入学、そして出会う

 4月。僕は光陰高校に入学した。

 同級生の人数は624人。特進コース、総合進学コース、そしてスタンダードコースの3つに別れていて、僕は特進コースに編成された。

 毎年3月にある内部テストの成績を踏まえて、コースが変わる場合もあるらしい。

 クラスメートは計40人。男子が23人、女子が17人。僕の出席番号は3番。名簿に書いてある名前で言えば、前の席にはおそらく女子がくるはず。

「うーん、君は黒!合ってる?」

 前の席らしい女子は来てそうそうに僕に話しかけた。

「黒?なんの話をしているんですか?僕の名前 は赤池碧あかいけあおですよ?名前に赤と青は入っていますけど、黒は入ってません」

「あっはは!名前の話じゃなくて髪色の話だよ!合ってる?」

「はぁ?どっからどう見ても黒じゃないですか」

 おかしなことを言う人だと思った。僕の髪色は黒。染めている人が多いこの学校で黒が珍しいから茶化しているのだろうか。

「あー私さ色盲ってやつなんだ。だからみんなと同じようには見えてないの。色々な種類があるみたいなんだけど、私は黄色とかオレンジが全部赤っぽく見えてるの」

 色盲と言う言葉は初めて聞いた。全部が赤っぽく見えるのであれば、信号とか肉とか見分けるのが大変そうだなと思った。

 

それにしても初めて会ったのに、こんなに気軽に話しかけられるのはすごいなと感心した。

 僕は人となるべく距離を置いて接するのだが、彼女は0距離で喋るのが好きなんだろう。

 この学校に来なければ、交わることのなかった人間の1人だ。


 入学式では学年主任がこんな話をしていた。

「この学校の生徒には様々な個性を持っている人がたくさんいます。624通りの生き方があります。進路も624通りあります。隣にいる人とあなたは同じ制服を着ていますが、違う人間です。他人に合わせることも必要ですが、どうか自分を持っていてください」

 

やたら個性を強調する人だった。

僕の個性は何だろうか。

全部がそれなりに出来る人生だったけれど 何か他人に誇れることはあるだろうか。


 考えても考えても見つからなかった。僕は今まで自分に自信があったけれど、実は何もない空っぽの人間なのではないだろうか。

急に前が見えなくなった。

意識が遠のいているわけではない。

将来がいきなり不安になったのだ。



 ………………………………………………

 自分が空っぽな人間なのではないかと思ってから、僕は急に何もやる気が起きなくなった。僕は赤池碧であるが、名前があるだけで何者でもないことに気付いてしまった。それはもしかしたら僕が1番恐れていたことであったのかもしれない。


「碧はすごいね」

「なんでも出来るね、尊敬する」

という友達からの評価と、

「碧はなんでも出来ちゃうから安心するわ。これからも頑張ってちょうだい」

という母親からの期待が僕を縛り付けていた。

期待と高い評価があるだけで、赤池碧という名前だけがあるだけで、誰も僕を見てくれる人はいなかった。もし、僕が少しでも期待に応えられなかったら、誰も僕には興味を持たないだろう。


なんでも出来る赤池碧は人生がカラフルで、キラキラしている。しかし、僕は?

赤池碧という仮面を被っている中身の、本当の僕の人生は、白と黒しかない世界でできている。

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