5.秋灯

「……いい風景だねえ」

 秋の夜。東家のウッドデッキに座る蒼衣は、グラスに入ったビールを一口飲みながら、目の前に広がる風景の感想を口にする。

 東家の広い庭にはキャンプ用のテントがあり、その中では東八代と、その娘である恵美えみの二人が、仲良く寝そべり絵本を読んでいるのが見える。テントと共に買い求めたというランタンの光が、二人の楽しげな顔をあたたかく照らしていた。

「いきなりキャンプ道具一式そろえてきて、どうなることかと思ったけれど」

「八代はいつも思い立ったら吉日! って感じで生きてますから」

 隣に座る女性――東八代の妻であり、蒼衣の友人でもある東良子よしこは、いつも通り仏頂面のまま「そうね~」と答える。彼女の人となりを知らなければ不機嫌にも見える表情だが、実際はそんなことはない。

「明日が定休日なのに、張り切りすぎだと思うけどね、あのお調子者は」

 休前日――とはいうものの、蒼衣と八代にとってはピロート定休日の前日、月曜の夜のことだ――の夜、店じまいをした蒼衣は、八代の「今日は庭でバーベキューをしてテントに泊まるぞの会」に誘われた。結果、焼いた肉やソーセージ、野菜、そして仲睦まじい親子の様子を肴に酒を飲んでいる。

「恵美ちゃんと一緒にキャンプしたいってずっと言ってたよ、八代。だからいいんじゃないかな」

「あれで無理してないっていうんだから、恐ろしい男だわ、ほんと。今日仕事だったんでしょ」

「バリバリ働いてたよ。今日は恵美とキャンプだ!って息巻いてた」

「私が見ても呆れるくらいの親馬鹿だよ、やーくんは」

 そう言いながら、良子は蒼衣と同様ビールを飲む。

「……私、ヤーくんと結婚してよかったって思うの、こういうときにね」

 仏頂面の目尻が薄明かりの中、微かに下がるのが見える。この些細な違いが判るくらいには、長い付き合いであることを思い出す。

「僕は、そんな一家を見ているのが好きなんだけどなぁ」

 この世で一番大切な友人が、こんなにも想われているのが。そして、自分がつかめないであろう幸せの形で存在する一家のことを、間近で見ていられることも。

 良子がなにかを言いかけ、蒼衣を見る。

「……ほんと、蒼衣くんって、お人よし」

 呆れたようにつぶやかれる言葉には、友人だからこそ伝わってくる気遣いが見える気がした。

「僕は『ここに居られてよかった』って思うんだよ、こういうときに」

 むう、とか、ううん、などと言葉にならないうめき声をあげた良子が「ああもう」とビールを一気にあおる。立ちあがったかと思うと、キッチンの冷蔵庫からクラフトビールの瓶を一本取り出し、蒼衣の隣に置いた。

「いっぱい食べて飲んでいきなさい。秋の夜長なんだから。あと、娘自慢をするオッサンの相手をすること」

 良子の視線の先には、テントから出てくる八代の姿があった。

「うん、そうさせてもらうよ」

 ぼんやりとランタンの光に照らされた八代のにやけた顔を見た蒼衣は、ビール瓶を手に取った。

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