6.どんぐり

「うーん、難しい」

 ここは閉店後のピロート厨房。蒼衣はスケッチブック、八代はスマートフォンをそれぞれ片手に、眉間にしわを寄せている。

 本日の二人は、新作ケーキの作戦会議中である。

「栗もカボチャで新しいものは……難しいねえ。お芋の魔力含有食材はあることにはあるんだけど、そのう、あまり効果は商売向きじゃないというか」

 秋の味覚。いも(芋)くり(栗)なんきん(かぼちゃ)――和洋問わず製菓業界で使われる食材を候補にあげては、やれ既存の商品と被るだの、ありきたりだのと、なかなか良い案が出てこない中、苦し紛れに蒼衣は言う。

 栗はすでに『クリスタル・モンブラン』が定番商品、かぼちゃは『ランタン・モンブラン』(モンブランが二種類もあるなんて痛恨のミスだと蒼衣は少し前に落ち込んだのだが、それはまた別の話だ)としてかねがね好評である。

「みなまで言うなパティシエくん。まあな、食ったらガスが出て空が飛べる芋なんてものはムキムキマリトッツォ並みに危ないからな、わかってるって」

 先日の「ムキムキ」筋力増強マリトッツォの顛末を思い出したのか、八代は神妙な顔つきでうなずく。「わかってくれているなら安心だよ店長さん」と、蒼衣は釘をさすのを忘れない。

「そうなると……他に秋を感じられるなにか、なにか……もみじ饅頭……紅葉……ん?」

 思い出したように、八代がポケットに手を入れる。「忘れてたやばいやばい」と言いながら取り出したのは、数粒のどんぐりだった。

「どうしたの、それ」

「恵美が今日、保育園で拾ってきたんだよ。家に帰ったら冷凍しとかないとなあ、虫が増えちゃうから」

「どんぐり……」

 ころん、と八代の手の中で転がるそれを、蒼衣は注視する。つやつやぴかぴか、つまみやすいその形。子どものころ以来まじまじと見ることのなかったそれが、蒼衣のアイディアと結びつく予感がした。


:::


「うわ、見た目マジでどんぐりじゃないか!」

 数日後、試食だと言って渡した魔法菓子を見た八代の第一声がこれだった。

「小さいチョコレートにしたらおいしいと思って。ローストした食用どんぐりをペースト状にして混ぜ込んであるから、いわばどんぐりジャンドゥーヤだね」

「確かに、どんぐりは木の実だなー」

 食用どんぐり――正しくは、魔力を宿したシイの木からとれるどんぐりである。あく抜きをせずとも食べられるので、クルミやヘーゼルナッツのように使える。

 丸く成形したジャンドゥーヤに、殻斗かくとを模したクッキーを付けたもので、見た目もどんぐりに似せている。

「おー、ほのかなどんぐりの香ばしさとチョコが合うな。なめらかでおいしい。んで、これの魔法効果は……」

 ワクワクする八代の気持ちが伝わってくるが、蒼衣は魔法効果をすぐに伝えられずにいた。魔法効果はあることにはあるのだが、いかんせん伝えづらいものだ。あー、とかえー、と言いよどむ蒼衣を見た八代は「みなまで言うなパティシエくん。今更、どんな効果があろうが、俺は受け止めて見せる!」と胸を張った。

「形の面白さと風味に気を取られて、魔法効果に関してはちょっとその……気が回らずで……」

「で、どんな効果なんですかパティシエくん」

「それはですね……食べたひとが、コマみたいにぐるぐる回転できるようになる、です」

 一瞬、無言の時間が流れる。八代から伝わる気持ちは、どちらかというと驚きというより「混乱」だ。

「……コマって、独りで楽と書いて独楽こまと読むあれのことか?」

「うん、その……クルクルどんぐりっていう魔力含有食材で、どんぐりコマにするとよく回るっていうそれでしてハイ……うんわかってる、困るよね、このどうしたらいいかわかんない感じの効果でほんとごめんなさ――」

「うおおおお目が回る!!」

「や、八代ーー!?」

 ぎゅるるるるる、と目の前にいる八代が、高速で回転している。フィギュアスケートの回転そっくりな動きに、思わず二歩ほど後ずさりしてしまった。

「ぼえ~~~~」

「ほんと……ほんとーーーにごめんなさい八代ー! すぐに中和剤をうわ~~~」


:::


 その後、体当たりで八代の回転を止めた蒼衣は、ヘロヘロになった八代に平謝りするほかなかったとか。

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