第8話 四姉妹を家にお迎えさせて下さい!

「へぇー、なんかある意味で凄い部屋だね、鳴くん」

「だね、お姉ちゃん……なにもなさすぎて、逆ゴミ屋敷、みたいな……」

「好きなだけ走り回れるね、お兄さん!」


 四姉妹の長女と次女、四女がドヤドヤと鳴爽家に上がり込んできた。


 大学生の舞は長袖Tシャツにジャケット、ミニスカートという私服姿。

 乃々香とみつばは高等部と中等部の制服姿だ。


「おい、おまえら。一応こんなのの家でもよそ様のお家なんだから、あまり騒ぐなよ?」

「お義父さん、まだ俺に言いたいことがありそうですね」

「なくなるどころか、増えるんだよ、おまえと話してると!」


 父は娘たちをたしなめたり、鳴爽に突っ込んだりと忙しい。


 とりあえず、鳴爽が三人に飲み物を出すと――


「ああっ、そうだった。仕事が入ってきたんだった! くそっ、スマホでやるしかないか! データはクラウドで持って来られても、キーボードがねぇ!」

「よかったら、俺のノートPC使ってください。クラウドのパス覚えてるなら使えますよね」


 鳴爽は窓際のスタンディングデスクからノートPCを持ってきて、ロックを解除してから手渡す。


「お、おお。正直助かる。家まで戻ってると間に合わないとか、急すぎんだよな」


 父はスタンディングデスクを借りて、ノートPCで作業を始めた。

 在宅ワークも楽ではないらしい。


「鳴くん、あたしたちと入れ替わりに父上を上手く追っ払ったね」

「そうですね、舞さん。俺もお義父さん含めて五人を相手するのは大変です」


「というか……お姉さんたち、どうやってここがわかったんですか?」

「絆奈、なに言ってんの。どうしてって、スマホで位置情報共有してんでしょ、あたしら」

「あっ」


 絆奈が今思い出した、という顔をする。


「そ、そうでした。私、スマホはあまり詳しくなくて」

「絆奈のスマホは、乃々香が設定してやってるもんね」


 あはは、と舞は笑って三女の肩をぽんぽんと叩く。

 三女は機械には弱いらしい。


「ふーん……家族で位置情報を共有ですか。ちょっと珍しいんじゃないですか?」


 鳴爽は不思議に思って訊いた。

 小さい子供ならともかく、最年少のみつばでももう中学三年生だ。


 どちらかというと、家族に自分の居場所を知られたくない年頃ではないだろうか。


「ああ、わたしたち姉妹は家族同士で隠すことはないから……」

「たとえ、絆奈の位置情報がどっかのラブホで二時間止まってても、お姉ちゃんは気にしないからね」

「それは気にしてください!」

「というか、絆奈が相手なら二時間で済むわけないじゃないですか!」

「そのツッコミはおかしいですっ……!」


 絆奈が全身全霊のツッコミを入れてくる。

 彼女のツッコミはごく真っ当ではあった。


「安心してくれ、絆奈。初めてがラブホとかいかがわしい場所は嫌だよな」

「私、どんどん外堀を埋められてる気がしてます。もう、鳴爽くんとする――じゃなくて、そういうことになるのが確定みたいになってません?」


「俺たち、健全な高校生のカップルだぞ。避けられないだろう、そういうことは」

「四姉妹を独り占めすると言ってる人とのお付き合いって、健全でしょうか……?」

「まあまあ、きー姉、中学生でも、そんくらいの下ネタでオロオロしないよ♡」


 鳴爽が出したクッキーを齧りながら、三女をたしなめたのは末っ子だった。


「きー姉のえっちなお話は別にいいんだけどさあ」

「よくないです」

「お兄さんの部屋、ガチですんごいよね」


 みつばは、室内をきょろきょろ見ながら感心したように言う。


「綺麗で新しいのだけど、物のなさが凄いよ。なんか、撮影用のセットみたい」

「みつばちゃんくらいなら、いつでも住めるスペースがあるよ」

「あの、女子中学生との同棲を企まないでください」


 じろっ、と妹思いらしい三女が睨んでくる。


「あはは、いっそ住みたいくらいだよ。ウチなんて、ボクたちのお部屋、物がぎっしりで狭いし。お兄さん、断捨離とかしてんの?」

「そういうわけでもないかな。特に置いておきたいものはないんだよ」


 鳴爽は、無邪気に尋ねてくるみつばに答える。


「わたしも、ちょっとびっくり……」


 続いて、乃々香がぼそっとつぶやく。


「高校生男子のお部屋なんて、ゴミ屋敷と紙一重かと思ってたよ……やっぱりお勉強だけじゃわからないことだらけだね」

「この人のお部屋は特殊だと思いますよ、姉さん」


「あ、でも、今日から絆奈がウチに通ってメイドしてくれることになったんで。物がなくてもメイドがあります」


「「「メイド!?」」」


 長女と次女、四女が同時にリアクションする。


「メ、メイドをするとは言ってな――い、言いましたが、お姉さんたちに言わなくてもいいでしょう!」

「メイド服着て家を出てたら、すぐにバレるだろ?」

「自宅からメイド服着て、ここまで来いというんですか、鳴爽くん……」


 ちなみに、若菜家から鳴爽家までは電車で二駅だ。

 歩けなくもないが、電車か自転車だろう。

 どちらもメイド服では目立ちすぎる。


 ひとまず、鳴爽は通い妻というネーミングはともかく、絆奈が鳴爽家に通うことを三人に説明する。


「だったら、学校でメイド服に着替えて、この家に来ればいいのでは……?」

「さすが乃々香先輩、天才です!」

「姉さん!? 生徒会長がそんな提案していいんですか!?」


 感心する鳴爽、姉に裏切られる三女。


「でも、学校帰りに制服デートもしたいし、悩ましいところですね」

「あ、なるほど……さすが鳴爽くん、二年で学年一位は伊達じゃないね……」

「そこの成績いい二人、変な相談しないでください!」


 ちなみに、乃々香も一位ではないにしても成績はトップクラスだ。

 学業優秀でなければ、生徒会長にはなれない。


「ねえねえ、舞姉、やっぱ高等部の三人が仲良しだよ」

「大学のあたしと中等部のみつばは、若干蚊帳の外ね」


「今の会話のどこに仲良しを感じるんですか……姉すら敵に回ってるじゃないですか」


 絆奈が嫌そうに、長女と末っ子をジト目で見る。


「まあ、メイド服の調達はあたしに任せて。ド●キのとかじゃなくて、本格的に着て動けるヤツを用意したげる」

「舞さん、頼りになりますね……!」

「そんなときだけ頼り甲斐を発揮しないでください、お姉さん!」


「絆奈はツッコミタイプだな」

「誰もボケなければ私もツッコミませんよ!」


 はぁはぁと絆奈は息を荒くしている。


 鳴爽が知る限り、絆奈は運動能力は高く、体力もあるはずだ。

 そんな彼女でも、姉妹全員+鳴爽が相手では会話だけで疲れるようだ。


「絆奈、メイド服くらい鳴くんにサービスしてあげなよ」

「お姉さん、他人事だと思って」

「もちろん、あたしもなにかサービスするよ。何度でも言うけど、鳴くんの頑張りにご褒美くらいあげないとね。父上のせいで、お付き合いは保留になってるわけだし、まずは手付け的なものをさ」


「お姉さん、気楽に言ってますけど、鳴爽くんは壊れ気味なのでなにを要求してくるかわかりませんよ」



「…………」

「…………」

「…………」


 次女・三女・四女が同時に黙り込む。


 なんだろう、この沈黙は――鳴爽は首を傾げる。

 さっきから四姉妹は言いたい放題だが、この美人と美少女たちも相当に風変わりだ。


 とはいえ、鳴爽にとっては独り占めしたいほど好きな女の子たち。

 彼女たちの会話なら、いくらでも聞いていられる。多少の罵詈雑言が入ろうとも。


「あ、いきなり話変わるんだけど、鳴くん」

「なんです、舞さん?」

「ちょっとさー、シャワーって借りられる? 初めて来たお家で図々しいとは思うんだけどさ」

「背中を流す男手まで借りられますよ」


「おおいっ、そこ! さすがにその話は聞き流せねぇぞ!」


 窓際のスタンディングデスクにいた父が振り返って怒鳴る。

 仕事に集中していると思っていたが、一応会話は聞いていたらしい。


「考えすぎだよ、父上。今日はけっこうあったかかったし、汗かいちゃって」

「それなら、もう帰ろうぜ……って、俺の仕事があと30分はかかりそうなんだよな」


「頑張って、父上。それにさあ、こういうお高いマンションのお風呂って気になるじゃん?」

「別にたいしたもんじゃありませんけど」


 謙遜ではなく、実際に風呂は若菜家のようにだだっ広いわけでもない。


「たまには今時のお風呂入りたいの。ね、連れてってくれる?」

「はい、さすがに着替えはないですけど」


「鳴くんのジャージとか貸して♡」

「全然サイズ合わないと思いますよ」


 鳴爽は身長182センチ、舞は160センチくらいだろう。


「大丈夫、大丈夫。大は小を兼ねるって言うし。マンションの下にコンビニあったよね。絆奈、下着買ってきて♡」

「もう……お姉さん、ズボラなくせにお風呂だけは頻繁に入りたがるんですよ」


 絆奈はあきらめたような顔で立ち上がる。

 他の姉妹も特に気にしていないところを見ると、舞の風呂好きは本当らしい。


 絆奈が部屋を出て行き、鳴爽は舞を風呂場に案内する。

 脱衣所を通って、風呂場を開け、ざっと使い方を説明しておく。


「やっぱ予想どおり、綺麗でオシャレじゃん。いいなあ、あたしん家もこういうお風呂にしたい」

「舞さんも通い妻します?」

「うーん、絆奈の担当を奪うのも悪いしね。また考えとくよ。じゃ、お風呂借りまーす」


 舞は勢いよく上着を脱いだ。

 続けてその下に着ていた長袖のインナーも脱いでしまう。


 たゆんっ、と音がしそうな勢いで舞のFカップだという胸が揺れながら現われる。

 その胸を包んでいるのは、黒の大人っぽいブラジャーだ。


「……舞さん、やっぱ大胆ですね」

「君は動じないのが可愛くないなあ。顔は可愛いのに」

「そりゃ、ユーノボーイコンテスト優勝ですから」


「ふーん……ところで、なんであたしが付き合う条件に美少年コンテストの優勝なんて言い出したと思う?」


 舞は思わせぶりに笑い、距離を詰めてくる。


「……イケメンが好きなんじゃないですか?」

「正解。でも、それだけじゃないけどね。あとは――スポーツで全国優勝、全国模試で一位、ラノベの新人賞受賞だっけ」

「ええ、そうですけど」


「あの子たちが、なんでそんな条件を出したか、わかってないでしょ?」

「なんとなくはわかりますが……」


「わからずに挑戦して、ホントに達成しちゃったのが凄いよね」


 舞は、今度はくすくすと笑い――


「でもさ、君の“四人全員と付き合いたい”っていうのは、


「え?」


 鳴爽はきょとんとする。


 父が猛反対するのは当然としても――


 当の四姉妹は「仕方ないなあ」という感じであって、決して積極的に受け入れているようには見えなかったからだ。


「ここはもったいぶらずに言っておくよ。あたしたち四姉妹はね、離ればなれになりたくないの。みんないつか嫁に行ってバラバラに――なんて冗談じゃないんだよ」


 舞は口元は笑っているが、目は真剣そのものだった。


 ずっと同じ家で暮らし続ける家族は普通にいるだろう。

 だが、それよりもいつかはバラバラになる可能性のほうが高い。


 少なくとも、父と四姉妹、全員がいつまでもあの家で――ということはあまり考えられない。


 だが、舞は――四姉妹はそれを望んでいる?


 鳴爽には、まだまだ知らないことが多すぎるようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る