5

 次も同じような配置ならきっとまた使うだろうと思って中年男の右手を拝借してきた。次の部屋に入って一歩進むと後ろ手に扉が大きな音を立てて閉まった。がちゃりと鍵がかかる、と同時に真っ暗だった部屋に明かりが灯る。それまでと同じぶら下がった裸の豆電球だ。

 部屋の四隅を照らす強力な電球に照らされて浮かび上がったのは部屋のそこら中に散乱する白骨の欠片かけらだった。部屋の中央辺りに向かって小高く積まれて丘になっている。その天辺てっぺんに何かが居た。

 白い山の上に漆黒の外套がいとう、顔には笑顔を模した幾何学模様の仮面、両手には背丈の倍はあろうかという長さの大鎌。そいつの姿を視界に捉えるとそいつは立ち上がりゆらりとこちらに向かって歩をゆっくりと進めて近寄ってきた。振り返って扉を開けようとするが案の定、扉は開かなかった。部屋の方へ振り返るとそいつはすぐ目の前にいて大鎌を振り上げた。叫びながら右手に持っていた中年男の右腕を投げつけた。それが上手い具合にそいつの仮面に当たって仮面ががれるのと私の首元に大鎌の刃が吸い込まれていくのは同時だった。逆さまになった視界の端で捉えたのは、幾何学模様の仮面の下から表われた無表情な私の顔。


 右腕が何かに乗ってふらつきながら前へと進んでいる。目を開けると繁華街の見た事がない道だった。右側で肩を貸してくれている人がいる。その横顔を見て私は今まで見ていた景色を思い出し叫び声を挙げた。その人の顔はあの空間で出会った中年男だったからだ。

「おう気がついたかい? もう少しで駅だぞ。呑み過ぎには気を付けなきゃなあ、お互いに」

 ハハハと笑う中年男から離れようと右肩を外そうともがくと中年男が危ないぞ、と抑え込んでくる。それでも離れようと更にもがいた弾みでふところから何かが飛び出た。飛び出たものが排水口に吸い込まれていく瞬間それが家の鍵だとはっきりと目に焼き付いた。男を振りほどき排水口に駆け寄る。鍵は深い排水口の濁流に呑み込まれてしまって見つけられなかった。

   了

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  向こう側の鍵 枕本康弘 @moto_yasu

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