4.紙飛行機
「演出で魔法菓子を使いたい?」
とある映像制作会社からの依頼に、蒼衣はうーんと首をひねる。曰く、撮影用に食べる演出がしたいのと、口に入っても安全な効果にしたいのだという。
「撮影を名古屋でするらしくて、近くの魔法菓子店を探してるんだってさ」
最初に話を受けたのは八代だが、実際に作るのはシェフパティシエである蒼衣だ。
「それでうちに話があったんだねえ」
資料として渡された絵コンテを見た蒼衣は、似たような効果のある魔法菓子に覚えがあった。レシピを書き留めている愛用のノートをめくり、八代に見せる。
「これならどうかな。昔はよく、結婚式で使われたんだって」
「ふうん、面白いな。うおお、うまくいけば蒼衣が銀幕デビューか!」
「いや、待って。まだうまく行くかわからないし、そもそもデビューするのは僕じゃないんじゃ………」
「店頭にデカデカポスターを貼れるようにレイアウト変更しておかないとなーいやー大変だ大変だ!」
まだなにも話は進んでないのに、と蒼衣は苦笑する。だが、自分の魔法菓子が映画のスクリーンに映る様子をつい夢想してしまうのだから、実のところ、蒼衣も八代とさほど変わりはないのだった。
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撮影がスタジオで開始される。真っ白な狩衣を着た役者の長い黒髪が、画面外に設置された扇風機の風にあおられ、たなびいた。
対するのは、ボロボロの着物と包帯をまとった大きな体躯の化け物。
陰陽師という設定の役者は、お札を芝居がかった様子で前に掲げた。
「――、――っ、急急如律令!」
陰陽師役のセリフが聞こえたタイミングで、カメラ側に控えていた蒼衣が、持っていた皿の上にある菓子に手を触れる。
山盛りの菓子は、ごくごく薄い焦げ目が付いた小さな巾着型のアップル・パイ。小麦粉からできた生地を薄く薄く伸ばした『パート・フィロ』で包んだ一品である。
それらがふわりと、宙に浮いた。そして、鳥のように生地を羽ばたかせ、化け物に向かって勢いよく飛んで行った。さながら紙飛行機か、折り紙の鶴が飛んでいくような格好だ。
「うわぁーーっ! こざかしい陰陽師め、式神を使ったか!」
まとわりつくパイもとい、式神を払いのけながら、化け物役がセリフを叫ぶ。そして式神を一切れ掴み、思い切りバリバリと食べ始めた。
「フッ、貴様の式神なぞ、このワシが喰ってやった。かかってこい!」
生地がパリパリ、パリパリと崩れていく音の中、陰陽師役が腰に下げていた刀を構えて怪物へと向かっていった。
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「本物の殺陣ってすごいね。ああでも、グリーンバックでの撮影だったから合成した画面が楽しみだなぁ」
「陰陽師もので、公開は来年の夏だっけ」
映像制作会社からの依頼は、お隣の街・名古屋を舞台にしたもののけアクション映画の小道具として使う魔法菓子だった。内容は「空飛ぶ鳥に見え、役者が食べられるもの」……制作会社曰く、陰陽師の使い魔たる紙の鳥「式神」を敵の食べるシーンがあり、魔法菓子が提案されたのだという。
「ふふふふ、来年の夏の売り上げはこれでいただきだな……! も、もちろん映画も楽しみだぞ? ファミリー向けって聞いてるから皆で見に行くぞー!」
バシバシ、と陽気に笑う八代に背中を叩かれる。
「僕も?」
「あったりまえだろ」
まだ先だが、夏の予定ができてしまった。そして、当然のように八代の予定に自分が含まれていることがわかった蒼衣の口元に、照れたような笑みが浮かんだ。
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