帝国暦733年 夏 父子の語らい

 木製の札がかき混ぜられる音は、紙のカードより高く心地好い。


 開発者に言わせれば、むしろそれを見込んで材質を選定したのだから当然ではあるのだが。


 「木板なので束ねてシャッフルすると表面が擦れるため、このように並べて混ぜます。そうすると、ある程度均等に混ざり、同じ内容の手札が何度も来て事故を起こすこともないので」


 トランプが普及していないため、TCGトレーディングカードゲームを遊ぶためにシャッフルの方法も啓蒙せねばならぬとして、試作品のルールブックにはカードの混ぜ方、持ち方、果ては保管方法まで細かく記載されている。


 全て前世段階で、念入りに自分達現代人が当たり前だと認識していることを一般知識ではないと考え直して練ったために隙はない。


 とはいえ、素で正式なルール用語ではない俗語が口を突いてしまっては肩手落ちであるが。


 「事故……?」


 「あー、初動から数巡、何もできない手札が来る、という状況です。予想外に襲ってくるので、開発の者達がそう呼んでおりました」


 「地下の者達は面白い言い回しをするな。言い得て妙か」


 アウルスは上手く話を修正しつつ、いわゆるディールシャッフルと呼ばれる混ぜ方を実演していた。一枚ずつカードを配るように配置し、複数の束を作って最後に一纏めにする方法は山札に偏りが生まれにくく、同時に摩擦を抑えて表面の剥離や擦れを抑えることができる。


 ビニールが発明されていないためスリーブなど作りようがないので――そも、その科学力があれば紙で作れる――実用するなら多少の痛みは必然。それでも可能な限り綺麗さを保つ努力をするのが、経営側に求められる努力と言えよう。


 最後に数度、更に束を分けて山札を混ぜた後、アウルスは山札を興味を持っているのか、それともつまらないのか、なんとも判別し辛い鉄面皮を貼り付けた父の方へ寄越した。


 「最後に数度、父上も混ぜてください」


 「何故だ? これはお前の山札なのだろう?」


 「イカサマ防止です。この混ぜ方は、慣れた手合いだと最初の手札を完全に固定することができるので。最後に相手の手が加われば、操作のしようがありません」


 「ふむ……そういう技術があるのか。これもルールに明記してあるならよいな。遊びは公正でなくてはならん」


 不合理と不平等だらけの世の中で、これくらいはな、と呟いて自分の山札を混ぜる父親を見て、息子は居心地が悪いのやら、それとも面白いのやら微妙な気分にさせられた。


 前世でもこのような時間親子の語らいはなかったのだ。果たして不器用なりに父親が息子と交流を図ろうとしているのか、それとも純粋に商品を見極めようとしているのか判断しかねた。


 「混ぜ終わったら……そうですね、賽でも振りましょうか。大きい方が先手といたしましょう。確率的に先手の方が有利なので」


 「先手有利の原則は、この遊戯でも変わらぬか。ところで貴様、それをずっと持ち歩いているのか?」


 おもむろに懐から賽子を取りだして振り始める息子への疑問は、ある意味で普通の疑問であろう。アウルスは悩んだ時、賽子を振って選択を決める癖があったため、今生でも懐に六面体賽子を二つ2D6忍ばせているのだった。


 「ルール説明をかねてですので、お互いに手札は晒して始めましょうか」


 「よかろう。しかし、手触りが好いな。よい職人を捕まえたとみえる」


 「後で職人に伝えておきましょう。父上からのお褒めとあれば、喜ぶでしょう」


 「それは終わってからにせよ。札が良くても内容が悪ければな」


 各々五枚のカードを手元に広げ、説明を兼ねた試遊が本格的に始まった。


 今回、アウルスは己の趣味で導入した黒い色合いの“理力の民”なる同盟国をモチーフにしたカード群を選び、父にはコーニュコピアも含まれる黄色の南方領邦デッキを渡していた。


 内容にランダム性を持たない、スターターデッキとも呼ぶべき内容の見本品であるため、それぞれの特色を活かした揃いになっている。


 先手は最初の手順にカードを引くことドローはできない。出したカードは召集直後は戦闘準備中、ということで即時行動も不可という、やはり何処かの世界初TCGめいたルールを説明しつつ、穏やかに盤面は推移した。


 アウルスのデッキは国力や手札、配下を犠牲にすることを前提にした自傷戦法スーサイドを得手とする使い方が難しいもの。どうしてもこの手のカードが欲しかったアウルスは、その役割を多少“雑”に扱っても文句が出づらい外様の同盟国に託していた。


 反面、父のデッキは安くて軽い小粒の闘士を横並びさせた後、全体強化や敵を行動不能にした後に殴り倒す単純な構築だけあって、熟練者が“手加減”すれば、順当に相手側を有利にことを進めることが能う。


 その間にも鋭い質問が幾度となく飛び交う。


 手札を引くのと国力を回復するのでは、性能の格差が大きい理由。


 労働力として配置するカードでも、色指定の労働力を発生させられるカードと、指定のない労働力しか発生させられないカードが存在する意味。


 なくなれば敗北する国力をコストとして容赦なく消費できる訳など、TCGを知らぬが観察力の鋭い人間ならではの問いが多数投げられた。


 「ん……これは止まりませんね、投了です」


 戦闘力と防御力が1/1の小粒な闘士が複数並び、それが奇跡にて強化された盤面を見て、アウルスは諸手を挙げて降伏した。最初のスターターということもあり、一枚だけ入った全体除去が手札にないため、次の準備明けで確実に殴り負けると分かったからだ。


 予期された、順当な負け方とも言える。


 「手を抜きおって」


 「さて、何のことでしょう」


 しかし、父には息子の接待などお見通しであったようだ。捨て札置き場にある数枚のカードを取り出し、それらを別のタイミングで別の対象に撃てば終わっていたと指摘される。更に闘士の召集を優先するばかりに手札で腐っていた手札補充手段を用いれば、詰みより前に更なる解答を探すこともできたというのに。


 「やはり父上は聡くあらせられる。一度で札の効果を覚え、更に引いた時や手札と場の陣容も記憶していらっしゃるとは。これは名手になられますね」


 「何度も言わせるな、世辞は要らぬ。気色の悪い」


 「これは失礼いたしました。では、どうです? 今度は正式に」


 返事は無言で集めた札をシャッフルすることによって為された。息子は笑顔で応え、同じく札をかき混ぜる。


 「しかし、よくできている。どこで捕まえた絵描きだ?」


 「さぁ。工房の壁絵衆や陶器の塗師衆でしょうか。絵師だけ外注することもあると聞きますが」


 「兵士の軍装がきちんと南方の第ⅣやⅧ軍団の物であった。軍旗にも古いが覚えがあるものがあり関心させられたぞ」


 細かいとこまで見てんなぁ、と思いつつお互いにデッキをカットし、親子の語らいは続いた。


 事実として、ベリルは下絵を幾人かの絵師に外注している。モチーフとなった地域の出身者、または行ったこともある者を選んで描かせることに拘った。


 神は細部に宿る、なんて職人らしいことを考えたのではない。専ら商売上の理由に基づく俗な発想に依っている。


 風景、軍装、小物。絵として再現されていれば、彼の地に縁故を持つ者が喜ぶだろうという一種の郷里戦略である。


 そして、得てして人という生き物は、縁故ある存在に入れ込むと財布の紐が緩くなるものである。自身の属する領邦や壮園を所有している土地のカードがあるとくれば、入れ込んで山ほど買ってくれるだろうという打算込みの計らいであった。


 さもなくば、地球の人々がレプリカに過ぎぬ安っぽいユニフォームやグッズ、果てはロゴが描いてあるだけの品に何千、何万円と躊躇なく使うはずもあるまいて。


 しかし、アウルスには絵のタッチに幾枚かベリル直筆の品が混ざっていると分かるばかり。三人は連携して動いているものの、共有しているのは行動の概略や理屈程度に留まり、細かく何をしているかまでは関与しないことも多い。


 スマホもPCも存在しないのだ。全ての仕様書を細かく纏めたPDFで送りつけることなどできぬのだから、やむを得ないことである。本人としては、唯一絵が描けるせいで合同誌を作る際に大変苦労していた昔日の友人を画風から懐かしむ程度である。


 「では黒労働力1と国力1点で私書検閲を発動します。何もないなら手札を見せてください」


 「ぬ……」


 「その中で闘士以外の一枚を選んで捨てさせます。ああ、この奇跡は厄介ですね」


 しれっと自分好みのコントロール友達をなくす戦術をかましつつ、二度目の対決はアウルス優位に終始し、諸所で重要なカードに妨害が働いた結果軍勢を構築できなかったガイウスが手札を投げた。


 南方領邦のカード軍は戦場に居座り続ける強力な物が多い反面、手札補充に難がある設計を上手く突かれてしまっていた。


 「なるほど、行動に妨害が入るのも軍や政治と同じか」


 「ええ、伊達や酔狂で“征服と統治”などと大仰な名前にしておりませぬ」


 「となると、この揃いのカードであれば本命の前に軽い物を放ち、囮として……」


 顎に手を添えて考え始める父親に、子はもしかして初めての太客が親? と微妙な気持ちになった。よもやインディースでCDデビューしたら、親が50枚も買ったと恥ずかしそうにしていた大学の同期と同じ気持ちを転生後に味わう気持ちになろうとは、さしものアウルスも予想外である。


 「ところで、実在の偉人や英雄を扱いはしないのか? 奇跡があるなら、神を象るのもよかろう。今触った分では無名の兵士や官吏、怪物などばかりだが」


 「ああ、それはまぁ、決闘で討ち果たしているという扱いですので、流石に外聞が悪いかと思いまして。物騒な名前のカードも多いものですから」


 かつて活躍した偉大な人物をカードにして、大っぴらに“火刑火力呪文”だの“背後からの刺突除去”だのと剣呑なカードで捨て札にさせるのは拙いと思ったのか、前世構想の初期段階でしないことにしていた。関係者が皆死んでいるなら結構だが、少なくとも文句を言ってくる親戚が生きていては冗談にしても笑えなかった。


 存命者の名前は艦名にしない、というのと同じ理屈だ。戦場で討ち死にされたり、出征する前に潰されたりしたら縁起でもない。親族からクレームが来たらぐぅの音もでないではないか。


 「そうか、そうだな……初代アルトリウス公であれば、さぞ強い札になったと思ったが。軍勢を率い鼓舞する姿ロードは、この面容と良く似合ったろう」


 「し、暫くは創作の英雄や姫に頼りましょう」


 急に子供みたいなことを宣う父親に言い淀みつつ、アウルスは今後、こういった“お願い”が方々から来やしねぇだろうなと将来を予見して戦慄した。


 市井で人気になったなら、家のイメージ向上のために先祖を是非とも強カードで! などと言い出す者が増えそうではないか。


 とどのつまり政治とは人気商売。SNSも新聞もない世の中では、ふわっとしたイメージが大きく物を言う。人気取りのためであれば実弾をばらまくことに躊躇のない政治家達が、玩具を武器に使うことなど世界征服を目論む秘密結社より確実だ。


 これは方針を正しく固めて、断れるようにしなければ面倒であるとアウルスはベリルに相談することを記憶の片隅に書き留めた。彼女は割と調子に乗るところがあるので、その内にデヴォン氏族の誰それさんを率先してカードにしかねないのだから。


 して、品質にご満足いただけましたでしょうか? という問いかけの答えは分かりきっていた…………。

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