第12話 四姉妹会議に参加させて下さい!

 鳴爽なるさわとみつばが若菜家に到着してすぐ――

 長女の舞、次女の乃々香も連絡を受けてすぐに帰宅してきた。


 舞はサークル活動を、乃々香は生徒会を途中で切り上げてきたらしい。

 ちなみに舞が所属するサークルは「クロスワード研究会」だそうだが、おそらく大嘘だ。


 それはともかく。


 若菜家の居間、卓袱台の周りに四姉妹と鳴爽が円を描く形で座っている。

 舞は私服、鳴爽を含めた中高生の四人は制服姿のままだ。


絆奈きずなが帰ってきたときには、そのメモが置かれてたんだね?」

「そうです、お姉さん。私は帰ってきたら、まず居間を覗きますから」


 舞の質問に、絆奈が答える。

 絆奈も、鳴爽とみつばが到着するほんの二、三分前に帰宅したばかりだったらしい。


「ふーん……“探すな。心配無用。”か。父上も、もうちょっとなんか書けよなあ」


 舞は、若菜父が卓袱台に置いたと思われるメモを手に唸っている。


 さっき、鳴爽も確認しているが、確かにそれだけしか書かれていない。

 署名すらないものの、筆跡は父のもので間違いないという。


「あっ、そうだ!」


 急に、そして珍しく乃々香が大声を出した。

 乃々香はスマホを取り出して、なにやら操作を始める。


「……ああ、ダメだ。父さん、位置情報をオフにしちゃってる……」


「あ、そっか。やべ、あたし、全然それ思いつかなかった」

「私もです……」

「ボクも」


 乃々香が残念そうにつぶやき、他の三人もしょんぼりする。


 若菜家ではスマホの位置情報を家族で共有している。

 この前、それで鳴爽の家の位置を知られたばかりだ。


 もちろん、共有は簡単な操作でオフにもできてしまう。


 舞たち三人がすぐに気づかなかったのは仕方ないだろう。

 人間、慌てていると簡単なことを見落としてしまうものだ。


 ちなみに鳴爽は位置情報のことはすぐに気づいていた。

 あえて話さなかったのは、姉妹が自分たちで思い出すべきだと思ったから。

 今のところ、父の家出は家族の問題なのだ。


 それが正しい確信はなかったので、乃々香が気づかなければすぐに話してしまっていたかもしれないが。


「ごめん、もっと早く気づいていれば……」

「なに謝ってんの、乃々香。あたしらなんて全然思い出さなかったし。つーか、一刻を争う――って事態ではないでしょ」


 舞が乃々香の肩をぽんぽんと叩く。


 一刻を争う事態ではない、というところは鳴爽も同意だ。

 メモにあった“心配無用”を全面的に信頼するなら――ということだが。


「というわけで、鳴くん。あたしたち、動揺してるから役に立たないかも。君はどう思う?」

「俺は適任ではないですね。お義父さんの情報が不足しすぎてます。必要なら意見は言いますが……乃々香先輩が仕切るのがいいと思います」


「えっ!? わ、わたし?」


 凄いスピードで乃々香が鳴爽のほうを振り向いた。

 このぼんやりした先輩にこんな機敏な動きができたのか、と鳴爽は失礼なことを考えている。


「お義父さんがいない以上、家のことを仕切るのは乃々香先輩でしょ?」

「ち、違わない? この無駄に色気溢れるお姉ちゃんが、鳴爽さんには見えてないの……?」


「色気、関係ないでしょ。でも、鳴くんに賛成。あたしは仕切るタイプじゃない」

「お姉ちゃん、すっごく女王様タイプっぽいけど……」

「言いたいこと言うじゃん、乃々香。だから、あんたでいいのよ」


 舞は、ぎろりと次女を睨んでから、バンと卓袱台を叩いた。


「乃々香、あんたの意見は?」


「え、えーと……無意味に父さんを捜してもたぶん無駄。たいしたことないなら今すぐにでも帰ってくるし、たいしたことあるなら無闇に探しても意味はない……かな」


「…………」


 意味はない、というあたりで絆奈とみつばがビクリと反応する。


「本気で姿を消されたら、警察でも探偵でもないわたしたちにはどうしようもないから……」

「だろうね。父上は大人なんだし、どこにでも泊まれるし」


「警察に捜索願を出すのは待ったほうがいいと思う……成人男子の家出だし、書き置きがあるんだから事件性はないと判断するんじゃないかな……」


 鳴爽が考えていたことと、ほぼ同意見だ。


「つまり、待つしかないってこと?」

「そうなるね、お姉ちゃん……仕事関係の人に連絡を取ってみてもいいかもしれないけど……鳴爽さん」


「え? ああ、大ごとにしたくないならそれも早まらないほうがいいかも。家族と連絡が取れないって仕事関係の人が知ったら、お義父さんの信頼に関わってくるから」


 鳴爽は考えを整理し、過激な言葉を避けて説明する。

 たとえば“失踪”“行方不明”なんて言葉を使ったら、姉妹を余計に動揺させるだろう。


「鳴爽さん、もっと忌憚なき意見を聞かせてほしいかな……」

「…………」


 乃々香は鳴爽が慎重になりすぎてることを見抜いているらしい。


「えっと、警察に捜索願を出すのは悪くないとは思う。少なくとも、少しは安心できるから」

「なるほど……事態が膠着するのがよくないってことだよね……?」

「はい、不安を抑えるのは重要なことです。ソワソワしていると、判断が必要になったときに間違うかもしれませんから」


 鳴爽は、乃々香をまっすぐ見ながら答える。

 まだ言葉を選んでいる自覚はあるが、中学生もいるのだから言いたい放題というわけにもいかない。


「ただ、警察もどこまで真剣に探してくれるか。たぶん、仕事関係に軽く聞き込みをして、あとは口座の金が動いてないか調べるくらいですかね」


「そ、そうなんだ。よくそんなこと知ってるね……?」

「知ってるわけじゃなくて、警察がこういうトラブルで対処できることってそのくらいかなと」


「どっちみち、事件性がないとまともに動いてくれないのは乃々香先輩の言うとおりかなと」

「警察も暇じゃないものね……」


 乃々香はこくこくと頷いている。


「お義父さんは仕事関係の知り合い、多いんですか?」

「多いなんてもんじゃないだろうね。今はライターやってるけど、いろんな職業を転々としてきて、今でも人脈が続いてるらしいから」


 舞が、さらさらと説明してくれる。


「プライベートな交友関係はもっと凄いかも……父さん、とにかく顔が広いの……」

「そんな感じですね。コミュ力強そうだし」


 乃々香の補足に、鳴爽は頷く。


「とりあえず、繋がらなくてもいいから電話。LINEも。わたしとお姉ちゃんがやるから……」

「姉さん、私たちはいいんですか?」


「絆奈、ずーっと“電話をしなきゃ”なんて張り詰めてたら疲れちゃうよ。あたしと乃々香が交代でやって、疲れたら絆奈たちに交代してもらうから」


 舞はニコニコと笑って言う。

 長女として、年少組の二人を気遣っているのだろう。


「そ、そうですか……ですよね、みんなで何度も電話をかけるのは逆効果かもしれません」

「ボクも、わかった。パパ、意外とボクのところにはかけてくるかもしれないし」


 今後の方針――というほどのものでもない。

 それでも、やるべきことはまとまったようだ。


 鳴爽は成り行き次第では、自分が捜しに出てもいいと思っていた。

 だが、今のところは四姉妹の方針に従うつもりだ。


「ただ……」

「なに、鳴くん? 気になることがあったら言っていいよ」


「はぁ……そもそも、お義父さんはどうして家出なんてしたんでしょう?」


 あれほどまでに娘たちを可愛がっている父親だ。

 四人の娘を置いて、無責任に出て行くとはとても思えない。


「そ、そうか。それも忘れてた。いかんなあ、あたしもガチで動揺しちゃってるじゃん」

「わたしもそこ、すっ飛ばしてた……でも、正直心当たりはない……かも」


「…………」


 鳴爽は、絆奈とみつばの顔をじっと見る。

 年少の二人もふるふると首を振った。


 四姉妹にも父の家出の原因は特に思い当たることはないらしい。

 だからといって、深刻な理由ではないとは言い切れない。


 かろうじて舞が成人しているだけで、この場にいる五人はまだまだ社会的には未熟だ。


 大の大人が家族を放り出して逃げるような理由があっても、気づけないかもしれない。


 鳴爽は、大人の社会が複雑で厳しいことがわかるくらいの年齢ではある。

 もしも仕事関係の悩みが家出の理由だったら、鳴爽はもちろん四姉妹にも想像もつかないだろう。


「よし、辛気くさくなるのはダメ! 若菜家はどんなトラブルが起きても、家族全員で笑って乗り越えるんだよ!」


 舞が立ち上がって、堂々と宣言する。


「そ、そうだよね……」

「そうでした……お父さん、よく言ってますもんね」

「ボクも暗くなるのはヤだ! パパ、どうせすぐ帰ってくるしね! こんな愛くるしい娘がいるんだから!」


 割とあっさり立ち直ってるな、と鳴爽は感心する。

 大黒柱の不在となると、もっと不安になるものかと心配していたが――


「あ、今日は俺が泊まり込みますよ。女の子だけじゃ不安でしょう」

「えー、大丈夫かなあ? 鳴くん、父上がいない隙にあたしらをものにしようとしてんじゃないの?」


「大丈夫です、お義父さんのいない隙に姉妹を襲ったりしません! 絆奈以外は!」

「私もダメです!」

「どうしても?」

「……っ、ど、どうしても、です……」


「ためらいがあったね」

「お兄さん、既に外堀どころか内堀も埋まってるって言ってたよ」

「絆奈さん、マジチョロだね……」


「そこの三人、聞こえてますよっ!」


 とりあえず、若菜家は明るさは取り戻したようだ。


 だが、カラ元気じゃなければいいが……と、鳴爽の不安はまだ消えてはいない。



 居間での緊急会議は、ひとまずお開きになり――


 若菜家の脱衣所に姉妹の年長組二人の姿があった。


「あー、まずいなあ。父上がいきなりどっか消えるとは予想もしてなかった」

「鳴爽さんのことは……関係あるような、ないような。どっちかな……」


「全然ないとは言わないけど、鳴くんが現われなくても、いつかこうなってたのかもね。あたし、呑気に構えすぎてたか」


「そうだね、お姉ちゃん……でも、慎重にいかないと。大ごとにはしたくない。わたしたちはまだいいけど……」

「だね」

「下手に騒ぎにして、もしも鳴爽さんにバレたら――絆奈さんとみつばさんが……」

「わーってるって。それを乃々香に教えたの、誰だと思ってんの」


「ごめん、わかりきったこと言って……でも、ついでに言っておくなら、父さんのアレ、わたしビックリした……」

「ああ、“次はおまえだ”――?」


 長女は綺麗な赤毛の髪を、さっと撫でて――


「あたしも驚いたよ。“次”があるとしたら、あたしか乃々香だと思ってたから」

「案外、父さんも鳴爽くんを認めてるのかも……」


「あんなとんでもない結果を出されたら、認めないわけにもいかないでしょ」

「ハーレム、か……みつばさんが読んでるラノベの話だけかと思ってた……」

「だねぇ。けど、まあ……鳴くんがいてくれてよかったかな」

「同意」


「ちょっと、えっちなことくらいさせてあげる? 泊まってくれるの、マジ助かるしね」

「お姉ちゃん、がんばって……その持て余してきたえっちな身体の使い道がやっと……」

「姉に丸投げかよ!」


 そこで初めて、長女と次女は顔を見合わせて少しだけ笑った。


 鳴爽が二人のこの会話を知ることになるのは、まだ先のこと――

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