黒の世界を知りたい

「愛雲?」

「赤池君だー!」


「あの……新入生の方ですか?」


僕たちの話し声でようやくこちらの存在に気がついた部長のような人は、後輩の僕たちに敬語をつかっている。


「初めまして。ようこそ文芸部へ。部長の若崎です。見ての通り部員はの数は少ないけれど、1人1人面白い個性もを持っているから、気軽に話しかけて下さい。」


若崎先輩はそうとだけ伝えてまた作業に戻っていった。

僕は先輩方の集中力を阻害してはいけないと思い、近くにあった椅子に座り、しばらく観察していた。

愛雲はというと、同じように隣の椅子に座り先輩方の様子を見ていた。しかし、少し時間がたってから僕に話しかけてきた。


「赤池君も文芸部入るの?」

「多分入ると思う。今までは小説を読むだけだったけど、小説を書いている人の人柄とか、書き方とか知りたいなって思って……先輩方の集中力凄いね。身体を置いて魂と物語が繋がってるみたい。書くのが追いついてないように見える」

「確かにそうだね。私もあんな風に書けるようになりたいなー自分の手から作り出した物語は生涯大事にできると思わない?」

「うん。僕もそう思う。でも、初めての挑戦だから、怖いし、まだ文芸部に入るか迷ってるんだ」


文芸部に入れば語彙力も増え、小説作りの大変さも分かると思う。


「せんぱーい!先輩はどうして文芸部に入ったんですか?」


自分の世界に入りきっている若崎先輩に明るく話しかけた愛雲。確かに気軽に話しかけて良いとは言われたが、僕にはその勇気は無かったから尊敬の気持ちを感じた。


「私が文芸部に入った理由ですか?……好きな小説家の方に近づくためですかね。自分も小説を書けば、同じステージに立てるじゃないですか。まぁ、私は小説家になれるわけじゃないんですけど」

「なるほど。小説家に近づくためですか。面白いですね!ありがとうございます!」


彼女は若崎先輩に続けてこう質問した。


「小説って活字じゃないですか。どうやって読者に登場人物の心情伝えるんですか?」

「それが知りたいから書いてるのかもしれませんね。小説も漫画も紙の白と文字の黒。2種類の色しか使えません。最初は真っ白の紙1枚から物語が始まります。そこから、だんだんと物語が進んでいくうちに、真っ白の紙が黒くなって1枚の紙が何枚にも増えていく。小説は特にそうですが、黒の世界を作っていくことが重要であると思います」


「だから……読者に伝えるというよりは作者が作者のために作り出した黒の世界の中に、読者をどれだけ引き込むかを知るのが1番良いのかもしれません」


黒の世界。僕は小説を文字の羅列でしか見ていなかった。

僕も黒の世界を知りたい。部長の言葉に胸を打たれた僕は、文芸部に入部することを決めた。

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