第13話 四姉妹の家を守らせて下さい!

 本当に、鳴爽は若菜家への宿泊が認められた。

 家長代理の乃々香の判断である。


「わー、お兄さん、ボクと一緒に寝る?」

「んー……ごめん、絆奈と寝なきゃいけないかな」

「鳴爽くんのお布団は居間に敷きます!」

「居間だと、姉妹に見られるかもしれないぞ?」

「なにをですか!?」


 などと、馬鹿な会話もありつつ。


 四姉妹はできる限り普段の生活から変えないようにしたようだ。


 鳴爽も賛成だった。

 深刻に悩んだところで解決する問題ではない。


 四姉妹がひとまず自室に戻り、鳴爽は居間でスマホを操作していた。

 不吉なので四姉妹には言えないが、一応事件や事故のたぐいをチェックしておく必要がある。

 父の年頃の男性が、なにかトラブルに巻き込まれていないか――


 一通り見たが、なにも見つからなかったところで――


「はー、喉渇いたー」


 舞が台所に現われた。

 若菜家は、居間と台所はほぼ繋がっている。


「舞さん」

「え、なぁに?」


 舞は部屋着に着替えていた。

 長袖の白Tシャツに、太もももあらわなショートパンツという格好だ。


「普段どおりっていうのはいいと思いますが、できることはやっておきませんか?」

「なんか思いついたの?」

「お義父さんの部屋を調べてみませんか? 手がかりがあるかもしれない」

「あ、それは無理」

「えっ、なんでですか?」


「あたしもそれができればやってるよ。ウチの父上、いつも部屋に鍵かけてんだよね。あたしたちの部屋にだって鍵なんてついてないのに」

「俺、舞さんたちの部屋に出入り自由ですか?」

「絆奈の部屋ならいいよ」


 妹をあっさり売り飛ばす姉だった。


「父上の部屋、仕事の大事な資料があるらしいよ。門外不出とか言ってた」

「なるほど……じゃあ、窓をぶち破りましょう」

「あたしの話、聞いてた!?」

「ドアを破るよりは楽だし、修理費も安く付くかなと思ったんですが……」


「あたし、前から思ってたけど、鳴くんって敵に回したくない……」

「俺は無条件で四姉妹の味方ですよ。だから、多少強引な手を使ってでも、お義父さんの行き先を突き止めたいんです」


「多少、かなあ。とにかく、それは最後の手段だと思っといて。破るときは鳴くんにお願いするから」

「任せてください、柔道初段ですから」

「柔道関係ないと思うけど。肉体で窓破らなくていいから。というか、初段で全国優勝しちゃったんだ?」


「柔道始めて一年なんで。別に段は低くても試合に勝てばいいわけですし」

「……ウチのセキュリティは君がいれば万全だね」

「押し込み強盗の一人や二人、ボコボコに殴ってやりますよ」

「……柔道?」


 舞は、コイツ本当に得体が知れねぇという顔をしている。

 鳴爽は、それは気にせず――


「お義父さんの部屋の捜索はあきらめます」

「ごめんね、部屋を調べなきゃいけないのはわかってるんだけど」

「いえ、今は舞さんたちの意思が最優先ですから」


 正直、鳴爽には手ぬるく思えるが、四姉妹が無茶をしたくないなら従うしかない。


「でも、あたしらはガチで鳴くんには感謝してるから。四人だけだったら、あたふたしてなにもできなかったかも」

「俺だってなにもできませんよ」

「はは、そんなことないよ。いつもどおりの鳴くんでいて。乃々香も絆奈もみつばも、それが一番嬉しいだろうし、もちろんあたしもね」


 舞はにっこり笑って、鳴爽の胸を拳でぽんと叩く。

 それから、少しだけうつむいて。


「……あの人は部屋に入られるの、嫌がるんだよね。だから、まだそれはしたくないんだよ。非常事態なのにおかしいと思う?」

「思わないと言ったら嘘になります」

「素直だねぇ」


「でも、俺はお義父さんのことをまだよく知りませんからね。舞さんがそう思うなら、踏み込むべきじゃないです」

「あはは、ありがと。まあ、あたしも父上との付き合いは長いからね」

「そりゃ、舞さんが一番長いでしょ」


 長女なのだから当然で、鳴爽などニワカもいいところだ。


「しっかし、悪いね。四人揃って無理難題ふっかけて、次は父上が面倒くさいこと言い出して、今度はその父上がね……」

「こればかりは、俺がなんとかする――なんてのも失礼かもしれませんけど、できる限りのことはしますよ。お義父さんが帰るまでは、この家は俺が守ります」


「あのー」

「わ、絆奈? どうしたの?」


 絆奈が、台所にひょこっと顔を出していた。

 彼女も制服から着替えて、中等部のジャージ姿になっていた。

 絆奈は学校ジャージを部屋着に使うタイプらしい。


「いえ、晩ご飯をつくろうかと。簡単に、おにぎりと玉子焼き、あとはお味噌汁くらいですけど」

「普通に美味しいヤツじゃん、それ。よかったね、鳴くん。女子高生が握った生おにぎりだよ」

「生おにぎりってなんですか!?」


「女子大生と女子中学生にも握ってもらいたいですね」

「あたしが握ると、三角でも丸でもなくて、十五角形とかになるからね」

「それはむしろ見てみたいような……」


「お料理しますから、お二人はくつろいでいてください!」


「わ、怖い。じゃあ、あたしは部屋に戻ってるから。鳴くん、ご飯ができるまで誰もここには来ないからチャンスだよ」

「なんのチャンスですか、お姉さん!」

「女の子が料理してる後ろ姿にムラムラして、つい……って定番でしょ?」

「お姉さん、普段なに観てるんですか……?」

「お姉ちゃん、大人だから♡」


 舞はわざとらしくウィンクなどして台所を出て、二階に上がっていった。


「女子高生のエプロン姿か……確かにムラムラするな」

「まだエプロン着けてません」

「ジャージって尻のラインがよくわかるよな」

「生々しい表現、やめません!?」


 絆奈はいつものように鋭くツッコミを入れて、エプロンを身につけた。

 ジャージにエプロン――鳴爽の中で新しい扉が開いた気がした。


「また、なにかいやらしいことを考えてる気配が……」

「だいぶ鋭くなったな、絆奈」

「ジャ、ジャージのお尻くらいなら見ててもいいですけど……それ以上はダメですからね? 刃物も火もありますからね?」

「攻撃力高いな」


「まあ……あなたは刃物なんか怖くないでしょうけどね。ナントカっていう空手、やってたわけですし……」

「あれ? 俺、絆奈にそのこと話したか?」


「知ってますよ、一応……」


 絆奈は、じーっと鳴爽を見つめてくる。


 確かに鳴爽は、とある空手道場に通っていたことがある。

 一時期はかなり熱心に学んでいたものだ。


 だが、あまり人に話したことはない。

 荒稽古で有名で、お世辞にも評判がいいとは言えなかったからだ。


「だから、ガードマンとしては期待してますよ。ウチは今、男手ゼロですから」

「ベッドの中でも護衛するよ」

「ベッドではあなたが一番危険です!」


 もちろん、鳴爽も普段通りといってもこの状況で絆奈に手を出すつもりはない。

 絆奈も、鳴爽を受け入れるほど弱ってはいないらしい。

 まだ事態はさほど深刻ではないな――と、鳴爽は密かに胸をなで下ろした。



 絆奈が用意したシャケとおかか、こんぶのおにぎりに玉子焼きと味噌汁。

 たっぷりと量が用意された夕食を、四姉妹は綺麗に平らげていた。


 食事が喉を通るなら、四人ともまだ大丈夫らしい。

 安心した鳴爽も、女子高生の生おにぎりをありがたくいただいた。


 それから風呂もありがたくいただいた。

 先にコンビニに行って、Tシャツと下着のみ買ってきて、父のジャージを借りた。

 長身の鳴爽にはぴったりとは行かなかったが、はけないことはない。


 鳴爽は湯上がりに軽いストレッチをして、宿題を済ませ、モデル事務所と編集部からメールが来ていたのでスマホで返信した。


 これでなかなかに、高校生としては忙しいのだ。


 そうこうしている間に、四姉妹も風呂に入ったらしい。

 さすがに、今夜は鳴爽も脱衣所には突入していない。


 夜も更け、午後十時を過ぎて――

 鳴爽が洗面所を借り、歯を磨いて居間に戻ると。


「あれ……?」


 卓袱台がどこかに片付けられ、畳の部屋に――

 五組の布団がぴったりとくっついて並べられていた。


「さ、さすがにお布団五つもないので、ベッドのマットとか運んできました。鳴爽くんは真ん中です」


 絆奈が布団を敷いてくれたらしい。

 顔を真っ赤にして、もじもじしている。


 風呂を済ませた絆奈は、白いTシャツにハーフパンツ。

 Tシャツは薄くて、下着の線がわずかに透けている。


「みんなで寝るの、久しぶり! ボクはいっつもこれでいいのに!」


 ハシャいでいるのは、みつばだ。

 このJCは、ネコミミがついたフード付きのあざとく可愛いパジャマだ。


「な、鳴爽さん。ちょっと早いですが今日はもう眠りましょう……明日のことは明日考えればいいですから……」


 乃々香は意外にもタンクトップにショートパンツという露出度の高さだった。

 意外に大きな胸の谷間がくっきりと見え、ほっそりとした太ももも付け根近くまであらわになっている。


「はいはい、とにかくみんな、布団にゴー。さっさと横になっちゃいなさい」


 そして、舞はピンクのキャミワンピという格好だった。

 乃々香以上に胸の谷間が丸見えで、丈が短すぎてわずかに下着が覗いている。


「あ、このカッコ? いろいろ試してたどり着いたのがこれなんだよ。めっちゃ楽なんだよね」

「楽とはいえ、男の子がいるのにその格好はいかがなものかと……」

「まあまあ、絆奈にもキャミ貸してあげようか? もっとスケスケのヤツもあるよ?」

「お姉さんはなにを狙ってるんですか!?」


 絆奈のツッコミはもっともだった。


「さあ、なんでしょう? でさあ、鳴くん」

「はい?」

「君、ウチの家のこと、気になってるよね?」

「ええ、なにか秘密があるともう確信してますよ」

「素直に言うなあ。はい、寝て」


 とん、と舞に肩を押され、鳴爽は布団の上に座り込む。


「だったらさあ……今夜は特別ってことで。若菜家の秘密か、あたしたち姉妹の服の下の秘密♡、どちらか一つだけ教えてあげる♡」

「…………」


「お姉さーんっ!?」

「お、お姉ちゃん……この人はマジだ……!」

「ボクの秘密なんて、いつでも見せるのに」


 若菜家の秘密――

 あるいはそれが、父の突然の家出に深く関わってるかもしれない。


 だったら、鳴爽が選ぶべき答えは決まっている。


「俺は、四姉妹の服の下の秘密を知りたい……!」

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