1-8.合格したぜイェーイ
「やった! 両方ともパスだ!」
王都に移住して七年、すでに十六歳となり成人を迎えたユリウスは、普段の冷静な表情をかなぐり捨てて、驚喜していた。
彼が手にしているのは、ウォリーノ王国に本部事務局を置く、国際法務アカデミアから届いた書類で、このように書かれている。
ユリウス・フォン・フリードホーファー殿
上記の者は、一級代言人、および一級公証人としての知識と見識を有し、その業務を執行できる能力を有することを証明する。
行政裁判または刑事裁判の代理業務、国際条例公証業務については半年後より、その他の業務については本証到達と同時にその能力を認める。
関係国においては、本証を最大限尊重されたし。
国際法務アカデミア 総長 ウリーニヤ・ディ・ベレッツォ
上都以来、公認代書人補助者としての仕事を続けながら、勉強を重ねた結果、隣国で行われた代言人試験、そして、ここゲルツ王国で十年ぶりに行われた公証人試験にダブル合格を果たした通知だった。
この合格通知書があれば、どの国でも代言人および公証人としての資格を得ることができ、その名で仕事をすることができる。また、ある国で資格を得れば、それは他国でもそのまま通用する。ちなみに、一級とあるのは、何らの制限もなく、全ての範囲の業務を行うことができるというものだ。二級、三級というものもあり、これらは業務を行える範囲が徐々に狭くなる。三級代言人は契約書の作成程度しかできないし、三級公証人はサインと印章の確認証明しかできないなど、制限が非常に多くなる。
「これで、どこの国に行っても通用する、付加価値付きの身分を手に入れられた、ってことか」
ユリウスは、貧乏子爵家の領都に居た頃から、戦闘に関する自分の才能については限界があると気付いていた。武こそが何よりも尊ばれるという、武第一主義の価値観をどうにかしようとするなら、まずは武の面で地位を得て、そこから変革を進めていくのが常道だが、自分はどうやってもその域には届かないだろうことは、わかっていた。才能なき努力家が努力なき天才に肩を並べることもあろうが、天才でないという意味で“才の無い者”にも幅があるわけで、ユリウスは下の中程度。毎日山を駆け巡っていたし、上都後も日々の運動は欠かさなかったから、一定の基礎体力は維持しているけれど、それは武の能力には直結しない。剣術なり何なりの家庭教師あたりにマンツーマンで徹底指導でも受けていれば違ったかもしれないが。
それ以外の方法でのし上がるには、二つの方法しかない。
一つは、王族の一角に食い込むことだ。自分の出生をたどれば王家へつながるということを示して、王族の一角に食い込めれば、それだけで他の貴族とは確実に一線を画すことができる。過去にも二例、下級貴族の庶子が王族と認められた例がある。このため、出所が定かでない母親を持つ貴族家の庶子は、真っ先に母親の係累を調べる。もっとも、そういう母親というのは、だいたいが下層平民ないし賤民で、父親が戯れに手を出しただけという例が大半だが。ユリウスもそういう例に漏れず、母親の出自を調べようとしたが、母親自体が彼を産んだ際に死亡したこともあって、何もわからない。頼みの綱である父親との仲は険悪でとても情報を引き出せそうにはなく、他の兄たちは本当に何も知らないようだ。形見などもない。結局、この方法は閉ざされる。
もう一つは、この国では正統派ではないが、国際的には高いステータスを帯びる地位を取得し、対外折衝などを行うことができる立場を確保することだ。
他国と異なる価値観を掲げているとはいえ、鎖国しているわけではないから、他国との交流はあるし、いろいろな付き合いがある。そういう場合、下は都度行われる非公式の了解事項から、上は国王が署名する条約の締結まで、他国と直接触れる事務方の業務というのは絶対に発生し、これは脳筋武人では務まらない。いや、そういう者が実務を担当していることもあるが、そういう場合は得てして国益上不利な方面に働き、逆ギレして戦争じゃーと叫ぶ、なんていうことになる。しかし、さすがに王家から見れば、こんな外交を認めるわけにはいかない。
そこで、広い見識を備えた外交官としての能力を持つ人材が求められる。しかし、そういう人材の能力を測定するすべが、この国にはない。まあ、外国語の運用能力ぐらいは、テストで計ることができるだろうが、外交実務がそれだけに留まらないのは言うまでもない。そういう人材が貴族にはほとんどいないため、それなりの教育を受けてきた王族がその任に当たることが多かったのだが、最近では王家内でも武断主義が広まり、そういう人物は王位から遠ざけるため、地方へ飛ばされることが多いのだという。
このため、現在のゲルツ王国で、国際的に通用する法曹資格を得ることは、外交官という数少ない強い文官ポストを得る上で、強力な手札になる。一級代言人はどの国でも裁判での代理を行うことができるし、一級公証人はあらゆる国の条文の内容を相互保証する権限を持つが、現状、それだけの資格や能力を持つ外交官は存在しない。つまり、ユリウスにとっては、この脳筋王国で出世できるための具体的な道を切り開くことができたことになる。
ホクホク顔をしていると、兄のゲラルトが入ってきた。
「どうした、ユリウス、その顔……お、合格通知か?」
「はい、両方とも受かりました!」
「おお、やったじゃないか! これでいよいよ、告白も近いかな」
「まだまだですよ。やっと候補者列の最後尾に並んだだけですから」
現在のユリウスには、思い人が居る。その女性の名は、カリーナ・フォン・デットマー。ユリウスが初めて王都に訪れた時に出会った二人の少女のうちの一人だ。
そしてまた、公認代書人補助者として王都に居を移した彼のもとに、監察官としてカリーナが屋敷を訪れた時のことを、今でもはっきり思い出せる。床につまづいたフリをしてユリウスに抱きつくというのは、カリーナが直々に計画していたのだという。
もっとも、どれだけ聡明であっても、監察官などという業務を、十歳の子供が行うはずもない。真っ当な人事ではあり得ず、誰からがねじ込んだに決まっている。その“誰か”について、ユリウスは確信があったが、それはあまりにもむずがゆい思いをするものになるし、当人にそれを確認するわけにもいかなかった。
そしてまた、思いがけない形で再会したカリーナから、彼女の本当の身分を聞くと、さしものユリウスも、腰を抜かさんばかりに驚いた。何せ、カリーナの正体は、ゲルツ王国の第一王女、つまり、この国のお姫様だったのだから。
その後も、定期的に業務上の打ち合わせをしていたが、打ち合わせ終了後、数分から十数分程度、二人だけの秘密の逢瀬を重ねていた。もともと、カリーナが強気で押してきたところに、ユリウスが折れたような格好ではあったが、彼としても満更でもなかったのも確かだ。二人きりといっても、目の届くところに従者が控えている状況であり、羽目を外すことはもちろん、直接手に触れることさえできなかったが、二人とも、両思いであると確信はしていたし、そのこと自体には不安を抱くことはなかった。
それよりも、このような形での逢瀬ではなく、堂々と逢えるようになりたい、二人はそう強く思っていたが、それには、大きな障壁があった。
なぜなら、ユリウスとカリーナの間には、厳然たる身分差があったから。
貴族様と言われるユリウスも、実際には子爵という下級貴族家、そして庶子だから事実上爵位継承の可能性は皆無なので、他の貴族家へ使用人として奉公するなり、聖職者になるなりするしかない。特段の業績があれば授爵の可能性もゼロではないが、気によって魚を求むるがごとし、現実的な選択肢ではない。
一方のカリーナは、父が現役の国王で、正室の母との間に生まれた第一子。この国では、王位継承には男性女性で違いはなく、基本的には第一子が王位継承者筆頭権者になる。このため、順当に進めば、カリーナは次代の国王となる。当然ながら、その婿になる者は、相応の立場であることが求められる。それも、結婚適齢期の段階で、すでに一定の地位を有している必要がある。
こんな状況では、ユリウスがカリーナをどれだけ強く思っていようと、カリーナがユリウスにどれだけ心を許していようと、そういう思いを口にすることはままならない。愛さえあれば何もいらない、とばかり、手に手を取って逃げ出すというのなら別だが、カリーナは王族としての責任感を強く持っていたし、ユリウスはこの国をどうにかしたいという気持ちを抱いていた。方向性は違っていたものの、ゲルツ王国における権力者としての能力と責務を疑っていなかったから、こういった障壁から逃げることはできなかった。
「でもよ、代言人や公証人になった者って、これまで男爵家当主以上だろ? 両資格持ちって過去に一人だけで、それは伯爵家当主だったらしいし。それなら、お前も授爵はほぼ確実だろうよ」
ゲラルトが“も”というのは、彼自身がすでに男爵位を授爵しているからだ。ここ数十年にわたって、王家から教会へ給付されていた補助金の使途について不明な点があったものの、教会側ではなく王宮側が文書を解読できず、このため調査が滞っていたところ、ゲラルトとユリウスが解決したという事があったのだ。ゲラルトが折衝し、ユリウスが古典と宗務の知識を使って資料を分析した結果だが、このためゲラルトが男爵になり、ユリウスはゲラルトの家族という扱いになった。
「そうなれば、より“近づける”んですよね。王宮がどのように評価してくださるか」
せめて、告白できる程度の身分差になれば、数年程度は時間を稼ぐことができるのではないか。そのためには、もっともっと頑張り、今度は代言人および公証人としての実績を積まなければ。ユリウスは、そう強く思っていた。
障壁を除去しようと地道に取り組んでいたのは、ユリウスだけではなかったのだが、彼にはそこまで頭を回す余裕はなかった。
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