1-18.導火線に着火

 日がすっかり傾き、その姿が地平線へそろそろ隠れつつある時間帯。第三王子であるマテアスは自分の部屋を出て、軍施設内にある食料保管庫へ向かっていた。


 マテアスは、食料調達管理官という役職を持っており、現場を確認するという名目での行動である。もっとも、現場といったところで、倉庫を確認する必要などあるわけもないが、そこは王子様のかわいいワガママ、という程度でごまかしが効く。金や武器の保管庫ではないから、警戒されることはあり得ない。ごく少数の門番が居るだけだし、現場で、ふーん、ほおー、と言っていれば、それで問題ない。


 そのつもりだったのだが。


(クソ兄、勘づきやがったか……あの格好は、ルイス兄の手下だな)


 マテアスは、食料保管庫の中に、強力な魔道具をいくつか保管しておいたのだ。今回足を運んだ本来の目的は、その魔道具の状況を確認して、一部を持ち出すことだった。


 魔道具の中には、王室が公式に保有しているものがあり、カリーナがユリウスの元へ忍んでいくのに使った転送石などがこれにあたる。もっとも、公式に保有といっても、その存在は明らかにされておらず、ごく限られた者にしか知ることのないものが多い。


 しかし、彼がここに置いていたものは、王室が保有していたものではなく、マテアスが独自に収集したものだ。その保管場所を、政敵である第二王子、ルイスの配下の者が漁っているとなると、マテアスの行動が何らかの形で察知されたとみてよい。


(まあ、ここに置いているやつは、全部、利用者登録済みだし。悪用されることはない……が)


 魔道具の中には、あらかじめ利用者を登録することで、その者以外には利用できないように設定できるものがある。


 魔力を有する者は、体内で魔力を循環させるように動かしているが、各人によって魔力の流れが異なっており、その動きは渦状の軌跡を描く。この軌跡を魔紋といい、これは二つとして同じものはないとされている。このため、変装したり認識阻害魔法を行使したりしても、魔紋が一致すれば、同一人と判断できる。また、遺体の確認の際にも使われている。魔道具の利用者登録は、この魔紋を使って行われる。


 そして、マテアスが食料保管庫に隠し持っていた魔道具は、あるものはマテアスのみを、あるものはマテアスとカリーナを利用者登録している。


 ただし、問題が一つある。


(無理に解析した時に、秘密保持コードが作動する可能性があるんだが、大丈夫だろうか)


 秘密保持コードとは、利用者登録などのセキュリティー対策が施されている魔道具に対して、外部から不正なアクセスを繰り返し、警告が発せられてもそれを無視して解除を試みた場合、爆発を起こすものだ。警告は、急な温度上昇だったり、発煙だったり、警戒音を出したりとまちまちで、要は、泥棒対策といってよい。そしてまた、一般的な窃盗グループなどは、魔道具を盗みおおせても、そういう警告が出た時点で解析を断念するのが通常だ。いや、大抵の泥棒は、そういう危険物である魔道具には、手を出さない。


 しかし、魔道具がどのようなものかについて、一般の兵士がどの程度知っているのか。


(何も知らない可能性もあるな……そうなると、俺の選択肢は二つ。巻き込まれないようにここから離れるか、あるいは、暴発させるのを防ぐために制圧するか)


 どちらの選択をしたところで、騒ぎになるのは免れない。騒ぎになるのが、早いか遅いかだけの違いだ。仕方ないと腹をくくる。


 この食料保管庫の前に陣取って居るのは、あまり訓練されている風でもない連中で、体力だけのならず者に軍服を着せているだけという連中に見える。通常の門番は、嘘を吹き込まれて場を外してでもいるのだろうか。それにしても、どうしてこんな奴らを王宮に入れるのか、と思いつつ、マテアスは数人の護衛と共に、その場へ踏み込む。


「何だ貴様は……ぐへ」


 典型的な小者らしい反応をして、マテアスの鉄拳一撃で沈むチンピラ兵。保管庫の外で見張りをしていた三人は、あっという間に無力化できた。相当に練度の低い連中らしい。


 早速内部に踏み込んでみると、予想していた通りの展開が広がっていた。穀物の入った袋を次から次へと切り裂いては、中身をぶちまけている。


 どれだけ時間を掛けていたのか、何十では済まないほどの数の空袋と、そして床の上で山になりネズミの餌にしかならなくなった穀物。ここにある食料は、有事の際に用いられるのが基本だが、そうでない場合は、王都民へ安く払い下げられることになっている。つまり、平時であっても、廃棄されることなどあってはいけないものなのだ。


「そこで、何をしている」


 マテアス自身は、自分の能力に限界を感じているため、王位を継ごうという野心はかけらも持ち合わせておらず、その分、王族としての責任感も高いとはいえない。しかし、民に配られる予定の食料を、無為にゴミと変えているのを目の当たりにしては、激怒してもおかしくはない。


 しかし彼は、あえて無表情にした顔を見せる。


「な……マテアス様?」


 胸に徽章を付けた軍人が、焦って直立する。まさか、マテアスが直々にここを訪れるとは、思っていなかったのだろう。


「何をしている、と、聞いている。食料保管庫は、有事に備えた兵糧を保管すると共に、王都民の貴重な食料だ。このような“処分”をするなど、食料調達管理官たるわたしは、何も聞いていないのだが。誰の命令で、何をやっているのか」


「そ、それ……は……その……」


「これが最後の問いだ。何を、して、いる」


「……」


「答えられぬか。なるほど、答えられないような筋からの、答えられない依頼というわけだな。残念よの。おとなしく縛に」


 そこまで口にすると、脇からぬっと、何かが出てくる。


「……死角から槍か。狙いは悪くない。けど、な。殺気がだだ漏れだ」


 マテアスも、それなりの鍛錬は積んでいる。四方から囲まれてしまえば別だが、この程度の不意打ちに後れを取ることはない。体を交わして、突き出された槍をガッチリと腕で極めてしまう。


(さて、どうするか。護衛の人数はそれほど多くないとはいえ、力量はしっかりしているから、相手がこの程度の人数なら制圧は可能だろう。しかし、時間を掛けると、クソ兄が出張ってくることもあるだろうし、そうすると面倒なことになるやもしれん。攻撃魔法を使うと、食料も魔道具もおじゃんになる。とにかく、急いで無力化することだけを考えるべきか)


 即座に判断して、全体へ魔法を行使すべく、中に居る全員の体の動きを封じる、麻痺魔法の準備にかかる。これなら、詠唱にもそれほど時間を要しないし、何より、人間などの動物以外には影響を与えない。


 ところが、彼には大きな誤算があった。


 麻痺魔法の弱点は火系魔法なので、下級の弱いものでもいいから、火系の攻撃魔法を相手に向けるのがセオリーだ。もっとも、練度の高い魔法を駆使できるマテアスのような人物に対しては、それは蚊に刺された程度の効果しかもたらさない。当然、そのような無謀なことをするバカ者はいないだろう、仕掛けてくるなら直接攻撃だろうと考え、対処は護衛による防衛に任せていた。


 ところが、ここで火系攻撃魔法を、実際に行使した愚か者が居た。


 ここは、食料保管庫の中であり、しかも、袋の中身をぶちまけているため、穀物が床中に散らばっている。当然、粉状になったいろいろなものが、空気中を漂っている。


 これだけ条件が整っていれば、結果は明らかだ。


 ドーン、という、大地震と思われるような振動と轟音が鳴り響くと共に、食料保管庫は文字通り霧散してしまう。


 揺れと音が収まった後には、人体のちぎれた破片があちこちに散らばっており、それはもう、悲惨な光景になっていた。


 その中に、王族のみに認められている指輪をはめた指が発見されたのは、事故の翌朝になってのことだった。


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これといった見せ場もなく、カリーナ派の有力王族があっさり退場です。

次回は、2022年1月31日(月)更新の予定です。

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