第10話 気絶剣


「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」」」


 受験生たちは雪崩を打ったように押し寄せる。


 先行していたラビィがまず捕まった。

 彼女はそのまま押し倒されて、鳥に殺到された餌みたいに見えなくなった。


「うわ――! やめろ――! アタシは通りがかりの王女様で――ぐッ!」

 しょーもない言い訳の声は、絞め落とされたように事切れた。


 ラビィの心配なんかしてる間もなく、私の前にも――。


ろうぜェ~~~~~ッッッ!!」


 幻みたいな高速で、狼耳をした獣人ライカンの子が現れた。

 彼女は目をバキバキに輝かせ、ごちそうに飛び付く歓喜の表情で木剣を振りかぶる。


「気絶剣ッッ!」

 謎のスキル名とともに振り下ろされる木剣。


 ぽぎょん!


 ショックで聞こえた幻聴か、私は木剣を額で受け止めて――。


 そのまま気絶した。




 ……。

 ………。

 …………はっ!


 気がつくと、私は先生の怒り顔を見上げていた。ひっつめ髪に眼鏡をかけた神経質そうな先生が、額に青筋を浮かべて怒鳴っている。


「事情は分かりました! だからといってあのような行為が許されるわけもありません!」


 先生は指をぶんぶん振り回しながら言う。

 背後には青空。そしてうっすらとたなびく白い煙。私たちが放火した樹木が消火されて、煙を漂わせている。


 そこは校庭だった。

 私は肌着にされて縄で拘束され、校庭に転がされていた。


 ううっ、寒い……! 王都はモコッチ村よりはずっと南で、雪こそないけど、まだ一応冬だからね!


 ラビィとナナも同じような姿で私のそばに転がっている。

 少し先の地面には、私たちのリュックと、その中身がお店の軒先みたいに広げられていた。

 盗賊や不穏分子じゃないか徹底的に調べられたみたい。


『起きたわ』『ハルカが起きた』


 先輩たちのコメントが瞳に映る。精霊石は没収されてたけど、コメント表示の魔法はまだ効いてるらしい。


「お目覚めですか? お目覚めでしょうね、ハルカ・モコモコーナ。回復魔法をかけましたからね!」

 先生は冷たく眼鏡を光らせる。


「はくしょっ!!」


 私はくしゃみで返事をしてしまったよ。しかも唾が先生の眼鏡に飛んだし。


『笑』『くすくす』


 あわわ、先生の青筋が増えてしまった。

「~~ッ! あなたが寝ている間に、事情聴取は終えました。あなたたちのような子の居場所は、この学園にはどこにもありません。全員、失格です。お帰り下さい」


「そんなっ! 私は魔道士にならないとだめなんだ!」


「魔法の力は強大です。使い方次第で町を一つ吹っ飛ばすことも出来るのですよ。遅刻のつじつま合わせに学園を襲撃するような子に、そんな力を与えられるとでも?」


「ううっ……!」


 私は呻いた。先生の話は正論だった。でも、だからといって、諦めるわけにはいかない……! 私は村を背負って来てるんだッ!


 私はなんとか抗弁しようと口を開いた。


「うまく言えるか分からないけど……。言い訳させて欲しいだ。

 私は……先生の言ってることは……もっともだと思う。私だって客観的に先生が正しいと思う。学園を襲撃する子はダメだと思う。

 もし私が先生だったら、こんな受験生は嫌だから……”早く帰れ!”って言いたくなると思う。

 でも私は……ッ! 私は先生じゃないから、帰らなくてもいいんだッ!」


『本当にうまく言えてないな』『笑』『言い訳になってない(笑)』


 先輩がコメントで茶々入れてきたけど、黙っていてくれないかな?


「森を走り進み続けた♪ 世界樹の手がかり探して行った♪」

 私は歌を歌い始めた。


『おっ、なんだ?』『急に歌い出した!』


「ここにあるよ、ここにあるよ♪ 呼ばれる声に導かれ♪」


 この美しい歌はモコッチ以外では聞くことが出来ない。

 私はこの聖歌アンセムを通じてモコッチ村の大事さを訴えかけ、先生の心を動かすつもりだった。


「回せー♪ 回せ――♪ せーかーいーをー回せ――♪」


『笑』『なんだこれ(笑)』『ハハハ!』


「踊れー♪ 踊れ――♪ エールーフーよー踊れ――♪ エールーフーよ――♪ おーどーれ――~~~~♪」


『ハハハハ!』『みんな、おもしろいよ!』『拡散!』『笑笑笑』


 ちょっと、なんか笑う空気になってる!


「~~~ッッ!」

 先生はおふざけが止まらない子どもを見るような目で、頬をひくつかせていた。


「………ぐすっ!」

 ナナが泣いてる! ダメな仲間に絶望したみたいに泣いてる!


「……ぷっ! ぷぷっ!!」

 ラビィは頬をぱんぱんに膨らませて笑いを我慢していた。

 きみ! 私たちは仲間じゃなかったの!?


 私が感情の起伏で汗をかいていると、先生の後ろの方から控えめな拍手が聞こえた。


 パチ、パチ、パチ……。


 先生は驚いたように振り返る。

 魔法紋様のローブを着た人がこちらに歩いてくるところだった。フードを目深にかぶっているので顔は分からない。でも、ローブの紋様が魔術的に輝いていて、ただ者ではない雰囲気がある。


『校長先生だ!』『校長先生登場!』『拍手してる?』『どう収めるんだろ?』


 先輩たちが一斉にコメントし、学園で一番偉い人がやってきたのが分かった。


「…………」

 校長先生は、フードの下で薄く微笑んだ。


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