第2話 プチグレン
久しぶりの休日。僕はレラと一緒に食べ歩きに出かけた。
ミュンヘルンは中継都市として大陸のいろいろなものがここを経由する。
当然、食べ物もたくさん揃って……いない。
ルンベルクは父様の力技で各地からお取り寄せをしているらしい。
この街は大きな定住商会はなく、ほとんどが遍歴商会だった。
そして、その遍歴商会は移動の合間に小遣い稼ぎに屋台を出していた。
この屋台が実に強力なラインナップ……。
美食珍食ハンターのレラと甘味王の僕で中央市場から食べ歩きを開始した。
「んん、んぐおいひぃ、これすごいおいひぃの見つけたね」
「はい! んぐんぐもう一つ如何ですか」
「これならいくらでも入るよ。クリーミーで芳醇なバターのような……」
「ジャンボモスっていう蛾の幼虫ですが、いけますよね。もぐもぐ」
「ぶぶぶぶーーーー!」
「ああ! 吐きださないでくださいよ、もったいない」
「おえぇぇぇ、なんてもの食べさせるんだぁー!」
「おいひぃ! って半泣きしながら狂喜してたのは坊ちゃまですよ!」
「水~んぐんぐんぐ、ぷはぁ、薄いレモン水かなんか?さっぱりしたよ」
「ヒートベアのお小水ってレモンの味するんですね」
「おおおおおおおおおおぇぇぇぇ!」
「おおい! ヨハン!」
「その声は……ナッズ隊長?」
「おお、お? なんだ、お前さん変わったものが好きなのか?」
「いえいえ、あ、あのこちらは僕の世話係のレラです。レラ、こちらナッズ隊長」
「お初に。ナッズとでも呼んでください」
「お初にお目に掛かります。ヨハン様のツレのレラです」
「ほう、この若さで――」
「――いや、隊長、違います、そうですけど」
「レラ殿に失礼だろう。ははは!」
笑うところじゃない気がします。隊長。
「ところで隊長はどうなさったんですか?」
「ああ、儂か?娘の店にな」
「ヘェーどのお店ですか?」
「あー、あそこの『マウステールの姿焼き』の店だ」
名前がすでに爆弾じゃないか! 行きたくない! 話題を早く――
「あ、後で――」
「――いい響きですね! ヨハン様、早速ご試食に参りましょう!」
「うええええ⁉」
「うまいぞ、ぜひ買ってやってくれ」
声に張りのある威勢のいい娘さんだった。
しかし! 確かに、確かに美味かった。
でも匂いが、臭い! 市場の異臭はこの屋台が原因じゃないの?
「今日は楽しかったです! また行きましょう、坊ちゃま!」
「ああ、――またね」
口の中が臭くて眠れなかった。
翌日お腹の調子がイマイチだったけど、なんとか仕事はこなす。
丁度練兵終わりのナッズ隊長に声を掛けてもらった。
昨日のお礼を伝えたら急に難しい声に変る。
後で相談したいことがあると言ったので食堂でご飯の後待った。
「おう!待たせた!」
「いえ、ご飯を頂いていましたから」
マッサージ室でお話しをしましょう、と促した。
「呼び出して悪かったな」
「いえ、いつでもお話しは聞きますよ。ところで――」
僕は正直困った。聞かなければよかった。
「――という訳だ……いささか困ってな」
「娘さんはどうなんですか?」
「あいつは、妻が亡くなってから頑固にな。儂の言うことは素直に聞かんだろう……」
「でも、もし本当にマークさんがそんな方なら、ちゃんとお話ししたほうがいいと思うんです」
「はぁ、そこなんだ。儂は娘を信じたい。でも辛い目にも会わせたくない。だからヨハンに相談したんだ」
ナッズさんの娘さんはこの傭兵団のマークさんとお付き合いをしている。
別にそれだけなら問題はない。
ただマークさんに問題があった。
イケメンらしい彼は人間の三十歳。団の中では中堅で実力者だ。
ただし、所謂『守銭奴』として不名誉な称号を受けている。
しかもただのケチではなく尋常じゃないほどの『ドケチ』。
ドワーフと付き合うには酒が必須らしいが、ナッズさんらドワーフの戦士と飲みに行くにも絶対に払わないそうだ。
一度それを指摘したら帰ってしまった、なんて話もあるらしい。
それを彼は心配し、僕に相談をしてきた。
ただ、彼が他の人と違うのはケチの証拠や証言を集めて欲しいとうネガティブなものでなく、娘が選んだ彼を信じたい、善良的な思いからだった。
前者なら確実に断る。だけど娘さんを信じる気持ちに僕は折れた。
「わかりました。なんとなく聞いてみます」
「おお!助かるありがとう」
その日からマッサージ室は探偵の取調室に変わった。
「ああ、あいつは異常だ。この間もカール副団長にせびっていたぜ」
「今回のヴァイキング戦も『金にならない』って行かなかったらしい」
「カードで賭けるときも本人はやらねぇ。他のヤツに賭けるだけだ。しかもほとんど賭けないで見てやがる。場が白けるんだよなぁ」
「イケメンの癖してケチだろ? ナンパもしねぇし、つまんねぇヤツだ」
悪評というより手堅い真面目な印象しかうけない。
当の本人はよくマッサージに来てくれるが、ほとんど話をしない。
次の休日、僕は困ってレラに相談した。
「――とくに悪い人じゃないような気がするんだけど……どう思う?」
「坊ちゃまの言う通りです。私たちはかえって彼が聖人に見えます。なぜだと思いますか?」
「……そうか! そういうことか!」
「はい、恐らく」
やっと二週間頑張って休日になった。
今日は来週には遍歴を始めてしまう屋台を廻り、未知なる食べ物と用事があったので広場に向かった。
今日は異臭は消え、代わりに柑橘系の爽快臭に変わっていた。
「おーーーーい!」
「こっちです! ナッズ隊長!」
「誘ってもらって悪いな、今日も娘の店に行ってくれるって聞いてな」
「今日は僕らが行ける最後なので。来週には次の街へ?」
「おう、娘はそろそろ定住商人になりたいって言っていたが、まだ廻らないと食っていけないらしくてな。マークの件もある」
「そうですか……。あっ、そうだ今日はこれを用意したんです。レラ頼む」
「はい、これに着替えてください」
「なんだ? 変装?」
「そうです。着替えたら早速いきましょう!」
「――いらっしぃ! 美味しいマウステールだよ! そこのお嬢さんどうだい? こっちの奥さんは五本だね! はい、これお釣り、メル、三本追加入った、おっ! そこのお父さん寄って行って」
「マーク、これ上がったよ! タレを継ぎ足しておいてくれる?」
「あいよ!」
そこには人だかりができているらしい。
二人の威勢にお客さんが釣られ、次々に売れていくみたいだ。
香りも臭さがまるでなく、胃液を刺激する。
ナッズ隊長扮した老人ドワーフは無言で横に立っている。
ポンと肩をレラに叩かれた。
「あれ、隣にいるイケメンがマークさんですか?」
「……ああ、そうだ」
「そうでしたか、僕の調査は必要なかったですね」
「ああ、すまない、ヨハンとレラさん」
「もう、変装はいりませんね。早く行かないとなくなっちゃう。ヨハン様行きましょう!」
「うん、さぁ、ナッズ隊長も一緒に」
「――ああ」
新しいマウステールを食べた後、ナッズさんを残し、僕らは市場を回った。
レラから聞いた話では、照れくさそうにマークさんからいろいろと話し、娘さんはナッズさんと抱き合っていたらしい。
「レラ! ナッズ隊長の娘さんとマークさん、結婚するんだって! 招待されてしまった」
「良かったですね。ナッズさんのほうは大丈夫でした?」
「うん、マークさんのことを悪く言っていた人たちを鉄拳制裁したらしいけど」
「……それにしても、マークさんは『商人の鑑』ですよね!」
「レラのお陰だよ。僕ら商人が見習わなきゃいけない、センスもある」
「坊ちゃまは『ラットテールの姿焼き』を貶していましたよね?」
「うっ、でもあのマークさんが考えたオレンジピールのタレ、あれの酸味と甘味のバランス――」
「また、連れていってくださいね」
「うん!」
彼の考えたワイルドオレンジやプチグレンの香りと酸味。
この物語と同じで、後味を楽しいものにしてくれた。
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