1-17.もう一組の二人きり
ユリウスとカリーナが、いろいろな意味で二人きりの世界を作り上げているとき、屋敷内の別の室内で、異なる男と女がやはり二人だけの空間に座っていた。
この屋敷の主人にしてユリウスの兄であるゲラルトと、カリーナの侍女であるマルセラの二人である。
「本当に、嬉しいです。姫様が、やっと……」
「いや、こちらこそ、としか言えない。優秀な奴ではあったけれど、まさかこうなるとは、という思いの方が強いが。それにしても、殿下が、ねえ」
ゲラルトは苦笑する。
マルセラと共に突然現れたカリーナが、ガチガチになって。
――お義兄さん、ユリウスを、その、わたくしに、いえ、彼を当家に入れて一緒に、ああもう、そうじゃなくて……
あまりにもポンコツ化した主人を見かねたマルセラが、カリーナの頭を軽く叩くと、彼女もやっと正気に戻ったのだ。
「姫様は、男性といいますか、ユリウス様のことになりますと、本当に乙女になってしまいますので」
「違いない。まあ、こちらが拝見している分には面白いんだが」
「ええ。いざとなると、恥ずかしさや照れが出てしまって、それでも積極的に動きを止められなくて。ユリウス様がおとなしいですからかねえ、姫様も“彼は草食系”だと」
「……ふうん、女性の視点では、そんな風に評価されるものなのかねえ」
ゲラルトは、少し首をひねる。
確かに、カリーナへの態度は、ユリウスは消極的な姿勢を貫いているように見える。王宮での用務に関わる場合を除き、彼女から声を掛けられるまで、ユリウスが声を掛けることもないし、彼女をじっと見つめることもない。とにかく、表情も姿勢も崩さない。
ところが、カリーナの方は、そうはいかない。
「殿下は、ユリウスのことを、あくまでも優秀な若者として重用しているだけと見せているだろうが、周囲には、内心がバレバレだ」
カリーナは通常、仕事中でも感情をめったに示さず、淡々とした表情を崩さない。ところが、ユリウスと同じ場所で仕事をしている時は、不自然なほど険しい顔になり、彼と会話をする時も、妙に厳しい口調になる。ユリウスを男性としてえこひいきしているわけではないというアピールのつもりなのだろうけれど、逆効果だ。しかも、自分でも意識していないのだろうが、ユリウスの方を頻繁にチラチラと見る。そのくせ、彼が居ると仕事がはかどるのだから、不思議なものだ。
そんな姿勢が、ユリウスを特別視していることを明白に示していることに、カリーナだけが気付いていない。そして、職場にいる官僚たちは、それを微笑ましい目で見ているのだが、カリーナはやはり気付かない。
そんな風に、徹頭徹尾クールを貫いているユリウスと、本来の意味でのツンデレになっているカリーナ。両者を対比すれば、なるほど、ユリウスが消極的に見えるのも一理ある。
「でもユリウスは、逆。あいつは、人目につかないところでグイグイいくタイプだよ。リボンの一件にしたって、第三者からはほとんど目に止まらないくせに、当事者同士ではこれ以上ないほど濃密にアピールする。そういう男さ。関係を進めないといったところで、第一王女と下級貴族じゃ、ユリウス側からの工作には限界があるし、殿下の働きを見守らざるをえない。そういう時に、自分勝手に暴走しないだけの、克己心というか自制心というか、そういうのが強いんだろう」
思い合っている若い男女の間に障壁があって、女がそれを突き崩そうと努力している場合、男なら、俺も頑張るとばかりに手を出そうとするものだ。男の見栄というものだが、考えなしに突撃して、結果的に大失敗となることも多い。ユリウスは、自分にできる限界を見極めて、そういう愚を犯さないようにしているわけだ。それは、とりもなおさず、自分が惚れた女に対して、愛情だけでなく、信頼の念を強く抱いているからに他ならない。
「殿下以外の女性に対する態度を見ていても、女に対して不器用ではあっても、ヘタレじゃないぞ」
仕事内容もさることながら、複数の高官の信任を重ねている期待のホープとなれば、寄ってくる女性も一人や二人ではない。もちろん、縁談を持ちかけてくる貴族だって、たくさん居た。
しかしユリウスは、それらの全てを、一刀両断とばかりに撃退。貴族の場合は、最低限顔を立てる程度のことは言うものの、女性に対しては、それはもう辛辣だ。
――君が、普通の男の目から見て魅力的かどうかはともかく、僕は君に魅力を感じない。努力すれば魅力を感じられるようになっていくかもしれないけれど、そんな努力や時間があるのなら、それを有意義に使いたい。その方がお互い、幸福になれる。
色気以前に、ロマンのカケラも感じさせない表現を取ることで、相手を鼻白ませる。それでも食い下がる女性に対しては。
――感情でなく利害で交際するのも一理あるだろう。しかし、僕が君と交際することで、どのような利があるのだろうか。今の僕には見当もつかない。しかし、僕にもわからないことはたくさんある。ぜひ、教えてほしい。
身もふたもない返事となる。
幸か不幸か、ここ脳筋国家ゲルツ王国では、子女がサロンなど社交界でやり合うような環境は皆無なので、女性陣の噂話などによって人物評が左右されることはない。逆に、腕力が認められれば女性でも社会的な地位が認められるし、そういう女性は、純然たる文民のユリウスに粉を掛けようとはしない。
結果として、女性に対してひどい態度を重ねたとしても、ユリウスの評判が悪化して、王宮内での立場が悪くなるということもない。もっとも、本人にそこまでの深謀があるわけではなく、単純に、心が全く動かないだけなのだが。
「そもそも、殿下からではなく、自分からの思いが露見してしまった時点で、二人を取り巻く環境が致命的に悪化するんだ。そりゃ、慎重にもなるよ。確実に二人きりになっている時を除けば」
「そう、ですね。そう考えれば、姫様の方が不器用というべきなのかもしれません」
「うん。ただ、逆に、二人きりになって、タガが外れなければいいんだが」
「はい?」
「いや、これから先、相当な規模の混乱が起きるんだろ? 一晩、同じ部屋で二人きりにして、殿下の体、もつのかね? あいつ、そういう経験皆無だから、相手のことを考える余裕があるかどうか」
「………………あ」
ポカンとしていたマルセラの顔が、じわっと赤くなっていく。
「まあ、なるようにしかならないだろう。もう二人とも、子供じゃないんだ。その程度の分別はあるさ。……それはさておき」
ユリウスの部屋へ飛び込もうとばかりに立ち上がるマルセラを押さえながら、ゲラルトは続ける。
「殿下、前提となる国王陛下の同意まで取り付けたと言っておられたが。本当なのかね」
「その点は問題ないですよ。姫様は、後から足をすくわれる要素を確実に排除するタイプですから」
「……」
マルセラはカリーナを信じているが、それはこれまでの実績に基づく信頼によるものだ。悪意ある言い方にすれば、盲信ともいえる。
しかし、カリーナのストイックさを目にしてきたゲラルトには、そう素直に受け止めることはできなかった。
(殿下が急ぐ、それも、急がねばならない事情。王位継承を巡る混乱が背景にあるのは確実だ。そんな状態で、手続を綿密に取ることができるか? しかも、事は王位に直結するもの。無理だ。いや、優先順位としても、あり得ない。その場合、無理だと割り切ることができるだろうか。少なくとも、自分に対しては、秩序を厳密に適用しようとする殿下が)
「考えすぎですよ。もし陛下のご同意をいただいていなくても、陛下が断れない状態を作っていますから」
(そう、いつもなら“断れない状態”を用意して、そこに追い込む。権力闘争の基本的な手法だ。しかし今回は、兵が動くという話まで耳にする。そして殿下には、ユリウスという“守るべき者”が居る。果たして、そううまくいくか)
「うむ。そう願おう。……それじゃ、お茶をもう一杯入れよう。さすがに俺たちは、飲むわけにはいかないからな」
「そうですね。わたくし、ゲラルト様のお茶が大好きですから」
「お、おう……」
マルセラの笑顔に、タジタジとなるゲラルトだった。
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次回は、2022年1月24日(月)更新の予定です。
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