼も第二次性徴を迎えて背はかなり伸びている方だが、それでも尚リウィアの上背には届かない。実質的な寿命が観測できぬ優れた種は、肉体的にも霊猿人とは比べものにならぬ性能を持つ。


 しかし、その横顔に憂いが滲んでいるのをアウルスは見逃さなかった。


 「リウィア嬢、これを」


 「……まぁ! また一輪、私の部屋に朽ちない彩りを贈ってくださるのね」


 なので、彼女の姿を認めた時から用意していた、約束となりつつある折り紙の薔薇を贈る。会社員時代、たまに海外に出張する時、取引先を驚かせようとして折った立体の折り紙は、手癖として染みついているのか何年経っても忘れることはない。


 「あら……とても良い香り……」


 「新製品を少し試しています。他の誰にも渡していない新製品ですよ」


 そして、新商品の話を最初にしなかったことでションボリさせてしまったことを覚えていたので、気を遣うことも欠かさない。


 これはまだ未発表の“香水”の香りだ。新型炉の恩恵で金属使用量に余裕ができた工房で、ベリルは父にねだって新型の蒸留器を作ったのである。それで酒を蒸留して高濃度のアルコールを生成し、試験的に香水を作っている。


 まだ満足行く品質の物を大量生産ラインに乗せられないので、売り物のラインナップに含めていないものの、近い将来はご婦人方がこぞって買い求めるようになるはずだ。


 その時代の最先端を渡すのだから、ご機嫌はよくなるはず……と、内心で会心の笑みを浮かべていたアウルスなれど、その予想は裏切られる。


 薔薇の匂いが薫る折り紙に鼻を寄せながらも、ご令嬢は浮かない表情をしているのだ。


 「どうかなさいましたか? ……お辛いことが?」


 「いえ、アウルス、何も悪いことはないのですよ、何も。ただ……断りづらい婚約の話が来るようになりまして」


 「……なるほど、それは」


 帝国には結婚の下限年齢などはない。時には家同士の繋がりのため、嬰児が成人と婚約することもあり、年齢差など誰も斟酌しない。それこそ種族の差があるなら、場合によって数十から百歳単位で差があることも珍しくないのだ。


 何より国内での婚姻外交が一般化している国なのだから、必要なことだと思えば尚のこと気になどするまいて。


 そう考えるなら、有力な元老階級の娘が成人間際まで婚約もせずいられたのは、相当大事にされていたからに違いない。


 「無理強いされている訳ではないのです。父も気が向いたらでよいと仰ってますし、私もまだ実感がないのでお断りさせていただいていますが……」


 「ひっきりなしに来てしまうと、意識せずにはいられませぬか」


 「そうなのです。お友達の酒宴の場で話を始められてしまうと、お友達の面子のこともあるから無碍にし辛くて……アウルスもそうではないのですか?」


 リウィアが言うようにアウルスにもその手の話は多かった。十分に家の継承が望める有力家の次男である時点で引く手数多であるし、それに輪を掛けて大金を稼いできたアウルスの人気が出ない筈もなし。今まで本人が断ってきただけで、縁談など星の数ほど舞い込んできている。


 しかしながら、アウルスにはまだまだ結婚する気がなかった。


 結婚によって妻の家に気を遣い、事業方針をフラフラ変えねばならなくなることを嫌ったからである。


 彼とてご婦人は嫌いではないし、成人を迎えつつある肉体が相応の反応を示すことはあったが、それで仲間と練った折角の計画を潰すほど阿呆ではない。なんとでも処理できることで、神からの課題を潰したとあっては、どんな折檻を受けるか想像するだけで恐ろしい。


 故に全ての縁談話は両親を説得して断らせている。


 父には、兄がお家を継いで、子供ができて安定するまでは結婚はしないと宣言してあった。お家騒動一歩手前まで行ったことは、今もアウルスの心に重篤な心的外傷として残っているため、継承の趨勢が再び乱れるような状況を作りたくなかったのである。


 まかり間違って兄より先に結婚して、長男が――霊猿人は、その短い生命サイクルから男児の単独相続を尊ぶ――産まれてしまった日には目も当てられない。またドサクサに紛れて利益を得ようとする外野がお家騒動の火種にしようと目論むのは明白で、今度は鎮火のため下手すると帝都を出るどころか属領にまで行くことになるだろう。


 「では、アウルスは上手く避けられているのですね」


 「ええ。母に、かかさまと一緒にいたいのです、といえば父を制御してくれましたし」


 「ああ、その手が……」


 包み隠さず事情を話せば、リウィアもおっとりしているように見えるだけで、かなり聡いお方なので色々と察してくれたようである。


 それにしても狡い男だ。当主にしようとする程に溺愛する母親を、これ幸いとばかりに盾にして商売に専心しようとしている。家族への愛は間違いなくあるのだろうが、だとしても考えることが小物に過ぎた。


 本人もそれは重々承知しているので、敢えて仲間二人に隠していたが――間違いなく死ぬほど煽られて、最期の瞬間までネタにされ続ける――何故かリウィアには隠す気になれなかったのである。


 己の醜聞であっても、彼女の気が晴れて、役に立てればと自然と思ってしまったがために。


 「少し気が楽になりました」


 「そうですか、ならばよかった。今日の酒宴を耐えた甲斐があったというものです」


 悪党面を薄い笑みに染めるアウルスを見て、リウィアはほぅっと表情を緩めた。そして、胸に抱いた彼女には小さすぎる薔薇の造花を見下ろして呟く。


 「そういえば、流行っている歌劇の中にありましたね。主役がヒロインに花を贈って、それが枯れる前に迎えに行くという筋が」


 「また気障な筋ですね……花など、直ぐに枯れてしまうのに。枯れてしまえば約束は反故になったから諦めろと言っているようなものではないですか」


 「ふふ。ヒロインはそれを乾燥華にして、言質として浮名を博した男に首輪を嵌めるという喜劇でしてよ? 彼は枯れぬ花、永遠の愛を誓ってくれたのだと」


 「それは……なんというか、強かなことですね」


 自分は娯楽を供給している割に他の娯楽に明るくないアウルスは、ひでぇ筋の話だなと思いつつも、笑うリウィアに合わせて笑って見せた。


 その後に、これも見ようによっては枯れない花ですわね、という呟きに小さな悪寒を感じながら…………。












 冴えない風貌の男が画面の中で叫んでいた。トラックの前に飛び出し、僕は死にませんと回らぬ舌で叫び、女性に何事かアピールをしている。


 往年の名作と呼ばれる部類の古いドラマだ。A・B・Cの三人が物心がついていない頃に放映された物なので、勿論三人ともリアルタイムで見ていない。


 と、いうよりも態々見る機会がなかったので、誰もがタイトルを知る名作であり、話の筋を知っていてもみたことはない、という既知なれど未視聴の名作の一つだ。


 基底現実時間で数十年。数年前に神が「あのぉ、まだ準備したいのかのぉ?」と問うてくる程に時間をかけていると、見る物もなくなってくる。


 なので三人は、ここ数年は有名だけど見たことがなかった作品を息抜きに視聴することにしていた。


 「ふと思ったけど、私って向こうで結婚とかせにゃならんのかね?」


 茫洋とウイスキーの水割りを手にソファーの中央に陣取ったAが言うと、BとCは画面から目を離すことなく首を捻った。


 結婚、という概念が縁遠すぎて、一瞬頭の中で日本語と意味が結合しなかったのである。


 三人とも三十路を過ぎて未婚だった面々だ。Aは同じ寝床に余人がいると眠れないという性分的な欠陥から。Bは気性の荒さと気分屋過ぎる自我によって。そしてCは仕事が仕事なので、全員結婚生活は自分には無理だなと自認して避けてきた人間である。


 しかしながら、優雅な独身貴族生活が許されていたのは、寛容で多様性を認める現代社会なればこそ。


 ほんの30年前でさえ、未婚の男は半端者扱いされて出世が遅れ、女は結婚して子供を産むのが幸せと当然のように思われていたのである。それが古代から近世の有り様が入り乱れる世界となれば、どうなるかなんて分かりきったことではないか。


 それこそAは貴族の御次男様に生まれ変わるのである。丁度よい婚姻外交の弾ではないか。


 BとCも家の柵は避けがたい。どれだけ頑張って仕事をしようと、その内に縁談を持ってこられることは避けられない。父親に甘えて婚期を遅らせることは簡単でも、三十路の半ば――ないしはそれに該当する年齢――を超えると、孫が抱きたいなぁ、などと図々しくも掌を返すのが両親という生物である。


 「……まぁ、お前はせにゃ拙いよな。お貴族様だし、寿命が俺達より短いからなぁ。外聞が悪いと政治にも響くし、それに後継置いてってくれんと……なぁ?」


 「ええ、それはまぁ……ねぇ?」


 「クソアマ共、他人事だと思って気軽に言いやがって。じゃあお前らどうすんだよ」


 世の摂理、とでも言うべきか、順当に行けばBとCを種族が持つ寿命差によって置き去りにし、世界救済事業から一抜けすることが分かっていたAは、半ば諦めるように項垂れた。


 全く気乗りはしないが――私の子供とか可哀想だろ、が生前結婚話でも口癖であった――最悪、親族から養子を取って教育してもいいのだ。適切な人物に家督を譲って、世界救済事業を引継させれば、後はBとCが上手いこと操縦して誤魔化してくれるだろうから。


 Aが項垂れて視界が空いた空間でBとCは顔を見合わせて悩む。


 別にどちらも何か強いポリシーがあって結婚していなかった訳ではないし、どちらも普通に異性愛者である。


 単に家庭に憧れがなく、同時に適当な相手もいなかったために未婚だったという側面が強いので、両者共にAほど拗らせている訳でもない。


 が、現代の大分緩くなった家族間の付き合いでさえ面倒が絶えないのだ。そんな時代で結婚するなど、BとCにとっては悪夢以外の何者でもなかった。


 まぁ、向こうに行って何かの間違いで恋愛感情を抱く可能性が奇跡的な確率で発生することもあろうが、現状では考えるのは難しい。


 そこでCの頭が悪魔的な発想を思いつく。


 「あ、じゃあ立場あるんですし、Aの情婦ということにしておけばいいのでは?」


 「なるほど! それがあった!」


 「自分達だけ楽しようと考えてんじゃねぇぞ【自主規制】共が!!」


 あまりに勝手すぎる発想にAは即座にブチ切れ、手に持った酒を投げつけ……たりはしなかった。上背と目方、そして学生時代に拳法を九年やっていたBと、仕事として人を楯や警棒でぶん殴る訓練を積んでいたCに勝てる筈もないからである。


 Aの復讐は、三人が遊んでいた格ゲーによって果たされる。容赦ないハメと投げ技の連打に遂にはBが切れてパッドを投げつけ、Cもそれに便乗して関節技をぶつけることになるが、Aは最後まで謝罪はしなかった。


 全部逆ギレで、悪いのはお前らだろうが、と堅く信じていたから…………。

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