第20話 三女と一緒に待たせて下さい!

 鳴爽は、高校二年生にしては多忙を極めている。


 若菜四姉妹と遊んでばかりに見えて、実は裏で動き回っている。


 モデル事務所と契約、柔道部所属、全国模試一位の秀才、ラノベ新人賞受賞。

 これだけの派手すぎる結果を出してしまえば、暇でいられるはずがない。


 遂に、モデルとしての仕事をスタートさせている。

 柔道部の練習は、若菜家に挨拶に行って以来サボりがちだったが、そろそろ復帰しなければならない。

 全国模試で一位を獲ったからといって、学力は維持する必要がある。

 もっとも急がなければならないのは、編集部を待たせている新人賞作品の出版だろう。


 鳴爽にとって、一番大事なのが若菜四姉妹全員とお付き合いすること。

 それは微動だにしない最優先事項。


 だが、鳴爽は無責任ではいられない。

 それぞれの分野でトップを獲って、はいサヨナラではいい加減すぎるだろう。


 先日の温泉では義父と経済力の話も出た。


 実際、鳴爽は普通の高校生よりはるかに金がかかる。

 単純にデート代も誕生日プレゼント代も、カノジョがいる高校生の四倍必要なのだ。


 四姉妹は、物をねだるタイプとも思えないが、甲斐性無しではいられない。


 若菜父はまだ孫はほしくなさそうだったので、避妊具も四人分となると馬鹿にならない。

 やはり、コンビニバイトで稼げる程度の金額では追いつかないだろう。


「はぁ……しんどい」


 鳴爽は歩きながら、コンビニで買ったアイスコーヒーを飲んでいる。

 そろそろ六月も間近、冷たい飲み物が美味しい。


 現在、夜の八時。

 放課後にモデルの撮影が入り、仕事を済ませてきたところだ。


 高校生なので夜遅くまで拘束されないが、慣れない撮影は鳴爽でも消耗する。


「ん?」


 遠くから、サイレンが聞こえてきた。

 どこか少し離れた道を走っているらしく、車は見えない。


 別に珍しくもないので、鳴爽は気にせずにそのまま帰路を辿っていく。


 自宅マンションに戻り、ドアを開けると――


「あ、おかえりなさい、鳴爽くん」

「あー……帰宅すると可愛いメイドさんが待ってる自宅。天国か?」

「な、なにを言ってるんですか?」


 キッチンに、メイド服姿の絆奈がいた。


「へぇ、今日はロングスカートタイプか」

「ダ、ダメですか? お姉さんが、たまにはこういうクラシックなメイド服もいいだろうって」


「全然アリ。太ももを見たけりゃめくればいいんだしな」

「なにをですか!?」

「それ、エプロンの下はワンピースだもんな。めくればパンツから胸まで余すことなく観賞できるよな」

「思った以上に大きくめくる気ですね!」


 絆奈はスカートを押さえ、ささっと後ろに下がる。


「もう、冗談言ってないでシャワーでも浴びてきたらどうですか?」

「いや、絆奈が先に浴びていいよ」

「シャワーを浴びさせて、なにを始めるつもりですか!」


「冗談だよ。今日は疲れてるから、絆奈を満足させる自信がないからなあ」

「あの、普通にそういうことをしているような言い回しは……」


「だよな。もう俺ん家にも何回も来てるのに、まだブラジャーすら脱がしたことないとかおかしい」

「……一人でシャワー浴びてきてください。ご飯、もうすぐですから」

「ああ、すげー助かる」


「こんなにエロいメイドさんがいたら、やっぱゴムの金も馬鹿にならないよな」

「ボソっとなに言ってるんですか!?」


 絆奈の華麗なツッコミを受けつつ、鳴爽はバスルームに移動して手早くシャワーを浴びた。

 つい数日前の温泉とは比べものにならないが、仕事で疲れた身体には気持ちいい。


 Tシャツとハーフパンツ姿でリビングに戻ると、いい匂いがしていた。

 リビングのテーブルにはいくつも料理が並んでいる。


「おー、鯖の塩焼きに味噌汁、野菜の煮物、玉子焼きに肉豆腐か。いいな」


 鳴爽はテーブルを挟んで絆奈の前に座る。


「オカズ多めですけど、お魚だけじゃ鳴爽くんには物足りないでしょう」

「ああ、助かる。あ、漬物もあるか?」

「もちろん用意してあります……って、なんか私、奥さんみたいじゃないですか?」


「男女平等だから、俺は絆奈たちに家事をやらせるなんてことはない。今はメイドだからやってもらってるだけだ」

「そうですか……あれ、私ってなんのためにメイドやってるんでしたっけ?」

「さあ、そんな昔のことは忘れたな」


 適当に答えて、鳴爽はありがたく絆奈の料理をいただく。

 メイドを嫌がっているように見えて、絆奈の料理は手抜きがまったくない。


「でも、悪いな。若菜家のメシは作り置きなんだろ?」

「あたためれば同じですよ。みつばが料理を覚えたいって言い出してますけどね」

「それは楽しみだ。一度、食べてみたいな」

「う、うーん……あの子、お菓子はつくれるんですが普通の料理は……」

「……お菓子を先に食べてみたいな」


 絆奈が真面目に悩んでいるところを見ると、みつばの腕前は今後の成長が待たれる感じらしい。


「お義父さんなら、みつばちゃんの料理は大喜びで食いそうだけどな」

「あ、そういえば、お父さん、遅いですね」

「え? お義父さんも今日来るのか?」

「鳴爽くんに連絡してないんですか。もう、困った人ですね」


 絆奈が苦笑いする。


「ちょっとLINEしてみますね。今どこですか……と。お父さん、返事早いのですぐでしょう」

「俺がLINEしても返事早いかな」

「来るかどうかが問題じゃないですか?」


 なかなか辛辣な絆奈だった。


「つか、位置共有でどこにいるか調べればいいんじゃ?」

「あまり多用できませんよ。お父さんにもプライベートがあるんですし」

「真面目だなあ、絆奈は」


 鳴爽は、絆奈のそういうところも好きなのだが。


「それに、調べるまでもないですよ。お父さん、今日は打ち合わせで出かけていて。帰りに鳴爽くんの家に寄るって言ってましたから」

「なるほど……来るのは全然かまわないけど、なんだろうな?」


「“鳴爽とバトルだ”とか言ってましたよ」

「ドツき合って勝てたら娘たちをくれてやる、とか?」

「暴力的すぎます! というか、絶対に鳴爽くんが勝ちますよね!」


 鳴爽は実戦空手だけでなく柔道も習い、若さ溢れる高校二年生。

 48歳、在宅仕事で運動不足の中年の勝ち目はゼロだろう。


「そういえば、姉さんが昨夜、お父さんがずいぶん遅くまで起きてたのを見たらしいです」

「なんか怖いな。やべぇ計画とか練ってないだろうな」

「そろそろ、本気で私たちを鳴爽くんの毒牙から守るつもりでしょうか?」


「俺は毒なんか注がないぞ。どうせ注ぐなら――」

「はい、過度な下ネタは禁止です! ウチにはみつばもいるんですから、日頃から変なことを言わないように心がけてください!」

「はいはい」


 もぐもぐと肉豆腐を食べながら、鳴爽は反省する。


「お父さん、返事来ないですね。珍しい」

「俺といるのを知ってるから、気を利かせてくれてるのかもな」

「ありえませんね」

「ありえないな。邪魔をするならともかく」


 鳴爽は絆奈と顔を見合わせて笑う。


「でも、お父さん、温泉旅行で鳴爽くんと少しは仲良くなったのかと思ってました」

「俺も思ってた。夜の庭で二人で飲み明かした――いや、俺もお義父さんも呑んでないけど。布団並べて寝たしなあ」


「私たちと温泉に入ったこと、バレたみたいですし、それでしょうか?」

「まずいな、絆奈とみつばちゃんのおっぱいしか見れてないのに、殺されたら割に合わない。舞さんと乃々香先輩のも見たならともかく」

「なんだか、微妙に納得いかない言い草ですね……」


 じとっと睨みつけてくる絆奈。


「おっぱい見たの二人だけだから、せめて半殺しくらいにしてほしいな」

「暴力的な解決はやめましょう。それより、その煮物も今日のは自信が――」


 絆奈が言いかけたところで、スマホの振動音が聞こえた。


「あ、私です。LINEですね」

「どうぞ。お義父さんからかな?」


 絆奈はスマホを操作して、画面を確認し――


「……………………」


 黙ったまま、身動き一つしなかった。

 鳴爽はすぐに異変に気づく。


 箸を置いて、絆奈の横に回る。


「絆奈。どうした」

「…………」


 絆奈は黙ったまま、スマホの画面を鳴爽に向けてきた。

 鳴爽もなにも言わず、その画面を見る。


 LINEを送ってきたのは舞だった。

 その内容は――


「絆奈、着替えろ」

「わかってます」


 絆奈はリビングの隅に置いていたカバンに掛けてあった制服を取り上げ、鳴爽の目も気にせずに着替え始めた。


 鳴爽もそちらには目を向けず、トーク画面が表示されたままの絆奈のスマホを手に取る。

 彼女は忘れているようだが、なにか返事をしなければならないだろう。


 代わりに自分が返事するべきかもしれない、と鳴爽は思う。


 だが――なんと返事をすればいいのか?

 こんなLINEに、どう答えればいいのか、鳴爽の頭ではとても思いつかなかった。


 舞からのメッセージには、絵文字もスタンプもない。

 ごくごくシンプルだった。


《父が死にました》

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