みそっかす☆かるてっと! ~失せ物探しの旅に出た半端者四人組は邪悪な意思の影を踏む~
前浜いずみ
第一章 ユリウスの覚醒 ~武断国家ゲルツ王国の内紛と自壊~
1-1.そうだ、王都、行こう
「兄上と一緒に、王都住まい、ですか? 僕、まだ九歳ですよ?」
フリードホーファー家の四男、ユリウス・フォン・フリードホーファーは、そんな声を上げた。
王都から馬車で二日ほどの距離にある領主屋敷の応接間には、オレンジ色の夕日が柔らかく差し込んでいる。
「そうだ。ユリウス、このままここに居ても、何も始まらないだろう。それに、お前なら、この仕事に最適な人材だ。年齢なんか、気にする必要はない」
ユリウスの向かいに座っているのは、同家長男のゲラルト・フォン・フリードホーファー、二十三歳。
フリードホーファー家は、ルツェレン子爵の爵位を得ている貴族で、王都から四十キロほど離れた小さな村を中心として、半径五キロ程度の、ささやかな領地を治めている。
ゲラルトは、その嫡男ということになっているが、当主である彼らの父親は、ゲラルトに家名を継がせる気など、毛頭ないらしい。現当主の次に子爵位を継承するのは、より優秀な次男というのが、家中ではほぼ公然の秘密と化している。
「お前も知っての通り、戦闘タイプじゃない俺じゃ、ここに居ても冷や飯ぐらいだ。いや、食わせてもらえるかどうかさえ、定かじゃないしな」
ここ、ゲルツ王国では、尚武の気風が極端に重んじられており、他国と大きく異なる政治的、社会的風土を形成することになっている。
これは、建国当初、王国が置かれていた地理的条件によるところが大きい。農業生産力が高く食糧自給が可能で、鉱物資源に富み安定的な武器生産が可能。このため、周囲へと戦線を拡大し、防衛に無理のない範囲まで領地を拡大することができた。当然のように、武功を挙げた者が、高く評価されるようになる。
もちろん、領地拡大というものは、いつまでも続くものではない。王国も代を経るにつれて安定期に入り、軍事活動も防衛戦が中心になる。
しかし、武が尊ばれる風潮には、何の変化もなかった。そして、個人の能力についても、その判断基準が戦闘能力に偏したものになっていった。
だからこそ、王国の支柱となる貴族やその子息は、武を磨く。体一つで向かい合う体術、剣で斬り合う剣術、離れた距離を命中させる弓術などの他にも、攻撃魔法や防御魔法などもあり、それらの才能がある者は、自分の腕を磨くことで、明日を開こうとする。
王国に仕える者全てが、常在戦場状態といっていいかもしれない。メンタリティという面では平和そのものなのだが、評価基準が、いちいち“軍事的に強いかどうか”なのだ。それも、個人レベルで。
裏を返せば、戦場で役に立たない、あるいは役に立つように見えない仕事には、スポットが当たることはまずない。このため、純軍事的な分野であっても、戦術、兵站、通信といった分野は大して評価されない。それより、どれだけ多くの敵を屠れる人間になるか、が重視される。
そして、戦争がない状態での、度を過ぎる尚武称揚は、武の儀式化を招く。要は、強いか強くないかというものが、コンクールでの順位を競うような形になる。実戦で使えないどころか、このような評価が、実戦配置の妨げになりかねない。
「でも、こんな国で、褒められるような“武”を磨いたところで、むなしいしな。それより、確実に食っていけて、それでいて国の中枢に食い込めるような、そういう仕事に就きたいと思ってな」
「官吏登用試験ですか? でもあれは、伯爵家以上の者か、闘技大会出場者でなければ、受けられなかったのでは」
ユリウスは、まだ九歳。それなのに、こんな知識を身に付けているというのは、彼が庶子、つまり当主が愛人に産ませた子供という事情が大きい。早い段階からあれこれ調べておかなければ、将来は暗いから。世知辛い話だ。
「正確には、下級貴族でも受験資格はあるけど、合格はまず無理、ということだがな。でも、不思議に思わないか? ペンを持たずに剣ばかり振ってる連中が、どうして官吏として仕事できるのか、って。親父が役所仕事するようなもんだぞ」
ゲラルトやユリウスの父、つまり現子爵家当主は、弓術の名手として、そこそこ知られた存在だった。彼がすんなり爵位を継承できたのも、この技量が大きい。弓術といっても、五分近くを要して準備を行い、離れた場所にある的に当てる、というもの。威力は弓だが機動性は大砲といったところで、戦場でどう活用するのかわからない代物だが。
しかし、武人としては評価されていても、そちら方面の修行をするばかりで、王国を支える貴族としての能力、領地を治める支配者としての能力で見れば、全くの無能なのだ。いや、無能どころではない。文字の読み書きができないし、書類や記録の重要性を理解していないし、移動や情報の重要性を認識していない。統治能力皆無だ。自分の名前だけは何とか読み書きできるらしいが、名字や称号を含めたフルネームでサインができるかどうか、はなはだ怪しい。
そんな連中が、官吏として仕事を全うできるのか。できるはずがない。
「官吏の仕事というのは、上から下への命令を正しく伝えて、それを徹底させるのが第一だ。当然、書類を作ることができて、書類を読むことができなければ、話にならない。有能とか無能とかは、その次だ。でも、採用された官吏は、読み書きさえ怪しい連中ばかり。軍人だってそうだけどな。そこで求められるのが、王国公認の書類作成業、公認代書人だ」
「公認代書人?」
「ああ。注文を受けて、口頭指示やメモを基に文書を作成したり、届いた文書をわかりやすく説明したりする仕事だ。こっちも受験資格はあるが、子爵家以上の当主または嫡子が試験を受けて合格すれば、公認代書人になれる。他にも、代言人とか、公証人とかいった資格はあるけどよ。俺の頭じゃちと厳しいし、すぐに食っていけるかという問題もあるしな。そして、公認代書人は、補助者を一名指名することができる。その補助者を、お前に頼みたいんだ。あいつらじゃ、とても仕事にならん」
フリードホーファー家で後継者と目されている次男、そして控え的な立場である三男は、それぞれ槍術と体術の鍛錬に全身全霊を注いでおり、彼らの父と同様、読み書きが全くできない。しかしユリウスは、領都で知り合った在野の知人に教えを請い、幼年ながら、いっぱしの教養を身に付けていた。ゲラルトが、年齢を問わないと言ったのは、ユリウスの才を頼んだ面が大きい。
なお、公認代書人試験には受験資格があるが、欠格事由はかなり緩くなっている。子爵家の嫡子ではなくなる、いや平民になったとしても、正当に得た公認代書人の資格には影響しない。このため、仕事を始めてしまえば、後はこちらのもの、というわけだ。
「とても魅力的なお話ですが、当家のやりくりは、大丈夫なのでしょうか」
「大丈夫なはずはないが、どうせ長くはもたねえよ」
ゲラルトがため息をつくのも、無理はない。
領地経営がどれだけ原始的なものとはいえ、最低でも徴税業務は発生するし、家内の帳簿は作成する必要があるし、領主裁判を記録する必要はある。
「領主としての仕事といっても、徴税請負人と、御用商人と、大名主に任せっぱなしじゃねえか。問題が起きていないからこのままでいい、ってのが、親父たちの考えらしいけどな。お前ならわかるだろ、領内の空気が悪くなってるのが」
ユリウスはうなずく。領内をこまめに歩き回っている彼は、領民の不安がじわじわ増していることを、肌で感じていた。不安の段階ならまだいいが、不満になると厄介だ。
「今のところは、領主への不満という形にはなっていません。最近、生活が苦しくなってきた、という愚痴程度で済んではいますが」
「そうだろ。まあ、この領地に対してそれなりに愛着もあるだろうし、何とかしたいという気持ちもあるだろうけど、そこは割り切った方がいいぞ。それに、この領内に、別れたくないと思うヤツが居るわけでもないだろ」
「兄上……」
ユリウスはふくれっ面でゲラルトを睨むが、友達がいないのは事実なので、仕方が無い。もともと、妾腹とはいえ貴族令息という身分に加え、領都や周辺には同世代の者が誰もおらず、一番年齢が近くても七歳差では、会話も盛り上がらないのだ。
「あ、逆か。王都の方にこそ、離れたくないコが居るんだよな」
「兄上!」
ゲラルトのからかうような声に、ユリウスは顔を真っ赤にする。
「ち、違います! か、彼女たちは、そ、そんなんじゃ、ありません!!」
「彼女……“たち”?」
(こいつ、この年で、まあ……意外と、女が原因で、大物に化けたりするかもしれんか)
弟の意外な反応を見て、ゲラルトはそんなことを思った。
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