1-9.まずは一人前貴族の仲間入り
「そうですか。ユリウス殿、一級代言人と一級公証人、双方に同時合格ですか。おめでとうございます。我が王国始まって初の快挙となりますし、その栄誉を称えるとともに、その能力を発揮するための環境を用意したいと思います」
時は、ユリウスに合格通知が届いた翌日。当然、王宮には、その合格情報はまだ届いていない。
シュヴィルク公爵家当主であるカロリーヌ・フォン・マルヴィッツ、その中身たる第一王女カリーナ・フォン・デットマーは、表情をほとんど変えず、淡々と話す。この場は、あくまでも、ユリウスの兄であるゲラルトの公認代書人業務に対する監査という扱いで、個人的な会話をするべきではないためだ。一応は。
しかし、国際的に通用する資格を取得した者に対して、その知識や見識を国家統治に活用するために権力へ取り込もうとするのは、自然なことだ。それが、文書を取り扱うという点で共通している、公認代書人監察官がその旨を伝達するのも、自然なことなのである。第三者からは突っ込まれそうではあるが。
「まず、過日、一級代言人および一級代言人である者は、自動的に、その名をもって、公認代書人の業務を行うできる旨の令旨が、発せられました。このため、ユリウス殿も、補助者ではなく、自分の名で公認代書人の仕事をすることが可能になります。……念のために申し上げますが、これはユリウス殿に便宜を図ったものではありませんからね、他国の運用に合致させたものですからね」
なぜかツンデレ的なセリフで説明するカリーナだが、これは仕方が無い。法令のうち、国王が発するものを宣旨、王太子または王位継承筆頭権者が発するものを令旨というが、これらは原則として発給と同時に効力を有する。すなわち、第一王女が発した法的拘束力のある命令を、公認代書人監察官である公爵位の者が説明したという形を取っているので、持って回った言い方になる。同一人物なのだが、役職によって権限が違うのだ。
そして、他国の運用という説明も、実はその通り。これまで、ゲルツ王国において一級代言人や一級公証人の有資格者といえば、ごく少ない学者の家系から稀に出てくる程度で、他国から招聘された者の方がずっと多い有様なのだ。そもそも、司法制度以前に、法の運用が属人的で、そもそも前例をあまり尊重しない面があり、司法制度と呼べるものがない状態で、代言人や公証人の権限や役割が定まっていない。
数年前から、カリーナ第一王女がえらい張り切って司法制度の構築に取り組み始め、従来の王令や判決等の整理、職業司法官の育成などを進めている。王国維持の根幹を固めるというのが大義名分。もっとも、本人の狙いというか、動機は多分に個人的な欲望のためではあったが。なにせ、彼女がこの政策に着手した時期は、ある少年が代言人と公証人の試験を受けると言明した直後だったのだから。
「それを踏まえて、ユリウス殿に対して、王家からの意向を伝えます。『権威ある資格を獲得する栄誉を称えるとともに、それに応じた役務を王国になすことを望む』と。もちろん、引き続き公認代書人としての業務にあたっていただいてけっこうですが、これまで勉強に費やしていた時間や労力を、王国で整備されていく法制度の構築、そして運営に関与していただきたい。具体的には、週二回程度、王宮詰めとしていただき、司法制度整備にあたっての提案と助言をお願いしたいのです」
ちなみに、司法制度整備業務は、第一王女の担当となっている。実にわかりやすい。第一王女殿下の頭の中には、ユリウスと机を並べて職務に勤しむ絵が浮かんでいるのだろう。実現できるかどうかはさておき。
なお、ここゲルツ王国には、司法を担当する大臣など存在しない。一応、裁判官という職務はあるが、伯爵位以上の貴族が持ち回りで担当しており、当主が王都に居ない場合は適当な使用人が代理を務める。こんな状態だから、判決などいい加減なものが多く、サイコロを振って白黒付けているのではというものさえある。情実や賄賂の横行は当然で、それらを拒絶すると決闘の申し込みも同然となり、裁判担当貴族の屋敷が襲撃されることもある。
政治的判断が求められる行政官による判断のほうが、現実的なバランスが取れているというありさまで、そもそも裁判官が司法権を行使しているといえるかさえ怪しい。
このためユリウスは、現在の裁判官制度を完全に廃止して、行政官と分離した裁判所を設けて職業裁判官を配置し、そこで下される判例に法的効果を持たせるべきと力説していた。実際、現在の裁判官という職は、利権確保のための足場という程度の意味しかなく、名誉職でさえないため、そのポストを潰すことはさほど難しくない。公式には、このアイデアはカリーナ第一王女の発案によるとされていたが。
「は。ユリウス・フォン・フリードホーファー、非才ながら、力を尽くしたいと存じます」
「よろしく。……すみませぬが、しばらくお待ちください」
ここでカリーナは、小脇に抱えていたカバンから二枚の書類を取り出し、さらさらと何やら書き付け、ゲラルトとユリウスに手渡す。
「ユリウス殿は、一級代言人および一級代言人の双方の資格を取得したことをもって、本日付でファンディル男爵位を授爵。ゲラルト殿は、そのようなユリウス殿の才を見出したことをもって、本日付で子爵位に陞爵」
「「は?」」
このような展開は、さすがにユリウスたちも全く予測はできず、間抜けな声を出してしまうが、カリーナは平然と続ける。
「王家からは、外交の現場に立つことができ、国を支える法の判断を下せるだけの能力を持つ者であれば、貴族位を与えるのが当然と考えております。そして、若年の身で他国でも通用する資格を得ている者がある、我が王国にも他国に伍する人材が居ることを示すためにも、相応の立場を用意したい。それを考慮すれば、ユリウス殿は男爵位で納めるべきではないのですが」
個人的には、もっと位階を上げたいところなのだろうが、第一王子といえども、さすがにそれは無理があるということだろう。
それにしても、わざわざ任命書類を用意しておいて、日付を入れるだけの状態にして持ち歩いているとは、用意周到というか何というか。本来なら、授爵に際しては、国王の前で忠誠を宣誓する必要があるのだが、国王がバカンスで王都を離れているからそんなのはいらない、ということらしい。王の居ぬ間に既成事実を作っただけともいえる。
「それでも、これは、ユリウス殿にとっては、歓迎されることだと思います。資格を取得したとはいえ、実務を担ったわけではなく、それで授爵というのは、非常に目立つと思います。しかし、ユリウス殿であれば、その能力を十分に発揮して、多くの目立つ成果を上げられると期待します。そうすれば、更なる身分の向上……いえ、広範な分野での活躍も期待したいところです」
思わず本音が出かかるのを、何とか押しとどめるカリーナ。悪目立ちでもいいので、とにかく業績を上げて人目を引けば、第一王女が目を止めるのも無理がない、というストーリーだ。穴が多く、また世論頼みというのは風向き次第で非常に脆いから、メインにするつもりはないのだが。
ユリウスも、鈍い男ではない。そして立場上、彼の方が、使える言葉の範囲はずっと広い。
「は。わたくしも、王国を……王家の方と共に支える立場になれるよう、鋭意努力致します」
直球を投げ込むと、カリーナは一瞬ポカンとしてから、頬をほんのり染めて、満足そうにうなずいた。
口の中で“……共に……共に、か……ふふふ……”と繰り返しながら。
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堅苦しい言葉を交わしていながら、その実はいちゃついているというシーン、好きなんです。
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