第9話 四姉妹の秘密を教えて下さい!

 若菜家は、風呂だけは充分に広い。

 鳴爽の家のような最新の設備とまではいかなくても、数年前にリフォームがされている。

 お年頃の四姉妹にとって、我が家の風呂はお気に入りだった。


「お姉さん、鳴爽くんにそこまで話したんですか……」

「いいでしょ、どうせ遅かれ早かれ知るんだろうし。あの子なら、あたしが教えなくても嗅ぎつけるかもしれない」

「まるで犬だね、鳴爽さん……」

「むしろこの中じゃ、ボクがわんこだけどね! わんわん!」


 鳴爽家訪問から数時間――

 すっかり夜になり、四人は久しぶりに姉妹全員での入浴を楽しんでいる。


 舞と乃々香、みつばが湯船に浸かり、絆奈がシャワーを浴びている。


「でも、鳴爽さんも四人全員と付き合う――なんて自分で言っておいて、疑ってるかもしれない……」

「そうでしょうか? 鳴爽くんは心底本気に見えますけど」


 乃々香がぼそりと言うと、絆奈は首を傾げる。


「私があの人を見てきた限り、常に本気ですからね。思い込みの強いタイプですし」

「おっ、絆奈。“私が一番彼を知ってるの”ムーブかな?」

「そ、そんなんじゃありません! 私は彼のクラスメイトで、近くにいる時間が長いというだけで!」


「絆奈さんは、……」

「そ、そうですけど……」


 絆奈はシャワーを止める。

 透き通るように白くてなめらかな肌が、水滴を弾いている。


 それから、湯船のフチに腰掛けて足だけ入れた。

 彼女は熱い湯が苦手で、少しずつ慣らさないと入れない。


「それにしても、絆奈はエロい身体になったなあ。ホントに高校生?」

「なんですか、いきなり!」

「去年、急にわたしのサイズを追い抜いたからね……納得いかない」

「ね、姉さん、そんなこと根に持ってたんですか?」


 今、絆奈はGカップで、姉の乃々香のほうはEカップ。

 一般的には乃々香も充分に大きいが、妹に抜かれたのはショックだったらしい。


「つーか、乃々香どころかあたしまで追い抜かれてるからね。ま、あたしは女としては絆奈に負ける気はしないけど」

「でも、舞姉、女の子はやっぱJKだって言うし。舞姉、女のピークは終わった説」

「みーつーばー? いくら可愛がられる末っ子だからって、お姉ちゃんが甘やかすにも限度があるからね?」

「わーっ、舞姉、おっぱい揉んでる揉んでる!」


 舞は膝に乗せていたみつばの前に腕を回し、がしっと中学生の乳房を掴んだ。

 さらに容赦なく、ぐにぐにと揉み始める。


「ん? あれぇ、みつばだけはまだ小さかったはずなのに、ちょっとふくらんで――いや、これは確実に大きくなってる!」

「え、マジで? ふふん、末っ子もいつまでも子供じゃないからね! きー姉に続いて、ノノ姉と舞姉を追い抜いていくぜっ!」


 みつばは舞の手を振りほどき、湯船の中で立ち上がる。

 えへんと偉そうに張った胸は、確かにわずかながらもぷるんっと揺れていた。


「不思議とウチは、みんな胸大きくなってるね……食べる物がいいのかな」

「おかしいね。基本、メニューは父上の好きな物が多くて、美容とかまるで気にしてないのに」

「そうですね、みんなよく食べますし、男子高校生みたいなメニュー多めにしてます」

「ボクはきー姉のメシ、美味いし量もいっぱいで好きだ! 前は、舞姉の手抜きご飯ばっかだったし」


 絆奈が高校に上がって料理を担当するまでは、家事は主に舞が担当していた。

 手抜きのレトルトや冷凍食品が多く、子供のみつばはぶーぶーと文句を言っていたものだ。


「ほう、みつば。手抜きとは言ってくれるね」

「はっ!?」

「効率重視、と言いなさい♡」

「きゃんっ♡」


 舞は、今度はみつばの尻に手を回してがしっと掴んだ。


「うーん、お尻の肉づきもよくなってきてる……美尻ではあたしが他の追随を許さないっていうのに」

「えー、ボク、お尻のお肉は増えなくていいかなあ」

「まだみつばさんは、あちこち小さすぎるかもね……さすがに鳴爽さんも、あなたには手を出さないかな」

「ボクは手を出されてもいいんだけど。周り、けっこうケーケンしてるんだよ!」


「も、もう……中等部は乱れてますね。いけません、学生のうちは無責任なことをしては」

「つーか、その無責任なことを一番ヤりそうなのが絆奈じゃん」

「ヤ、ヤられませんよ!?」


「無理かなあ。高校生の男の子が、こんなえっちな身体が目の前にあって、なにもしないとか、変な性癖とかありそうで逆に怖いよ……」

「姉さんは妄想たくましすぎませんか!?」


「乃々香が本の読みすぎなのはともかく、通い妻――通いメイドするんでしょ? 絆奈の貞操は風前の灯火だね」

「ともしびー♡」


 意味がわかっているのかいないのか、みつばは楽しそうだ。


「やっぱり、私早まったでしょうか……お、男の子の家に一人で通うなんて」

「二人で通ったら、二人まとめてヤられるだけじゃない?」

「お姉さん、鳴爽くんをケダモノだと思ってませんか!?」


「ふっ、男はケダモノだよ。あたしは美少女から美女にステップアップしたけど、昔から寄りついてくる男は山ほどいるからね。よーく知ってんだよ」


 冗談めかしているが、舞が漫画のヒロインのようにモテているのは事実だ。

 四姉妹の中でも人気は圧倒的だろう。


 陰キャの乃々香、お堅い絆奈、まだお子様のみつば。

 この三人が桁外れの美少女でありながらクセが強すぎるのに対して。


 舞は美形な上に昔から誰にでも愛想がよく、コミュ力も高かったからだ。


「……お姉さんが、鳴爽くんのメイドやりますか?」

「まさか、妹の役割を奪うようなお姉ちゃんじゃないよ。あたしはあたしで、考えてることあるから♡」

「な、なんか怖いですよ」


「じゃあ、わたしもなにか考えるべきかな……どうしようか、みつばさん?」

「ノノ姉がやるなら、ボクも! お兄さん、ボクのためにも頑張ってくれたんだしね!」


「あまり鳴爽くんを甘やかすのもあとが怖いですよ……」


 鳴爽はなにをやらかすかわからない上に。

 なんでもやれてしまうだけのハイスペックの持ち主だ。


 四姉妹にチヤホヤされて調子に乗った彼が本格的なアプローチを仕掛けてきたら――


「いっちゃん最初に完落ちしそうなのも絆奈だけどね」

「絆奈さんだね……」

「きー姉、チョロい!」


「姉妹にまでチョロいと思われてるんですか、私!」


 うーっ、嫌そうに唸る絆奈。

 わずかに身体を動かしただけで、Gカップの胸がぷるるん♡と揺れる。


「まあ、でも真面目な話だよ、絆奈」

「え?」

「毎日、身体は綺麗に洗って、下着も気を抜いてスポーツ用とかにしないように。白かピンクがオススメだよ」

「どこが真面目なんですかっ!」


 絆奈は鳴爽にアプローチを仕掛けられるまでもなく、本当に自分が落ちてしまうのではないかと不安になってきた。


「そ、そうじゃないでしょう! そうではなくて――これ以上、!」


「あ、そうだった。四姉妹秘密会議だったね」

「忘れてたよ……」

「ボクは難しい話はパース」


「だいたい、それは父さんとも相談しないと……父さんの返事はわかりきってるけど」

「だよね、乃々香。あたしが鳴爽くんに話したところがギリギリかなあ」


 思わせぶりな会話をしてしまう四姉妹だった。

 誰にも聞かれないことがわかっていても、口には出せない――


 それが四姉妹の暗黙の了解だった。


「舞さんっ!!!!!!」


「わぁんっ!?」

 突然の声に、舞が湯船の中でぴょんと跳び上がる。


「び、びっくりした……えっ、もしかして鳴くん?」

「はい、鳴爽です! 乃々香先輩と絆奈とみつばちゃんもいるんですよね!」


 風呂場のドア、磨りガラスの向こうに黒いシルエットが見える。

 細長い人影は、四姉妹にも見慣れたものだ。


「な、鳴爽くん、どうしているんですか!?」

「あ……絆奈、下着は割と適当に放り込んでるんだな」


「なにを見てるんですか、なにを!? どうせ私が洗うんだから、いいんですよ! ッ本当になんでいるんです!?」

「モデルの仕事の話で事務所に行った帰りに寄ってみたんだよ。お義父さんに訊いたら、風呂だっていうけどみんなが上がるまで待てなくて! ちょっとおしゃべりしよう!」

「おしゃべりのために、脱衣所に突入ですか!?」


「……父上でも止められないか。鳴くんは予想外の動きするね。油断できない」


 ふうっ、とため息をつく舞。


「密談にはお風呂が最適、なんて鳴爽さんには通じないね……でも」


 乃々香は苦笑して、鳴爽とドア越しにわーわー言い合っている三女を見つめる。


「わたしたち四姉妹を全員もらってくれる人なんて、もう二度と現われないかもしれないから……」

「だから?」


 長女のシンプルな問いかけに、次女は一つ頷いて。


「絶対に彼を捕まえておかないとね……」

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