僕のいるべき場所
昨日は新しい世界を発見できた。黒の世界か。小説を、漫画を色で考えたことはなかった。
真っ白の紙から物語が始まっているという言葉に驚いた。文字を一文字書き、タイトルを決め、構想を練ってからが物語の始まりだと思っていた。
僕は若崎先輩の話をもっともっと聞きたかった。彼女は僕が持ち得ない何かを持っている。僕が到底及ばない強い力を持っている。
「入部届」
今、僕の手元には上4分の1くらいのところの中心にそう書いてある紙がある。今日の朝1番に担任にもらいにいった。入部届には自分の名前、親の名前、そして入部の理由について書く欄が設けられている。
入部する理由の欄は大きく取られており、自由に書くことができる。
「若崎先輩の小説が読みたいから。黒の世界を作り出したいから。自分で物語を作ることによって書き手の大変さや苦しさ、作品に対する愛情を感じてみたいから。」
入部理由に僕は3つのことをあげた。
自分の名前を丁寧に書き、後は母親のサインと印鑑をもらうだけだ。
「母さん、サインと印鑑お願いします」
「文芸部?中学校の時はバドミントンやってたじゃない。運動部に入るんじゃないの?碧は運動神経が良いんだからもったいないわよ」
母親の期待にはもううんざりだった。「碧はできるんだから」だとか、「あなたは自慢の息子だわ」だとか。前の僕だったら、それらの言葉を言われてもあまり気にしなかっただろう。僕は自分に自信があったから。しかし、今の僕には、まるで避けることのできない速さで飛んでくる、ピストルから打ち出された弾のようなものだった。
自信のない僕が生きるのは小説の白と黒だけの世界がふさわしい。明るい色のラケットを持ち、体育館のライトに照らされて銀色に光るシャトルを打つバドミントンは僕には眩しすぎる。もし、高校でもバドミントンを続けるならば、周りの人を羨んで生きることになる。いや、羨むことすらおこがましくなる。
「ファイトー」や「どんまい!次は繋げよう」などと声を出す同級生。彼らを見れば色で溢れているだろう。そんな色を身にまとった同級生の隣に僕が並ぶと、僕の周りだけ色が失われてしまう。他人と比べて、僕はどこに向かっていけるだろうか。
色で溢れている運動部に比べ、文芸部は色が少ない。若崎先輩は黒い髪色をしているし、僕も黒髪だ。昨日、予備教室で活動していた文芸部員も、茶色い髪をしている人はいたが、基本的に暗い色をしていた。
それに加えて、扱っているものも白と黒のものばかりである。
僕の生きているベクトルと文芸部は同じ場所にある。
そのような意味で、文芸部は僕がいるべき場所であった。もっと言えば、僕がいることのできる唯一の場所だった。
「母さん、あなたの息子は碧であり、碧ではありません。中学校の頃までの碧はもういません。高校に上がった碧は小説が書きたいんです。大学受験では小論文を書くところが多い。今のうちから文章を書く練習をしておけば、有利になると思いませんか?」
少しずるい言い方になってしまった。『受験』というワードを使えば母さんは納得してくれる。
「小論文と小説は全然違うじゃない」
「同じです。自分の思っていることを、考えていることを言葉にするから同じです。だから、印鑑とサインをください」
「そこまで言うのなら仕方ないわね。運動部に入っていないんだから、今まで以上に勉強しなさい。学年で100位より下の順位を取ったら退部させるからね」
「ありがとう、母さん。勉強も部活も頑張ります」
母親の言いたいことはよく分かる。部活動で製作する小説なんてレベルの低いものだろうと考えているに違いない。
所詮黒と白のみの世界なんだから、面白くないと思っていることだろう。
言葉の強さを僕もまだ理解しきれていないのだから、母さんがそう思うのも当たり前である。
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