帝国暦734年 冬 新技術旋風

 人は新しい技術に懐疑的なものである。いつだって馴染んだ物を大事にし、新しく素晴らしい物が登場しようと旧弊を守ろうとする習性によって、それらが世の中に出回るのは時間が掛かる。酷い時は受け入れられず、歴史の中に埋もれて忘れ去られることもある程だ。


 地球でさえ歴史書に残っていないだけで、その当時からすればオーバーテクノロジーと言える発見が幾つもあったことだろう。しかしながら、認められることなく打ち捨てられて朽ちていった物がどれだけあったか。


 全ては想像に任せるしかないが、歴史を顧みるにそれらは確かにあった筈なのである。


 ただし、この法則は鉄洞人には適用されない。何故なら彼等は揃いも揃って無類の新しい物好きであり、技術の発展に目がないからである。


 「おおおおお!? こりゃ、こりゃあなんだ!?」


 「うひょぉ、涼しいじゃねぇか! いいぞこりゃ!? どうやって思いついた!?」


 「隠れてて見えねぇが、基部は歯車の細工だな!? 水車のアレと大して変わらん! だが、この部品はなんだ!? 回るだけで凄い風が出るじゃねぇか!」


 春の芽吹きを感じさせつつも、未だしぶとく冬の寒さが居座る初春の頃。デヴォン氏族の帝都工房は、燃えさかる炉の熱とは別の熱気で多いに盛り上がっていた。あの珍しい玩具を次々思いつくことに定評のある親方の初姫が、また面白い物を作り出したからだ。


 「はっはっは! 涼しかろう涼しかろう!」


 有頂天に哄笑をぶちまけつつ自らの発明品を見せびらかすベリルの手元にあるのは、手回し式の扇風機であった。


 形は現代の扇風機と大差ない。台座から腰元まで伸びる首の上に基部があり、その真ん中で六枚羽のプロペラが勢いよく回っている。試作品だからか接触防止のカバーこそ備わっていないものの、回転が風を生むのは地球の扇風機と全く同じである。


 違うのは動力が電気ではなく、純粋な手回しに依る所であろうか。


 木製のカバーに覆われた基部の中には回転を増速する歯車の機構が組み込まれており、基部背面より飛び出したハンドルを回せば内部で単純な機構が動作する仕組みだ。この機構事態は既に有り触れたもので、水車小屋の粉牽き機に採用されているため、職人達には感覚的に内部で何が起こっているか察することができた。


 しかしながら、その先端で凄まじい速度で回転するばかりに円にしか見えぬ物には全く見覚えがなかった。


 前世において人はこれをプロペラやファンと呼んだ。角度を付けて基部から伸びる幾枚かの羽が回転することによって揚力を生む機構であり、航空機や船舶の推進器としても活用されたが、小規模な物は冷却や送風の用途にも多用され生活のあらゆる所で目にする。


 回転によって揚水するスクリューの発想は太古の昔から存在していたが、このプロペラは前世なら蒸気機関が発明された頃の代物であるため、彼等には当然初めて目にするものであった。


 似たような概念は既に外国で実用されている風車があるものの、このように小型で自身が回転することによって風を送る用途の物品は、正しく今この瞬間までテルースには存在しなかったのである。


 「すげぇなお嬢! どうしたこれ!」


 「炉のふいごを動かすのが余りにかったるかったから、もっと効率よく空気を送れんもんかと頭を捻ってみたのよ! これなら座りながら片手で回せる! 仕組みは単純だし、大型化して回転数を上げれば風量はもっと凄まじくなるぞ! 水車を噛ませば人力さえ要らねぇと来た!」


 「「「おおおおおおお!?」」」


 恐ろしく画期的な発明に職人達は驚きの声を上げ、その回転の速い頭で直ぐに効果の程を思い知った。この送風機は人力の手回しでさえ、前に立てば涼しいと感じる風を間断なく生み出すことができる。これは手持ち式のふいごとは比べものにならない出力であり、その上動作が単純であるため水車を噛ませれば全くの無人で空気を送り込み続けることが能う。


 これは実に画期的であり、炉を暖める時間も燃料も削減することができ、更に暖まるまで勝手に回しておけば良いので、その間職人も奴隷も手も空いて別の仕事ができるのだ。これ程までに現場で働いている人間に嬉しいことはなかろう。


 「だぁ、うるせぇぞテメェら! 何騒いでやがる!!」


 地味で怠くて技術も要らず面倒臭い労働から解放されると悟った職工達は、ベリルの開発を諸手を挙げて歓迎し、それどころか開発した本人を胴上げして喜び始めた。


 が、流石に騒ぎ過ぎたのか、そこに親方と炉の近くの工房で働いていた職人達が怒鳴り込んできた。


 とはいえ彼等も面食らっただろう。見慣れぬ道具を回して喜ぶ職人がいると思えば、更に奴隷も職人も混ざって親方の初姫様を担いでお祭りのテンションに浸っているのだから。


 「な、なんだぁ、コレ!」


 「親方! 親方! スゲぇですぜこれ!」


 「見てくれ親方! 初姫様がとんでもねぇものを作った! これで炉の仕事が格段に楽になるぞ!」


 「それどころじゃねぇ! 炉に送れる空気の勢いが強くなりゃあ、もっとデカい炉にして一辺に沢山の鉄が作れる! 早く改良しようぜ!」


 「ああああ! 要領を得ねぇなぁ! テメェら全員黙れ! 一気に喋んな! 俺ぁ代議士じゃねぇんだぞ! そんなに沢山聞き取れるか!」


 詰めかける職人達に文字通りの鉄拳を降らせて黙らせ、場を収めた親方は騒いでいた面々を――勿論ベリルも――全員横に並ばせ、何を騒いでいたのかを改めて説明させた。


 「ほぉ、ベリル、お前がこれをこさえたのか……」


 「ああ、そうだよ親方。工房の仕事さぼってやったんじゃないよ、ちゃんと空いた自分の時間を作ってやったんだ」


 ベリル作の扇風機に陣取ったグインは、構造をたしかめながらハンドルを回して動作を興味深そうに観察した。


 機構は金属に触ることを許していなかったこともあって、全て木を鑿と鑢で削って作った物だが、精度はかなり高い。プロペラとやらも大きいのに作りは均整が取れており、どの羽を外して並べても殆ど見分けが付かぬ精度である。20を少し過ぎたばかりの、成人もしていない職人見習いが作ったと言われても到底信じられぬ出来映えであった。


 「うぬ……たしかに強い風が出るな……勢いはふいごにゃ劣るが、あれも勢いが強いのは最初だけだし、送風口をつけて風の道を狭めりゃ風勢の問題は解決できるか」


 「もっとデカくすれば勢いも段違いに上がるぜ。代わりに人手で回すのが辛くなるけど、それも水車を使えば解決だ。なぁ、親父ぃ、家も水車入れようぜぇ? 余所の工房だと水道橋から水引いて、工房の中で回してるんだろ? 家もやれば人手が空いて燃料費も減るぜ?」


 ねだるような甘い声を出す娘に親方の弱い部分が刺激されたが、それでも工房にいる以上は厳しい親方でなければならない。


 その中で、仕事のことに関しては錆び付くことを知らぬ記憶野が過去の記憶を唐突に引き出してきた。


 あの時も娘はねだるような声を出して、図面を引いた紙を持って来た。特例として認められる前だったため、こんなに若いのに図面が引けるのか! と娘を褒めてやりたかった親馬鹿な自分を抑え、親方として「見習い未満が烏滸がましいわ!」と見ることもせず追い返したものの、ちらっと見えた図面の曖昧な輪郭だけは覚えていた。


 この送風機と似た機構があり、幾つかの配管とより巨大な炉のような物が描かれた図面は、幼い娘が考えた効率の良い新型炉であったのではなかろうか。


 頭の中にあった発想。これを抑えるのが難しいことは、グインも鉄洞人であるためよく分かる。思いついた物は即座に形にしなければ満足できず、禁断症状で日々の単調な釘や刃物作りが手につかなくなるのが職人という生き物。


 それを何年も抑えて、よくぞ……。


 謎の感動が湧き上がったグインは目尻から溢れかけた涙をぐっと拭い、ベリルの世話役として就けていた数人の先輩職人を呼んだ。その中には兄のダインも含まれているが、これから投げかける問いに虚飾が含まれる心配は欠片もない。


 鉄洞人氏族には親族間の慈しみはあっても、職人としては冷厳たる実力主義だけがあるのだ。情や愛着なんて物で力量に下駄を履かせた報告をする半端物は一人とていない。


 「お前ら、ベリルの腕前はどんなもんだ」


 「そりゃすげぇもんですぜ。木の扱いは、この回る羽根を見て貰えりゃ一目瞭然でしょうよ。こんな滑らかに回る歯車、見習いじゃ普通はぜってぇ作れねぇ。このまま細工師として小間物作ってる所に入れておきてぇよ」


 「鉄の匂いを覚えるのも早かった。手でちょっと仰いで嗅いだだけで、良い鉄を見分けてる。ナリの小ささのせいで鍛冶働きにゃ早いと思うが、監督するだけなら炉を一個見させても問題ないくらいだよ」


 「陶器の方もいいぜ。土の焼ける匂いを早く覚えて、焼きすぎたことが一度もねぇ。釉薬の塗りも、見習いじゃない塗師衆について行けるくらいだ。飾らずに言うなら俺ん所に欲しいよ親方」


 物の初めにと就けてみた木工、鉄工、陶器の全ての職人がベリルの腕前を認めている。本人からすれば、実験室で役に立ちそうな物は全部何十年と実技で鍛えたんだから当然だとしても、20と少ししか生きていないことを考えると破格である。


 報告を受けたグインは暫く考え込んだ後、ベリルに問うた。


 あの時、俺に見せようとしていた図面は取ってあるかと。


 勿論さと答えたベリルに取ってこいと命ずれば、彼女は自分の机に運び込んでいたのか直ぐに引っ張り出してきた。


 美事な図面だ。製図用具を何処からちょろまかしたかは知らないが――管理意識が甘い見習いの机からだ。整頓が雑で楽な仕事だった――線にヨレも迷いもなく、頭の中に浮かんだ構造を完璧にこの世へ具現化させている。寸法も考え込まれており、素人がよく考えずにイメージだけで引いた“りそうのどうぐ”とは違う。


 「おお……」


 「こいつぁ……」


 製図板に広げた図面を見た職人衆が唸ったとおり、技術者なら一目で理解できる図面だった。


 荒い繊維の上に描かれたのは、全く新しい形の炉。背は高く、今の倍、10歩尺約3メートル以上はあるし、木炭と鉄を入れる内径も5歩尺約1.5mを超える。これだけ大きければ一度に温められる鉄の量は格段に増えるが、同時に全体を融点に到達させるために必要な火力も段違いだ。大きさが倍になれば時間も倍という単純な計算ではなく、体積比なので熱が伝わるまで掛かる時間は倍程度では済まず、十分な火力が供給できねば、大きいだけで鉄を溶かせない役立たずのストーブと化す危険性すらある。


 普通に考えただけならば、火力と燃料、そして送風の関係も知らず、デカくすればいいじゃんと考えるだけの阿呆が考えた炉である。


 しかし、炉へ空気を送る効率が上がり、目新しい構造が採用されればどうか。


 「ベリル、これはアレだな? 脇に据えた小さな炉を熱して、送り込む空気を暖めようって寸法だな?」


 「そうさ。空気を送れば火はよく燃える。けど、スープは吹けば冷めちまうだろ? 予め送り込む空気を焼いて熱くしてから送れば、その熱も炉は受け取れる。そうすりゃ短い時間で炉を熱くすることができると思ったんだよ」


 炉の傍らには小さな別の炉が寄り添うように設置されていた。鉄管によって接続された炉の中には、蓄熱材として保温性の高い熔岩石が収められており、炉の中の熱を溜めるように作られている。そして外側の送風装置を回せば、炉の中で十分に温められた空気が本番である鉄炉の中に送られる。


 グインは考え込み、子供の妄想ではなく現実的な発想だと結論づけた。


 これは実際に作っても稼働すると鉄洞人としてのカン、そして長く積み上げてきた職人の感覚が語っている。この方式によって削減できる木炭の使用量はどれ程か。今では鉄を焼くのに鉱石の六倍もの木炭を必要としていたが、焼き上がるまでの時間が短くなればなるほど経費を削減できる。


 その上、これだけ炉が大きくなると、一度仕上げるだけでどれだけの鉄が生産できるか。燃料効率も含めて考えれば、炉の建造費などあっという間に取り戻せる。


 それどころか、大々的に行えば、帝国の製鉄需要を一息に掻っ攫ってしまえるのでは……。


 「……よし、ベリル、お前は今日から見習い卒業だ」


 「……え?」


 脈絡もなく言い渡された仕儀に驚きながらも、親方はそれにキチンと釘を刺した。まだ教えていない製鋼は成長して筋肉がついてきたら改めて教えるし、他の分野でも雑用をさせないだけで勉強するべきことがまだまだあると。


 しかしながら、これだけ“面白い”発想を持っている脳味噌の時間を雑用で浪費させるのはあまりに惜しい。物作りは挑戦と失敗の連続であり、時に本物を作る前にミニチュアを作って実際に稼働するかの実験も行わねばならなぬ。


 それを考えるのであれば、十分な時間と予算を付けてやり、自由に動いて貰った方が本人にも工房にも有益だ。


 「後で番頭と相談して予算をつけてやる。それから何人か見習いを付けてやるから、何か作るなら呼び出して使え。勿論、他の仕事優先だが、重要度が低い仕事だったならお前の言い付けを優先するようにさせてやる」


 「……お……おや、親父……」


 特別にも程がある差配であったが、この場の誰も異を唱えなかった。この短期間の内にベリルが上げた利益は、見習いを終えた職人でも同じ期間で稼ぎ出せない領域に至っている。


 更に目が肥えた職工達が居並んで度肝を抜かれる発明だ。ここまで心が沸き立つ物を見せられて――職人の何人かは、早速この送風機で新しい物を考えている――腕前を否定しては、恥ずかしくてデヴォン氏族どころか鉄洞人を名乗ることすらできぬ。


 「よかったなぁ、御姫様おひいさま


 「めでてぇめでてぇ……最年少見習い修了の更新か?」


 「いんやぁ、たしか三代様が21で終えたって記録があったぜ」


 祝福を送る職工達の中で感極まったのか、ブルブル震えだしたベリルはやがて顔を上げ……。


 「ありがとう! 親父大好き!」


 「おおっ!?」


 父親の胸に飛び込んで喜びを目一杯表明した。


 そして、娘が素晴らしい物を作り上げようとしている感動に打ち震えていたことで胸が一杯になっていた父親のダムは、愛娘からの抱擁と“大好き”の一言に容易く崩壊し、盛大な男泣きを始めるに至った。


 「あーあぁ、こりゃもう今日は仕事にならんぞ」


 「ワシらもあんまり仕事する空気じゃのうなったな。よぉし、炉組、さっさと仕上げちまえ! 他のモンは切り上げい! 宴じゃ宴!」


 「よっしゃぁ、呑むぞぉ!!」


 鉄洞人は他の帝国人と漏れず、宴会と酒を愛する種族である。突っ立ったまま滂沱として男泣きに耽る親方を見て、もう仕事にならんと悟ると、良い口実だとばかりに酒を呑む機会に変換してしまった。


 始まった宴は夜半を越えて朝まで続き、製造計画に若干の影響をもたらしたものの、それが問題にならぬ記念の日としてデヴォン氏族の歴史に刻まれた。


 いや、帝国史に、世界の製造の歴史に残る日でもある。


 後にデヴォン式炉と呼ばれる、世界初の爆風炉がテルースに生まれ落ちた日なのだから…………。 

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