帝国暦735年 夏 皇帝謁見/西暦20xx年 あさのこないせかい

 帝国における皇帝とは、一般的に想像する皇帝というよりも、国家の意思を代表する国家元首に等しい。


 これはテルースに地球では存在しない、寿命が長い種族が存在することに由来する。


 最初期の帝国は打ち立てた初代が“諸王への命令権を持つ王”という意味を以て皇帝と名乗ったが、実質的な制度は共和制に近かった。


 これは初代皇帝、尊厳者との異名を受け、今なお神君として崇められる彼が諸種属を糾合して国家を立てたためだ。この由来により、帝国の元首はどちらかと言えば、纏め上げた諸部族の調整役にして共和制の擁護者といった側面が高く、皇帝として安易に連想する血縁に基づく独裁官ではなかった。


 それによって帝国を率いる王、皇帝が任じられるようになったが、ここで長寿の種族や不老の種族、或いは連続性を持った個の種族が問題となる。


 帝国を打ち立てた尊厳者は、普通に老いて死んでしまう一代限りの才能。定命の霊猿人であったからだ。


 このままでは自身の死によって皇帝位が済し崩し的に相続された場合、そう遠からぬ将来、策謀に秀でた個人によってやっと作った国が蚕食されることとなる。


 たった一人の非定命が帝位に就いたならば、皇帝の権限と期間に制限を課していない限り、いとも容易く不老の終身独裁官が就任してしまう。


 これは拙いと考えた尊厳者、そして彼と政治意識を共有した者達、ついでに自分達の尽きぬ命が、流れぬ水と同じく血を濁らせることを分かっていた聡明な非定命によって連帯が組まれる。時に暗闇で短刀と毒薬さえ飛び交う長い長い政治議論を重ねた末、ようやく今日にも残る皇帝の制度を固めるに至った。


 皇帝は国家の元首にして、有事は全ての軍事権を総覧する統治者。任期は一期最長20年で再選は二度まで。その後、再選者は帝位に就くことができないと法典の神聖規定――神と誓約を交わし、特別な手順を踏まねば変更できない法――により定めた。


 この規定によって皇帝が勝手に任期を伸ばして終身独裁官――帝国成立以前の大国に存在した階級――になることは防がれ、同時に軍部が自分達の思い通りになる皇帝を武力によって打ち立てることもできなくなった。


 結局の所、どれだけ時代が進んでも元老院議員が承認しない限り、誓約を立てた神々も皇帝として認めないことになるのだ。どれだけ武力でゴリ押ししようが、正しく帝国という名の器を得ることができないなら、内に讃えた美酒を飲むことは許されぬのだし、無茶をしても利得を得ることができなかったのである。


 諸般の事情もあり、帝国は建国より700年以上を超えても、大きく国体を変えることなく存続し続けることができた。


 斯様な国家の元首との謁見は、思いの他砕けたものであった。


 「ガイウス! 良く来た! そなたの訪問を心待ちにしておったぞ!」


 現在の帝国皇帝、猪頭人のウィリテウス・フラウィウム・エスクイリヌスは巨大な体全てを使って来訪者への歓迎を表現した。


 猪頭人は、猪とよく似た尖った顔付きと雄大に突き出した牙、そして硬い毛に覆われた巨体が特徴的な種族であり、少壮の皇帝は痩せぎすのガイウスと並ぶと、小枝と柱のような体格差があった。


 獣の気質が濃い人類の価値観に照らせば精悍な美男であるウィリテウスは、軍団の再編成が求められていた15年前――ちょっとした反乱で第Ⅹ軍団が失われたためだ――に能力が買われて選出された皇帝であり、護民官なる平民側の代表者といえる役職あがりの珍しい皇帝であった。


 「陛下においては益々壮健であらせられるようで何よりですな」


 「ここは我が私邸であるぞ! かつては立法論を戦わせた仲ではないか、もっと気楽に頼む! もう公の場では我が子さえ陛下と宣って生きづらいことこの上ないのだ、せめて好敵手であったそなたくらいは気安くしてくれまいか」


 「分かった、分かったから背を叩くな。体格差を考えてくれ。この老いた体が折れてしまう。陛下に手打ちにされねばならぬような大逆を犯したつもりはないぞ」


 「おお、そうか、すまん! そなたは叩いても叩いても論を返してくるからな! 余の中ではこの身に劣らぬ巨漢という認識しかないのだ! 許せ許せ!」


 謁見の願いに応じてガイウスを私邸に招いたウィリテウスは、饗応の準備を整えた応接間に招いた古い友人を半ば強引に寝椅子へ座らせた。


 間に挟んだ机には、皇帝という立場も含めても客に恥ずかしくない持て成しの料理が用意されている。態々子羊を捌かせたのか、豪勢極まる丸焼きを始めとし、とてもではないが二人で食べるには多すぎる量だ。


 しかしながら、食べ切れぬほどの食材で客を持て成すのが貴人としての作法であることを知るガイウスは当然として受け入れる。平民であれば腰を抜かすような料理の数々も、後に私邸の下人に下げ渡すことを考えて用意していることが分かっていれば無駄とは思わない。


 まぁ、この護民官あがりの皇帝ならば、一人で全て平らげることも容易いのであろうが。


 暫し近況を報告し合ったり私的なことを話し合ったりしていた二人であったが、どちらからともなく機会を見て本題に入った。単なる旧交を温めたかっただけならば、態々内密に話がしたいと書簡を送ることなどないからだ。


 「従僕に持たせた土産に我が愚息の一人から、征服と統治の最新版を入れてあるのだが……」


 「おお、あれか! 余には面白さがよく分からなんだが、息子がいたく気に入っていてな! アレも忙しい故、中々手に入れられなくて嘆いていたのだ。喜ぶだろう!」


 「気に入って貰えたのなら愚息も誉れに思うだろう。新しく売ることになったデッキ入れもあるので、気に入ったならつかってやってくれ」


 「ほう? どんな物だ?」


 問われたガイウスは、懐から極めて自然にベリルの工房で作られたデッキケースを取りだして見せた。それは白樫の無垢材が魅せる上品な白を基調とした箱であり、楚々とした銀の細工で縁取られ、しかもアルトリウス家の家紋まで宝石細工で飾られているではないか。


 言うまでもなく、アウルスが無茶振りをした詫びとして父に寄越した、新製品の試作品という名目の贈り物である。


 箱一つで十分な美術品として成立するデッキ入れは、たしかに尊い者達が社交としてTCGを持ち歩くに適した物であった。今までは各々好いた箱に入れて持ち歩いていたのだが、公式が“専用”として用意した物が広まれば、皆あっという間に使い始めるだろう。


 見栄えと拘りのためなら金に糸目を付けぬ貴種の購買意欲を大変に擽る商売的にも優れた品だ。ガイウスは息子からの“皇帝との繋ぎを作ってくださるお礼”として寄越されたケースを大変に気に入り、愛用のデッキを入れて持ち歩いている。


 本人は宣伝のためである、と譲らないが、出来た息子の成果を自慢してまわりたいという父親の意気が全く隠せていない。


 「ほぉ、見事な細工だ。よい職工を抱えたようだな。いい息子殿を持たれた」


 「……今日はその愚息からの話があって来たのだ」


 「ほう? あの切れ者として名高い次男殿が余に話とな? 面白い、聞こうじゃないか」


 「では、まずコレを見てくれ」


 ガイウスが下男に運ばせて手を付けていなかった幾つかの包み、その一つから取り出された物品の実演を受けてウィリテウスは多いに驚いた。たった一本の木切れで、友人が指先に火傷を負う程の火が上がったからだ。


 「凄まじいな! そして相変わらず不器用な!」


 「喧しいわ。この炎の勢いに慣れんのだ。」


 「どれ、余に貸してみよ! やってみたいぞ!」


 「ふん、その分厚い毛皮を焦がすなよ」


 はっはっは、と軽口に笑って返しつつ、皇帝は大ぶりな手とは対照的な器用さで始めて扱うマッチを綺麗に燃してみせた。そして燃えかすを空になった皿に放ると、言いたいことは大体分かったと笑みを強めてガイウスに顔を寄せる。


 悪巧みをする時の作法だ。たとえ余人を払っていようと、大金が動きそうな時はコソコソ話をするのがお約束である。


 「良い物だが危ういな。で、これを捌くために余に後ろ盾になれと言いたいのか」


 「正確には、後ろ盾の一枚になれ、だな」


 「ほぉ、余をコマの一つとして見るか。実に大胆不敵……そなたの考えではなさそうだな?」


 ニヤリと笑う皇帝に能臣は渋面で答えるしかできなかった。数年から数十年で入れ替わるとしても、この総督は曲がりなりに帝室にも敬意を払っているのだ。それをよく分かっている皇帝には、利益を餌に上手く使おうとする構図が透けて見える話をガイウスからは出てこないと察していた。


 同時に、それが恐ろしく効率的であるならば、聞かなかったとして忘れるなんてできないことも。


 悪党面の総督はマッチを入れていたのと同じ箱の中から、改めてアウルスに作成させた分かりやすい株式会社の概要書を取りだし、プレゼンを始めた。


 株式の概念、投資の効率、既に開発した商品と今後売り出す予定の商品。概算での配当を含んだ説明を皇帝は黙って聞き、やがて大きく頷いた。


 「うむ、素晴らしいな! やはりそなたの息子だ、よく切れる! 売れる商品を考え出した危険性を分かっておるな!」


 「ああ……囲い込んで外に出すのではなく、利益の鎖で皆を繋いで巨大な壁に仕立て上げて我が身と商売を護るつもりだ。会社を潰そうとする動きや、技術を掠め取ろうとする動きがあれば……」


 「株主も黙ってはおらぬからな! 一人二人ならどうとでもなるし、それこそ会社を乗っ取って自分の手中に収めることもできるが、帝国が株を持ち、有力貴族も多くが株主となれば喧嘩は売れぬ!」


 既に有力貴族何家かを誘い入れる下地は出来ているのだろう、という問いにガイウスは無言で首肯する。友人としても付き合いがあるコルネリウス家は喜んで株式を購入するであろうし、自分から買いに来たがるであろう投資に目がない家も多い。あっという間に数十人の後援者が、商売を護る壁として息子の身を囲うことだろう。


 「息子は、このマッチを帝国の専売品として供給することも視野に入れていたが……」


 「そこまでする必要はなかろう! 広く売らせるがよい! 余はこの話に乗ろうではないか! 持っているだけで家が富む不思議な札を貰ったと思って、帝室の威を借ろうとしていることは忘れておく!」


 「感謝する。息子には伝えておこう。その内、株主優待といった会社の生産品が季節毎に届くことになろう」


 「それは楽しみだ!」


 皇帝は豪快に笑い、では早速、軍とフラウィウム家の普段使いに何千本か優先して買わせて貰わねばなと肩を震わせた。アウルスは理解した上でやっているが、暫くは大家との大口取引で生産したマッチは消費され、小売業者に流れるのは後回しになるだろう。こうやってまとめ買いし、一族に便利な道具を供給したがる名家は多いのだから。


 「それと、マッチ以外の生産品も預かってきたぞ。この包みでな、扇風機とかいう涼を取る道具で、具合が良いので家にも幾台か試験を兼ねて配備させておる」


 「ほほう! また見たことのない道具だな! して、どう使うのだ!?」


 「この後ろの取っ手を回して……うおお!? 加減しろ! つよっ、風がっ!?」


 「はっはっは! 愉快! 凄まじい風だ! 良いではないか! この体は夏場暑くて叶わんのだ! これも全部屋に置けるよう買わせて貰おうではないか!」


 言われるが早いか、アウルスがベリルに命じて家庭用に改良させた手回し扇風機――奴隷がいれば手回しでも十分との判断――のハンドルを取って回し始める皇帝。その風勢に気をよくしたのか高らかに笑いを上げながら、能臣の髪をボッサボサにする颶風を発生させて悦に入っている。


 家の不沈に関わる話を適切に片付けたと思えば、新しい玩具を手に入れた童と変わらぬ姿も見せる。落差の激しい皇帝に能臣は唾を飛ばして自重しろと叫びつつ、息子の企みが大過なく進んだことに内心で胸を撫で下ろした。


 皇帝が乗ったならば、元より美味い話だけあって後続も怯えず話に噛んでくる。そして、家族でもあるまいに皇帝より株を多く持つのは不遜では? という遠慮も働き、気を遣わねばならない大株主が生まれる危険性もずっと減った。


 成果を聞かせてやれば、息子は多いに喜ぶだろう。


 しかしながら、帝国政治の難しい部分……合理ではなく、人間の“生”の感情が強く働く部分も重要であると教えてやる必要があった。


 人は利があれば動くものだとアレは考えているが――実際は企業的な物の見方をしているだけである――中には感情や誇りに重きを置き、それらに僅かであっても泥をかけられれば激昂し永遠に忘れない者はあまりに多い。そういった者達は、利益があろうと合理的であろうと、全てをかなぐり捨てて拳を振り上げることに躊躇いを覚えぬ。


 いずれ、非合理な政治に対しても教えを授けてやらねばならぬ。それこそ、これだけ利益を上げるようになったなら、10年、いいや5年もすれば必ずや必要になってくる。


 こればかりは家庭教師では教えられぬものだ。現場で生の空気を吸い、実際に悩まされて来ないことには。


 しかしながら、父親の決意は興が向くままハンドルを回しすぎたせいで、ハンドルが保たず――尚、製品版は可動部は鉄製となっている――壊してしまった皇帝の「なんとぉ!?」という驚きに掻き消されてしまった。


 余談であるが、後日ハンドルと機構を更に肉厚な鋼鉄製に作り替えた新しい扇風機が皇帝の私邸に届けられたそうな…………。












 「うーん……」


 難しい顔をしてぷっかぷっかと煙草の煙を燻らせていたAの様子が気になったCは、パソコンデスクに座っている彼の様子を覗き見たが、モニターにゲーム画面が映っていることに気付いて直ぐに興味を失った。


 神が用意したシミュレーターや謎のアドバイザーに繋がる通話であれば、難題にぶち当たっているなら助けてやろうという気にもなるが、同じ難題でも大学生の頃腐る程遊んでいた代物なら話は別である。


 しかしながら、Aも単に息抜きや遊びでゲームをしているのではない。それこそ超難関国家試験でさえ余裕で通過できるような時間の何倍も費やしたゲームを今更引っ張り出したのは、政治の感覚に必要なのではないかと考えたからである。


 このゲームはかつて“電子ドラッグ”と揶揄され、米国では中毒者を治療する社会団体まで作られるに至ったものだ。その中毒性は高い戦略性と個性豊かなAIにより生み出され、特に敵対し協同することとなるAIは感情さえ感じさせるほどの個性を持つ。


 戦力や技術的に劣っていようが気分で襲いかかってくる戦闘狂、来て欲しくない最悪のタイミングで友達料を請求してくる集り屋、笑顔で戦争に誘って梯子を外して去って行く外道。本当に中身入ってないの? と言いたくなるAI達と何千時間も戯れたAは、ふとこの気分屋共と遊ぶのが良い経験になるのではと考えてゲームを起動した。


 そしてまぁ、久しぶりに懐かしい顔ぶれとどつき合っていると酷い目に遭わされること頻りである。ついさっきは潜在的な敵国である強国に強請られて、滅ぼされるよりはマシだろうと新技術をカツアゲされたのをいいことに、他国がその技術はもう流出しちゃったんだからさぁ、と言わんばかりに安い技術と小銭を対価に交換しようと持ちかけてくるではないか。


 弱り目に祟り目というよりも、殴る相手を心得ている嫌らしさといったら、最早感情を持って嫌がらせに来ているようにしか思えなかった。


 「……まぁ、リアルもそんなもんだよな」


 AIの精度はさておき、現実も似たような所がある。理由がなくても殴ってくるヤツはいるし、訳もなく親切な者だっている。


 中には、こちらがどれだけ金を積もうがプライドやら何やら、自分にしか大事さが分からないもので喧嘩を売ってくる者もいるものだ。


 「……まぁ、来世は真面な父親がいるようだし、矢面に立って貰える内は甘えるか!」


 実社会でも似たような面倒は山ほど経験してきたが、それらは一応法律や会社に縛られた可愛いもので、どうにもならなんだら上席を呼ぶなりして制御する方法はあった。


 しかしながら、転生する世界は未だ権力が武力や財力とセットで振るわれる、法は敷かれているものの気分と憤りが優先される無法に近い世界である。


 厄介事は避けられぬが、手ほどきしてくれる親が居るなら慣れるまでの間、存分に教えて貰うとしよう。何より子供が最初から賢しらに大人と鎬を削りすぎても生意気で、かわいがられることはないだろうからな。


 上からあまり可愛がられず、後輩にばかり好かれるのはAの子供時代からの宿業のようなものだ。せめて歳を取って、可愛げも云々もなくなってから鬱陶しい“情と感情”の政治に関わる法が、まだウケの悪さもマシになろうというもの。


 うんと一つ伸びをして、Aは金はあるんだし憂さ晴らしに戦争屋をカツアゲ犯共にけしかけるかぁ、とAIに負けず劣らず悪辣な仕返しに精を出すのであった…………。

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