1-2.貧乏貴族庶子の食糧確保

 王都行きを唐突に持ちかけられたユリウスだが、もともと、フリードホーファー家の中では、立場などないも同然だ。


 無理もない。上には三人の兄が居て、いずれも健康に育っている。言い方は悪いが、後継候補はすでに十分“用意”されているから、彼をバックアップとして大事に扱う必要などない。女子なら、政略結婚用の道具に使うことも考えられるが、男子ではそういう“活用”もできない。ましてユリウスは、当主が愛人に産ませた子だ。そして、ユリウスの母は、彼が出産した際に亡くなっているから、彼をかばってくれる者など、いるはずもない。みそっかす扱いになるのは、必然といえる。正妻も他界しているから、積極的にいじめられるような心配はないけれど。


「ふあーあ……もう朝か……」


 見慣れた天井に、うっすらと光が差し込んでいるのを視界に入れたユリウスは、夜が明けたことを知る。


 ぐーっと伸びをしてから、もぞもぞとベッドから起き出す。初夏の強い朝日は、まだ早い時間だというのに、暴力的な存在感を誇示する。そのおかげで、寝汗がシャツに張り付いて、寝覚めを不快なものに彩る。


「まったく、昨日は驚いたなあ。でもまあ、楽しみなのは楽しみだけど」


 貴族家のお屋敷ともなれば、しっかりした部屋に立派で数多くの調度品、天蓋付きの寝台なんていうのを想像する人が多いらしい。少なくとも、この領民の間では、そういう認識が定着しているようだ。しかし実態は、四畳半ぐらいの納戸然とした部屋にベッドを押し込み、木の枝を組み合わせたハンガーが置いてあるだけ。クローゼットなどという気の利いたものはない。


 これは、妾腹ゆえの扱いというわけではない。他の兄弟も同じなのだ。何代か前の当主が、子供をたくさん作り、使用人もたくさん雇い、要はやたらと多くの人間を住まわせる必要が出てきたために、増築することなく間仕切りの設置で間に合わせた結果、狭い部屋だけがやたらと増えたという。経緯はさておき、冷遇ではない。ソフト面ではともかく、ハード面では、違いは何もない。


「まあ、冷遇されていないで、これだから、問題なんだよね……」


 最近は習慣になってしまった、深いため息とともに、部屋を出る。


 食事は、三人の兄が当主である父と同時に取り、ユリウスはその後になる。これも、彼が出自で差別されているように見えるものの、実際には、食堂に置かれていて、テーブルに対応する椅子が四脚しかないという、甚だ情けないのが理由だ。子爵家本邸ともなれば来客もあろうし、その場合は屋敷中の椅子をかき集めてくる運びになっている。なぜそんなに椅子が少ないのかというと、金欠の結果というだけの理由だ。


「朝起きて、誰とも会話せずにご飯が終わるのは、やっぱり寂しいな。まあ、献立の中身も量も、兄上たちと同じだし、邪険にされているわけじゃないけれど。倹約じゃなくて、純粋に貧乏の結果というのは、よくないよね」


 屋敷の中でさえ、人とすれ違うことが、ほとんどない。使用人だって、部屋こそたくさん用意されているものの、住み込みの使用人が皆無という有様。調理担当が一名、清掃担当が二名、警備担当が一名、それぞれ、通いで来ているだけ。没落貴族もいいところである。


 フリードホーファー家自体は、ゲルツ王国成立当初からの伝統ある名家ではある。もっとも、王国成立当初に貴族に叙任されているということは、脳筋貴族の証ともいえるわけで、王家とのつながりが特に深いわけでも無い名家が貧乏になるのは、ある意味必然ともいえる。その結果、フリードホーファー家に仕える譜代の家臣などというものもない。貴族家としては、スッカスカの状態だ。


「屋敷の維持費さえ出せない貧乏貴族が、子爵様を名乗れるのって、やっぱり何かおかしいよ。領主が自分の生活を満足に送れないなら、領民の生活を守る余裕なんてあるわけないんだし」


 朝食を終えたユリウスは、食器をそのままにして、食堂を出る。食べ終わった後の食器は、調理担当の使用人が片付けることになっている。だから、ここでも会話はない。


 九歳の男児とは思えない、大人びた言葉を口から出すユリウス。これは、彼の回りに同世代の子供がほとんどおらず、会話をするのは大人ばかりだったというのが、最大の原因だ。


 屋敷の中に居ても、何もやることがないし、何か指導してくれる大人が居るわけでもない。いっぱしの貴族であれば、武術や魔術を始め、貴族としての立ち居振る舞いを含めて、さまざまなことを教授する家庭教師を抱えるところも多いのだが、この貧乏子爵家には、そんな余裕はない。いや、財政的な余裕があっても、そんな風には頭が回らないかもしれない。


 必然的に、ユリウスは、外に出ることになる。


「さて、今日は、どんな獲物が手に入るかな」


 屋敷でも、食事を三度三度食べることはできる。食べることはできるが、質量共に、生きていくために最低必要なぐらいしかない。ユリウスは、物心ついてから初めて屋敷の外で食事を取ったとき、平民、いや一般の庶民はこんなにいいものを食べているのか、と驚いた。およそ、子爵家子息の感想ではない。繰り返すが、ユリウスの食事は、兄たちと特に変わりがあるわけじゃない。つまり、家族全員が、貧弱な食事ということになる。


 別に、田舎貴族だから、食事に向ける関心が薄いというわけではない。当主は用務で王都へ出向くことも多いが、王都に自前の屋敷を構えているわけではないから、その時は当然、屋敷の外で食事を取っている。つまり、世間一般での食事というものの水準を知っている。それでも、この食事内容が改善されないというのは、単純に、食材を手配する余裕がないということに尽きる。それも、流通事情ではなく、単純な財政事情によって。


「いいもの食べないと、大きくなれないよ、ってね。こんな立場で、貴族を名乗っていていいのかなあ」


 貧相な食事だけでは、育ち盛りの身には辛い。ユリウスはいろいろ考えた揚げ句、屋敷近くの森に入って、木の実やキノコを取ったり、野生動物を狩ったりして、食事の足しにするようになった。この森は、近隣の領民も出入りしてはいるけれど、基本的には領主が独占的に使用できる個人資産。だから、ユリウスが何を獲ろうが、第三者には何も文句は言われない。言うとしたら父親だが、収穫がある分には、何も言ってこない。


 森に入るといっても、走ればすぐに外に出られる程度の距離だ。奥まで入ると、モンスターに出会うこともある。スライムやホーンラビットぐらいならまだしも、オークなんか出てきた日には、生きて帰れるはずもないだろう。


 もっとも、野生動物といっても、ユリウスにはイノシシやウルフなどは相手にできないし、シカなども立ち向かうには危険がある。それなりに成長したとはいえ、非常識な身体能力を備えた天才などではない、ただの九歳児だ。慎重になるにこしたことはない。そういうわけで、ウサギやヤマイヌなどを、ワナに誘導してトドメを刺す、という形で仕留めている。トドメといっても、屋敷から刃物を持ち出すわけにはいかないので、コブシ大の石を削ってとがらせたものを使うのがせいいっぱいだ。


 攻撃魔法を使ってみたこともあるが、ユリウスのそれでは、相手を刺激して逃げられるばかり。ちょっとした威嚇にはなるかもしれないけど、狩りをするには、ほとんど無意味だった。


「うーん、どうもハズレの日だね」


 かれこれ二時間以上山中を歩いたものの、動物となかなか出会うことがない。いや、小動物、具体的にはカエルやヘビなどはけっこう見るのだが、どちらも毒を持っており、食用には適さない。薬の材料などとして活用できるかもしれないが、領内にはそういった知識を持つ薬師などいないため、売ることはもちろん、相談するすべもない。


「最終的な収穫は、ウサギ二羽に、木の実、山菜少々、か。さっさと、マジックバッグに収納、っと」


 魔道具「マジックバッグ」は、通常のバッグとは異なり、収納する物品を物理的に自動で可逆圧縮し、取り出す物品を自動的に展開するもの。圧縮率、すなわち実質的な収容能力は、基本的に利用者の魔力や練度に依存する。特に珍しい魔道具ではないが、実用性が高いために割と高価だ。ただし、屋敷では誰も使っていないため、ユリウスが黙って持ち出している、というわけ。無断の持ち出しといっても、刃物は不可で魔道具は可ということになる。


 あまり満足はしていないながら、時間切れと判断したユリウスは、村へと戻っていった。

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