第4話 警視庁第零課(後)
目の前に立つ二人を見て。大和は眉間にしわを寄せる。
一人は痩身で髪に白髪の混じる、そろそろ壮年に入ろうかという年の男。もう一人は、髪を金色に染めている、いかにもギャルギャルしい若い女性だ。
そのどちらもが、見た目的には相当な美男美女に属する部類だ。一見すると父親と娘に見える取り合わせだが、そうではないことを大和は知っている。
「ちーっす、大和っち」
「お久しぶりです、葛城刑事」
女性の軽薄な挨拶が、大和をますます苛立たせる。
「どうしました?八神警部と甘露寺刑事。こちらは見ての通り、捜査で忙しいんですけどね」
だから、言葉に険が混じるのも仕方がないだろう。
「大丈夫?大和っち。眉間にしわ酔ってるよ?」
からかっているつもりなのだろうか。女性刑事、甘露寺未来は両方の人差し指で自分の眉間のしわを寄せ、大和に見せつけてくる。
「やめなさい、甘露寺君」
男性警部、八神峻に窘められて、未来は素直に「はーい」と返事をして顔から手を離す。
なんなんだ、この二人は!
突然事件現場に現れて人を貶すような言動を繰り返す。死人を前にしても敬意を払おうともしない。
「うっわー!めっちゃグロいじゃん、その死体!」
さらには死体を目の前にして、未来が感嘆の声を上げる。
その様に、大和はさすがに限界を迎えた。
「おい!いい加減に……」
「葛城刑事」
激高しようとする大和を、峻の鋭い言葉が止める。
相変わらず、柔和な雰囲気は崩してはいない。その顔には微笑を浮かべている。静まり返った佇まいではあるものの、その身からは凄みを感じられる。
静かな一言で大和の怒気を切り払い、霧散させる。否応なく落ち着いた気分にさせられる。そんな不思議な魅力を感じてしまう。
「この事件は、我々零課で扱うことになった」
だからその言葉にも素直に従いそうになってしまうが、その言葉を聞かされればさすがに大和にかけられた魔法も解ける。
「なんだと、ふざけるな。これは俺たち捜査一課の仕事だ!」
「葛城刑事。わかっているだろう?たとえ警察官といえども、身内の権力構造には逆らえない。上から命令が下されればそれに従うほかにない、ということくらいは」
そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。
二人が目の前に出てきたときから、そんな予感はしていた。自分の手からこの事件が離れていくことも、半ばあきらめてはいた。
とはいえ。心の中でそうはわかってはいても、恨む気持ちは止められない。
大和は目の前の二人を睨みつける。
目の前の二人は警視庁第零課、というありえないようなふざけた番号を割り振られている課の刑事だ。殺人事件のみならず、窃盗や傷害事件が起きた時に時々現場に現れて事件を横から掻っ攫っていく。それが彼らの仕事だ。
その権限は非常に強く、彼らの出張ってくる事件から担当刑事は否応なく外されることになる。事件が奪われる理由についても、秘匿権限があるからとまともに教えてすらもらえない。
そんなやりかたをされては、他の警察官にとってはたまったものではない。零課は大和たち捜査一課からは蛇蝎のごとく嫌われている。
「んー、もっと簡単に考えちゃおうよ。こんな殺し方する異常者と対峙しないですんでよかった、ってさ。仕事なくなったんだから楽できるっしょ?」
そう、未来は言った。
未来の言うこともわからないわけではない。仕事を嫌うような連中は、零課に仕事を持っていかれてよかった、という者もいる。楽ができると喜ぶ者もいる。事件の捜査を仕事としか見ていない連中の言う言葉だ。
だが。大和は違う。殺人事件を解決する、というのは大和にとっては仕事以上の意味を持つ。殺人事件が起きたという事実を目の前にたたきつけられて、被害者の無念をはらすために捜査し。犯人を捕まえるという行為は大和にとって、自身の正義感という観点から人生の
だから。
「悪いが俺は、その意見に賛同できる人間じゃないんだ」
大和の返事に、未来は「そう」とだけつぶやいた。
とはいえ、峻の言葉が理解できないわけでもない。
警察官が事件を捜査できるのは、捜査する権限を上層部から与えられるからに他ならない。今回それがはく奪される、というのだからそれは仕方がないことだ。それでも捜査を続行しようとするのは、警察組織に所属している人間としては厄介者以外の何物でもない。周囲からも嫌われて、排除されるのが落ちだろう。
目の前の二人のように。
「……わかった。今回の事件からは手を引くよ。そのかわり、きちんと解決してくれよ?」
「ああ、わかっている。約束しよう」
大和の言葉に、峻は笑顔でそう返す。
峻の差し出してきた手を、大和は握り返す。
握り返した峻の手は、ケロイド状のやけどを負っていた。
こうして捜査一課に所属する大和は、目の前の殺人事件から降りることになったのだった。
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