第25話 もう一度、娘さんを全員ぼくに下さい!

 六月に入り、学校の制服も衣替えが済んで涼しげな夏服へと替わった。


 星京学院高等部の制服は、男子は半袖シャツにズボン。

 女子は半袖ブラウスにニット、スカートという格好だ。


「あの、な、なんですか?」


 絆奈は、ほっそりした二の腕を隠しながら顔を赤くする。

 スカート丈は冬服と同じなのに、心なしか太ももも輝いて見える。

 黒髪ロングの清楚な絆奈は、肌色の多いミニスカートもよく似合う。


「あ、あんまりじろじろ見ないでくれます?」

「冷たいな。一晩同じ布団で過ごした仲なのに」

「一緒に寝ただけじゃないですか! あのときはキスもしてないし、お尻も撫でられてません!」


 ちなみに、ここは鳴爽たちの教室だ。

 授業が終わって、既に放課後、あとは帰るだけなのだが――


「あのときは……?」

「最近、クソ鳴爽と若菜さんが怪しいとは思ってた……」

「ああ、若菜さんのあの尻が、鳴爽のものに……」

「鳴爽くん、かっこいんだけどちょっとクレイジーだからなあ。絆奈ちゃん、不思議と羨ましくないっつーか」

「でも絆奈もけっこー天然だし、お似合いじゃね?」


「ち、違――! もうっ、あなたが余計なことを言うから!」

「俺に余計なことを言うなとか、酸素を奪うに等しいな」

「……まったくそのとおりですね」


 若菜父にも認められた、鳴爽の無駄口の多さは未だ健在だ。

 ここ最近は減っていたが、徐々に戻りつつあるというべきか。


「も、もう帰りますよ! 鳴爽くん、今日はウチに来るんでしょう!」

「うん、そのつもりだ」


 絆奈はさらに誤解を招くことを口走っているが、本人は気づいていないらしい。

 クラスメイトたちの好奇心丸出しの視線を浴びつつ、二人は教室を出る。


 鳴爽は前を歩く絆奈を、じっと眺めてしまう。


 重すぎる過去を告白したあと、絆奈は特に変わりはない。

 むしろ、吐き出してスッキリしたようにすら見える。

 

 当然、鳴爽は絆奈の過去のことなどまったく気にしていない。

 実の親がどうであろうと、絆奈は絆奈。

 それに、鳴爽にとって絆奈の父は亡くなった若菜昌仁だけだ。


 絆奈にとってもそうであれば、と鳴爽は願わずにはいられない。

 物事は、そんなに単純にはいかないだろうが――



「ただいま帰りました」

「ただいまー」


「……もうすっかり、普通に我が家に出入りしてますよね」

「来ない日のほうが珍しいからな」


 鳴爽は絆奈と一緒に家に上がり、居間へと向かう。


「なんか今日も大きい荷物持ってますし……」


 絆奈は、鳴爽が背負っている巨大なリュックに目を向けた。

 手に持っているスクールバックがポーチに見えそうな大きさだ。


「ぎっしり詰まってますね。またお泊まりする気満々ですよね?」

「女の子だけの家は、さすがに危ないだろ?」

「別の危険が生じてると思うんですよね」


 絆奈に、じとっと睨まれても気にしない。

 鳴爽は、絆奈があれこれ言いながらも、鳴爽の分の食材も購入していることを知っている。


「ただいま帰りました、お父さん」

「また来ました、お義父さん」


 二人は、まず居間で遺影と遺骨の前に座って手を合わせる。

 納骨は四十九日後の予定だが、みつばが納骨に反対している。


 鳴爽も知らなかったが、お骨は必ずしも墓に収めなくてもいいらしい。

 法律上はずっと家に保管しておいても問題はなく、実際にそうしている家もあるようだ。


 舞たちは、みつばの気が済む日を待ってもいいと思い始めている。

 鳴爽は、気持ちを切り替えるためにも納骨は予定通りにしたほうが望ましいと思っているが、口には出していない。


「ああ、鳴くん、絆奈、おかえり」

「……お姉さんも普通に鳴爽くんを迎えてますね」


 ふらっと居間に現われたのは舞だった。

 ノースリーブのブラウスに、ミニのタイトスカート。

 いつもの、やたらとエロ美人な女子大生ルックだ。


「というか、また講義サボりましたね? 高校生より先に帰ってる女子大生ってどうなんでしょう……?」

「あたしは家の最年長者として、できる限り家にいるようにしてんの」


 舞は卓袱台の前に座って、じろりと絆奈を睨む。

 大学サボリの言い訳のようにも聞こえるが、最近の舞はまったく外で遊んでいないようだ。

 意外と、家を空けないようにしているのは事実かもしれない。


 だが、もう葬儀も終わって数日経つのだし、そろそろ日常に戻ってもいい頃だ。

 鳴爽は、舞にも少しは息抜きしてほしいと思っている。


「ただいま……あ、鳴爽さん、今日も来てくれたんだね……」

「お兄さーん、ただいまー!」


 と、今度は乃々香とみつばが居間に入ってきた。

 二人も、たった今、帰宅してきたようだ。


 もちろん、乃々香とみつばも、まず父に手を合わせた。


 それから、五人で卓袱台を囲み、絆奈が用意した麦茶を飲みつつ、スナック菓子をつかむ。


「で、鳴くん?」

「で、ってなんです?」

「なんか言いたいことあるんじゃない?」

「鋭いですね、舞さん」


「知らなかったの? あたしは君にイケメンコンテストに出ろって言った女だよ?」

「そうでしたね」

「あたし、良い顔が好きなんだよ。だから、鳴くんの顔はいっつも見てるし、変化があれば気づくって」

「それはちょっと怖いですね」


 舞と事に及ぼうと狙うときは、感情を殺さなければならない。


「そうですね、皆さんも少しは落ち着いた頃かと思って。どうですか?」


「そりゃ、今までどおりですとは言えないけどさ。いつまでも落ち込んでたら、父上が化けて出そうだからね」

「パパなら、化けて出てもいいんだけどね、ボクは」


 みつばは寂しそうに笑って、遺影に視線を向けている。

 やはり、一番傷が深いのは一番年下の彼女のようだ。


「それなら、話をさせてください。まず、この家の家長っていうのは――決まってるんですか?」

「家長とはまた古めかしいね。まあ、乃々香だよ」

「えっ、またわたし……?」


 舞の言葉に、乃々香が驚きの声を上げる。

 以前に若菜父が家出したときにも、一時的に乃々香が家のことを仕切っていた。

 舞は、どうしても乃々香をトップに据えたいようだ。


「性格的にも向いてるし、なにしろ唯一の正式な“娘”だったんだから」

「だ、だからそれはみんなもそうだよ……」

「それを口実にしてるだけ。舞お姉さんはいい加減だから、こんなの頼るとろくなことにならないって話」


 舞はニヤニヤと笑っている。


 鳴爽は舞の言葉を額面通りには受け取っていない。

 どうも、彼女は最年長者としてなにか考えがあるようにも見える。

 おそらく、なかなかそれを明かさないとも思っている。


「私は、乃々香姉さんが家長でいいと思います。お願いします、姉さん」

「ボクもノノ姉がいっちゃん頼りになるかなーって。舞姉、けっこうポンコツ――」

「みつば、あとでお姉ちゃんとお話ししようね♡」

「がくがくぶるぶる」


 どこで耳にしたのか、古典的な震え方をする女子中学生がいる。

 舞は家長の座は譲っても、ポンコツ扱いは受け入れられないらしい。


「じゃあ、乃々香先輩。俺からお願いがあります。たくさん」

「たくさん……?」


「鳴爽くんはどん欲ですから。普通、大事なお願いは一つですけど、そんな常識は通じませんね」

「わー、きー姉、彼のことは私が一番わかってるのよマウント取ってくるね」

「そ、そんなマウントなんて……わ、私はクラスメイトだから多少はわかってるというだけで!」


「はい、そこの二人、ちょっと黙る。えーと、鳴爽さん、お願いっていうのは……?」

「お義父さんの遺言を守らなければいけません。だから、一つ屋根の下のラブコメ、始めましょう」

「は……?」


 乃々香はきょとんとしている。


 父の遺言となった動画は、全員が観ているはずだ。

 あの動画で、父は確かに言っていた。


「一つ屋根の下のラブコメが始められるぞ――そう言ってましたよね。始められるぞ、じゃなくて始めろって意味だと取りました」


 鳴爽はきっぱりと断言する。


「だから今日から、俺をここに住ませてください!」

「そ、それは……さすがにわたしの一存じゃ決められない……かな」


「ねー、鳴くんの親御さんもそれでいいの? わざわざ、君をあのマンションに住ませてるんでしょ?」

「そこらの許可はどうにでもなります。俺が問題さえ起こさなければ、親はうるさいことは言いません」


「女子四人の家に住むって、なかなかの問題行動じゃないでしょうか?」

「うーん、お兄さんの行動としてはむしろおとなしめな気もするよ、ボクは」


「みつばちゃんの言うとおり、たいしたことじゃありません」

「いえ、私たちにはけっこうたいしたことですよ。ご近所の目もありますし……」

「その辺は上手く近所の皆さんを懐柔――いえ、ご理解を求めておきます」


「鳴くん、なんでも強引に言いくるめちゃうもんねえ。今思えば、父上も終始圧倒されてたもんねえ」


「部屋をくれとは言いません。なんなら、庭にテントを張ってもいいです」


「に、庭? 今はよくても、冬場は死んじゃうよ……?」

「庭で生活させてたら、私たちが鬼みたいに思われますよ」

「テント生活、楽しそうだなあ。ボクも一緒に寝ていい?」

「ほらほら、子供に悪影響が! わかった、わかった、鳴くん、ウチに住んでいいよ! ね、乃々香?」


「う、うん……庭に住まれるよりはマシかな……」


 消極的ながら、許可を得られたらしい。

 鳴爽は実はテントも既に購入済みだったが、無駄になったようだ。


「あ、今日からって……だからそんな大荷物だったんですね」

「俺の荷物はこれで全部だ。いつでも若菜家に引っ越せるように、前々から準備はしてた」


 四人を手に入れるためには、彼女たちのふところに飛び込まなければ。

 鳴爽は、抜かりなく準備を進めていたのだ。


「俺の一番の願いはなにも変わってません。そのために――」


 鳴爽は、四人の顔を見回す。


「あなたたちにはずっと、若菜家の四姉妹でいてほしい。残念ながら結婚できるのは一人ですけど、全員をずっと手放しません!」


「「「「…………」」」」


 四人に呆れたような感心したような目を向けられる中、鳴爽は続ける。


「全員の夢を叶えて、幸せにしてみせます! いえ、全員の夢を叶えるための、幸せになるための手伝いを俺にさせてください!」


「……高校生でそこまで言えんの、ぶっ飛んでるね」

「鳴爽さんは最初からぶっ飛んでる……まだ手伝いって言い出した分、少し成長したかも……」

「そ、それより……け、結婚って。私たち全員、まだ学生なんですけど」

「あきらめて、きー姉。お兄さんのあの目はガチだよ」


 四人が顔を寄せ合って、ヒソヒソと話している。


「俺が付き合いたいと思ったのは、“四姉妹”なんです。お義父さんの実の娘かどうかなんて、関係ない。あなたたちは、これまでもこれからも四姉妹だ」


 鳴爽は立ち上がり、きっぱりと言い切る。

 そう――どんな真実を聞かされようが、舞・乃々香・絆奈・みつばの四人は姉妹だ。


 鳴爽は、四人姉妹を同時に好きになったのだ。

 血の繋がりがどうであろうと、その気持ちに変わりはない。


「お義父さんがいなくなっても、そこは変わらない。俺はお義父さんのように、四人を娘にはできないけど、あなたたちを四姉妹として俺のものにする」


「わー、すんごいこと言い切ってきたー」


 舞だけが反応して、他の三人は黙っている。

 鳴爽の無駄な迫力に圧倒されているらしい。

 それとも、ただ単純に呆れているのか。


「でも、そうですよ……私たちはなにがあろうと姉妹です」

「うん、ボクらはパパに育てられた四姉妹だよ」

「わたしも……みんなと離れたくない気持ちは一緒だよ……」

「なんか、鳴くんに言い切られると、そうなのかなって思っちゃうよね。あたしら、チョロいな」


 四人は――四姉妹は呆れながらも、鳴爽の言葉を受け入れてくれている。


 鳴爽は、ちょっと強引かなと思いつつも――

 最初から、無茶を通してきたのだから、これからも通し続けていくだけだ。


「だから、もう一度ここから始めます。お義父さんからの試練も必ずやり遂げます。だから――」


 鳴爽は四人の姉妹と、その後ろの笑顔の遺影を見つめて――


「娘さんを全員ぼくに下さい!」

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