第3話 こいつが居眠りの犯人か


 寝癖受験生の髪を直してあげようとしたけど、跳ねが強くてほぼ直らなかったよ。


「うーん直らない。時間ないからこれで行くだ」


「すまないな。きみのその、なま、なま、なま……」

 寝癖受験生は頬を赤らめながら、なまなま言ってる。


 私がってるって言いたいのかな?


「私のなまりはエルフ弁なんだよ。なるべく王国標準語で話すようにしてるけど」


「いや、そういうことじゃない。詳しくは後ほど……。じゅうしぉ……とかも……」

 彼女は何かごにょごにょ言って、話題を断ち切るように歩き出した。


 14ってなんだろ? 私は15だけど。




「えっと、アタシは王都育ちだから、魔法学園のことは詳しいんだ。学園祭に行ったこともあるし、潜入出来そうな場所も心当たりがある」


 そう言う彼女の後に続いて、私は学園の塀に沿って歩いて行く。


 煉瓦のブロックと、泥棒除けみたいな尖った鉄柵がどこまでも続いてる。

 受験日のせいか、角のところには警備員の人が立っていて、変なことをしたらすぐ怒られそうだ。


「警備員に見つからない抜け道とかあるの?」


「塀が少し低くなってるところがあるから、そこをよじ登ったらいいと思うんだ。警備員の目をそらしてからね」


「なるほど! 試験時間過ぎてるけど大丈夫かな?」


「おそらく大丈夫。まだ試験自体は始まってない。校庭で試験のルールとか魔法の使い方をずっと説明してるんだ」


「あっ、まだ始まってないんだ!?」


「そういうこと。警備員に見つからないように潜り込めば、なんとかなる――ってアタシは思うね」


「うわぁー頼もしい! 先輩じゃなかったけど、きみに出会って良かったよ!」


「ま、まかせてくれたまえ」


 などと話しながら歩いていると、通りの前方で何やらもめ事が起きていた。




「ひどいにゃ! ひどいにゃ!」


 私たちと同じくらいの年頃の子が、学園の塀の内側に向かって文句を言っている。猫耳のある獣人ライカンの子だった。


「ぷぷぷっ! 騙されるのが悪いですぅ!」

 塀の内側から、嘲笑するような女の子の声が聞こえる。


「ずるいにゃ! 反則にゃ!」

 猫耳の獣人ライカンの子は涙でうるうるになりながら、鉄柵を掴んでる。鉄柵越しに、学園の校庭にいる人と口論しているみたいだった。


「愚かな自分を恨みやがれですぅ!」


「ひどいにゃひどいにゃ~~!」


 私たちが近づいていくと、


「……!」

 猫耳の子ははっと顔を上げた。


 さささっと後ずさり、路地の隙間に入り込んで怯えたようにこちらをうかがう。


 口論を見られて恥ずかしくなっちゃったのかな?


「ぷぷぷぷっ! また愚か者が来たですぅ~! 愚か者その2ですぅ~!」


 鉄柵に顔を押し付けて、口論の相手が私たちを見ていたよ。

 意地悪そうな目つきをした、お団子ヘアの女の子だった。


「愚か者……?」


 私の隣の寝癖受験生のことを言ってるのかな? 私は村で一番しっかりしてるし。


「おまえですよ、おまえ! そこのエルフ! あたしは戦わずしておまえに勝ったですよ、くすくすっ!」


「え、私? なんで? どういうことどういうこと!?」


 変な子に名指しで指まで差されて、不安になってしまう。


「宿屋のお茶はおいしかったですか? さぞやいい夢見られたでしょうね! ぷふふーっ!」


「えっえっえっ!?」 


 私が混乱していると、猫耳の子が路地の隙間から声を上げた。


「そいつは悪人にゃあ! 悪い受験生にゃ! うち、そいつに眠り薬飲まされて、遅刻しちゃったんよ! 受験出来なくなったんよ!」

 悔しそうに涙をこぼしながら言っている。


 悪い受験生……!

 眠り薬……!?


「えっ、まさか!?」


「今頃気付いたですか? おまえのお茶に眠りキノコの粉を入れたですよ。あたしは作戦の天才ですぅ!」


 よくよく考えればこのお団子ヘアの子。宿屋の食堂で見かけた気がする。私がパンケーキ食べてるとき、近くをうろうろしてた気がする。


 あのとき、眠りキノコを入れられた……?

 そんなっ……!


 私は理不尽な攻撃を受けて、怒りと恐怖で血圧が上がってしまう。


「ひどいだ! なんでそんなことするだッッ! 反則だべ反則! そんなことしたら##$%@@**##$$(怒りでものすごくなまったエルフ弁)!」


 私は噴き出す涙もそのままに、鉄柵を掴んでガチャガチャ揺さぶって大抗議した。


「全くこれだから田舎者は。下調べが足りないですねっ! この入試は、が許されてるですよ!」


「えっ……!?」


「魔道士は世界最強のレア職業! 一人で騎士数十人分の攻撃力ですよ! どこのギルドだって引く手あまた! 財宝のダンジョンにだって潜れるし、富も名声も思いのままですぅ!」


「私はそんな理由で受験するんじゃないよ!」


「やかましいですぅ! 人の話を最後まで聞くですぅ! とにかく魔道士の席は少ない! だから入試じゃが許可されて、真に優秀な人物が求められてるですぅ!」


「ただのずるい人じゃん!」


「おだまりやがれ! 眠りキノコに引っかかるマヌケは向いてないし、文句を言うマヌケも向いてないですぅ! とっとと帰りやがれですぅ~!」


 悪い受験生は嘲笑するみたいにニヤニヤしてた。


 悔しいよこんなのっ……!


「へぇー、いいこと聞いた」

 私の相棒の寝癖受験生は、隣でニコニコしてる。


 喜びを抑えられないような、はちみつたっぷりのケーキを頬張ったみたいな顔してた。


 どういう表情? いま何か楽しい要素あったっけ……?




 ――このときはまだ彼女の性格を知らないから、ぽかんとするだけだったけど。


 やがて私は、破天荒型のSSRな人と知り合ったことに気付いていくのでした。


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