1-11.あなたがわたしにくれたもの
「以上、確認しました。お疲れさまでした」
書類を持って、テーブルの上でトントンとそろえる素振りをするカリーナ。そろえるといっても、この間に処理した公的文書の数は四件。だいたい、その程度の案件数では、書類は束にもならない。質的にも量的にも、現地監査をするほどのものではないし、丁寧に作業をしたところで大して時間がかかるものでもないのだが、監察官の意向により、従来の体制が継続している。
ちなみに、彼女が座っているのは、ユリウスと同じ側のソファーで、しかも彼の隣。時々、肩と肩が、こつんと当たる。書類を確認するのなら、監察官と担当者が同じ側で、それも隣に座っている方が見やすいし合理的ですよね、という、これまた監察官の意見が通って以来、ずっとこの形だ。
いつもなら、ここで雑談タイムに入り、公務で多忙なカリーナの癒し時間になる。いや、この監査業務自体、すでに彼女のような立場の者が直々に行うべきものでもないのだが、王宮の外へ定期的に出られることで気分転換を図り、また王都を生で見られる機会を確保しておくという目的で残されている。言い換えれば、この業務そのものが、癒し時間といっても差し支えない。そこで、使用人がお茶を運んでくるのがいつものパターンなのだが。
「ユリウス、今日は俺が茶を入れてくるよ。四、五分くらい待っててくれ。……マルセラ殿、手伝っていただきたい」
「承知いたしました」
カリーナが監察官としてこの屋敷を訪問するようになった当初は、役職付の侍従が随伴していたが、王女ではなく貴族としての執務に侍従が来るのはおかしいということで、王家で彼女付となっている侍女が供をすることになった。侍従は王族としての行動について従う、侍女は王女の私的領域について従うことになっており、後者は王族の公的活動についてはタッチできない。そこで、王族たるカリーナが“「王族としての公的活動」以外の活動”の供をするなら、侍女のほうがいいだろう、という理屈だ。
もちろん、わかりきっていることをくどくど説教する侍従よりも、自分より一回り程度年齢が上ぐらいで話のわかる女性が側にいる方が、ずっと気分がいい。なお、王宮から屋敷まで往復する間の護衛は、屋敷内の控え室に居るので、業務中のお供は一人だけになる。
そして、この屋敷の主人で、公認代書人であるゲラルトは、そんな侍女に声を掛けて、部屋の外に出て行く。彼は最近、こういう行動を取ることが増えてきた。恐らく、弟とカリーナの二人だけの時間を作ってやろうという考えだったのだろうが、いつの間にか、目的が違うものになっているようにも見える。実際、侍女のマルセラも、満更でもなさそうだ。
「ん、それじゃ……え、何?」
愛しのユリウスとの時間に入れてご機嫌になったカリーナだが、ユリウスの真剣な表情が目に入り、その動きを止める。
「カリーナ。誕生日おめでとう」
「へ? ……あ、ありがとう」
そういえば、今日誕生日を迎えて、十七歳になったんだっけ、と、他人事のように思い出すカリーナ。
この世界にも、誕生日を祝うという風習がないわけではないが、それは基本的に庶民のものだ。今年も一つ年を重ねられた、すなわち、死を迎えずに生き残ることができたことを喜ぶ、という考えが根底にある。だから、生き残るということが前提にされている若年王族には、本来不要だ。だからこそ、驚きをもって受け止める。そして、一つの疑問も。
「でも、どうして知ってたの?」
「だって、言ってたじゃないか。ちょうど五年前。『わたし、ちょうど今日、十二歳になったんだ』って」
「え……そんな昔のこと、覚えててくれたの……」
「覚えていた、というより、忘れなかった、というだけだよ。気にするな。それより」
ちょっと照れ気味のカリーナだが、彼女のそんな態度を全く気にすることなく、ユリウスは傍らに置いてあった袋から、小箱を取り出して、カリーナの前に捧げる。
「僕からの、誕生日プレゼントだ。受け取って欲しい」
「わあ、ありがとう!」
第一王女なんて立場にあれば、プレゼントなどは山のように受け取ることになる。しかし、そこにあるのは文字通りただの山にしか過ぎず、きれいなラッピングに包まれているのは、彼女を気重にさせる下心ばかりだ。口先だけのお世辞の方が、後に残らないだけマシなのに、というのが彼女の内心だったりする。
しかし、好きな男からのプレゼントとなれば話は別で、ドキドキと胸を躍らせることになる。
「ね、ね、開けていいの?」
「ああ。それを、受け取って欲しい」
受け取って欲しい、というフレーズを、念を押すように重ねるユリウス。その言動に何か引っかかるものを感じながら、その小箱を開ける。
まじまじと、それを見つめるカリーナに、ユリウスはさらに言葉を重ねる。
「他ならないカリーナに、受け取って欲しい。そして、身に付けて欲しい」
「これ……を、わた……しに……?」
「ああ、僕が、君に」
この世界において、古今東西を問わず、恋人へのプレゼントとしては、アクセサリーが好まれる。アクセサリーはその男性の象徴であり、女性がそれを身に付けることで、送り主である男性との強い絆があると示すことができるからだ。特に、金などの貴金属、サファイアなどの高価な宝石は、そこに永遠性が含まれていると見なされることから、より重い意味を帯びる。
しかしリボンには、そのような重い意味は、本来、ない。王都民の間で、比較的最近使われるようになったものだ。
だが、そのプレゼントには、他とは違った、特別のメッセージが込められるとされている。
それは、男性が女性を常に束縛すると共に、男性が女性に常に寄り添ってその身を守ることを誓う、というものだ。
平たくいえば、プロポーズする際のプレゼントといえる。
「あ……あ……あ……」
その意味を正確に受け取ったカリーナは、顔を一瞬かあっと赤くと染める。そして、ぶるりと体を震わせる。さらに、感極まって、その頬に涙がつうっと伝う。
本来、臣下が王族に対してプレゼントを贈る場合、一定の手順と、格式に応じた内容が求められる。そして、その内容がどのような意味を持つかが、その家の者によって、きっちりと吟味される。男性臣下から女性王族への場合、何の根回しもすることなく、求愛の意を示すもの、例えば宝石や貴金属で作られた細工物などを送ろうものなら、上流階級の一般的な社会様式に即して不適切な行いと判断され、相手のもとには届かない。不敬、不穏と判断されれば、すぐに問いただされることになる。結果として、王室の審査を通過すると、当たり障りのない、無味乾燥な“プレゼント”が山をなすことになる。カリーナが憂鬱に思うようになる原因の一つでもある。
ただし、業務で使用するような消耗品となれば、話は別だ。この場面では、書類仕事をする際、ロングヘアをかきあげるのが面倒そうな彼女を察して、それを結わえるためのリボンを用意しました、といえば、筋は通る。それに、このリボン自体、そもそも貴族が身に付けるようなものでもない。彼女の鮮やかなバーミリオンカラーとはよく似合っているが、それでも、値段のはる物でもない。具体的な価値を持つとは評価できないものであり、すなわち、相手の立場を考慮している贈り物には当たらないことになる。よって、問題ない。
さらに、王族や貴族の間には、プロポーズの際にリボンをプレゼントするという習慣は存在しない。王都で頻繁に活動している一部の若い貴族が知っている可能性はあるが、少なくとも貴族階級の間で認知されているとはいえない。指輪などを贈ればとがめられる可能性が高いが、リボンでは、その意味を察することができる役職者など、まずいない。いわば、庶民の流行が、上流階級に伝わっていない段階なので、プロトコルが存在せず、とがめられるような判断基準ができていない。この点でも、騒ぎになることはない。
ユリウスは、そういう周到な計算のもとに、このプレゼントを選んだのだ。
しかし、さしものカリーナも、そこまで頭を回すことはできず。
「お願い……わたしの、髪に……これ、を……結んで……お願い……」
王族が、私的な場面で、臣下に“頼む”時の話法を用いるカリーナ。この場が、たとえ二人だけの空間であっても、それを崩してはいけない。そして、それを崩せるような立場に一日も早く移行しようと努力する、それが彼女のスタンスだ。
ユリウスはこくり、とうなずき、背を向けた彼女の後ろに回り。
「きれいな、髪……」
彼の手が触れると、まるで電気が走ったように、カリーナがビクッと身構える。耳が赤くなっているのが、ユリウスの目に入る。
たどたどしく、リボンを結び終わったユリウスは、名残惜しそうに彼女の髪から手を離して、カリーナの前に回って。
「よかった。似合っている。……ありがとう」
「……どうして……ありがとう、は……こちらの、方よ……」
ユリウスは、首を横に振る。
「この際だから、言っておくね。君は知っていると思うけど、僕のもとにも、いろいろな引き合いやら紹介やら、そういうのがいっぱいきているんだ。今のところは、兄上が何とかごまかしてくれているけど。でも僕は、いつも『まだ早い』とだけ返しているんだ。そろそろ、決めなきゃいけないと思う」
そして、カリーナに一歩、寄って。
「まだ、言葉では、出せない。でも、これが、僕の意思だから、カリーナだけ、君だけに、に向けた意思だから」
彼が結わえたリボンに、右手をそっと添えたカリーナは、うっとりした表情から、栄養を得た夏のひまわりのように元気な表情になって、ひと言。
「うん!」
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諸状況を勘案して、今後、毎週月曜日に更新することとさせていただきます。
次回は、2021年12月13日(月)の予定です。
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