Side-A 藤野綾はお兄ちゃんたちの恋愛事情を探りたい

しずくさん、本当にいいんですか? 私のベッド使ってくれていいのに」


「いえ、私、家でも床に布団を敷いて寝てますから大丈夫ですよ」


 私の部屋に入ってきた雫さんは、用意した来客用の布団の上にちょこんと腰を下ろしていた。


 雫さんは自分の綺麗な髪を手で触りながら、ちょっと落ち着かない様子だ。


 そういった仕草も、とても絵になっていて可愛らしい。


 普段はちょっとクールで大人っぽい雰囲気がある雫さんだけど、そういうのもギャップがあって素敵だ。


「あ~あ、雫さんがお姉ちゃんだったら良かったのにな」


「えっ? お姉ちゃん、ですか?」


 おっと、思わず頭の中で考えていたことが口に出てしまった。


 そして、雫さんにも当然ばっちりと聞こえていて、首を傾げている。


 ふむ、折角だから、ちょっと話を広げてみよう。


「だって、雫さんって、しっかりしてるし、優しいし、それでいて美人さんだから、もし私が妹だったら絶対自慢のお姉ちゃんになっていると思うんです」


「そ、そんな!? 私なんて……」


 謙遜からなのか、雫さんは恥ずかしそうに頬を染めて私から目を逸らす。


「本当に、私なんてお姉さんという感じにならないと思いますよ。その、料理だってあやちゃんに教えて貰わなかったら全然出来ないままだったと思います。それに……」


 すると、今度はちょっぴり悲しそうな顔で、雫さんは告げる。


「……私は、学校やクラスでは嫌われ者ですから」


「嫌われ者? どうして、ですか?」


「それは……私が風紀委員だから、ですかね」


 そういって、雫さんが話してくれた内容を要約すると、こんな感じだ。


 雫さんは、風紀委員として、学校の生徒たちの生活習慣が乱れない為に活動している。


 だけど、それは校則順守を絶対とする風紀委員の立場として、時には生徒たちにルールを強要することになってしまう場面も多々あるそうだ。


 なので、必然的に風紀委員としての鷹宮さんの立場は、あまり生徒たちからは好かれる存在ではないらしい……ということらしい。


「……特に、私は取り締まりが厳しいということで有名なんです。だから、他の生徒たちからは変な呼ばれ方もしてたりしますし……」


「変な呼ばれ方って……どんなです?」


「…………『ホークアイ』だそうです。多分、学校を監視しているとか、そういう意味だと思うんですけど……」


 ……うん、まぁ、男の子だったらちょっとカッコイイ異名かもしれないけど、そう呼んでいる人たちが完全にからかっていることは容易に想像がついた。


 そして、雫さんもそれが分かっているからなのか、また一段と元気がなくなってしまったような気がする。


「だから、クラスでも仲の良い人はいなかったんです」


 ふむ、なるほど。


 雫さんの学校での立ち位置は、なんとなく私も想像できた。


 だけど、そうなるとやっぱり、私がずっと疑問に思っていることをこの流れで聞いたほうがいいかもしれない。


「ねぇ、雫さん。私、ずっと気になっていたんですけど、雫さんはどのタイミングでお兄ちゃんと仲良くなったんですか?」


「えっ? 藤野ふじのくんと……ですか?」


「はい。だって、今の話だと、お兄ちゃんともあまり接点がなさそうだったので」


「それは……」


 すると、雫さんから意外な返事が返っていた。


「藤野くんとは……彼から漫画を没収したことがキッカケで……」


「漫画!? お兄ちゃんが、学校にですか?」


 思わず大声を出してしまった私に、雫さんは驚きつつも質問に答える。


「は、はい……。えっと、やっぱり話してはいけないこと、だったんでしょうか?」


「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」


 別にお兄ちゃんが漫画好きで、ゲームやアニメも好きなことは私もちゃんと把握している。


「だけど、お兄ちゃんが学校に漫画をね……」


 妹がいうのもなんだか、私のお兄ちゃんはルールをちゃんと守る人だ。


 電車に乗ればスマホをマナーモードにするし、ゴミの分別だってきっちりやってくれる。


 だから、校則を破ってわざわざ学校に持っていったという話が、私にはちょっと意外だったのだ。


「あっ、でも、後で話を聞いたら、藤野くんが漫画を持ってきたのは三枝さんの為だったそうです。三枝さんから、どうしても早く読みたいとお願いされたみたいで」


 でも、雫さんからの追加情報を聞いたら納得することができた。

 うん、なんともお兄ちゃんらしい行動だ。


「けど、むしろそれだと距離が遠ざかるような気がするんですけど……。雫さんにとっては、お兄ちゃんって校則を破った人ってことになるわけだし……」


「そ、それは! 色々あったというか……とにかく、そのことがキッカケで私も藤野くんと話をするようになったんです」


 何やら強引に話を進めた雫さんだった。


 もしかしたら、その過程についてはあまり触れてほしくないところなのかも知れない。


 まぁ、ちょっと気になるところではあるけれど、私としては、それ以上に雫さんに確認しておきたいことがあった。


「あの、雫さん。折角なので、私も単刀直入に聞きますけど……」


 そして、私は今までずっと我慢してきた質問を、雫さんにぶつける。



「雫さんって、お兄ちゃんのことが好きだったりしますか?」



「…………えっ!?」


 一瞬だけ、ポカンとした顔を作った鷹宮さんだったけど、私の質問の意図をすぐに理解してくれたみたいで、慌てて口を開く。


「す、好きというのは、その……! えっと、私が藤野くんのことを……!? えっ!?」


 なんだが、私が想像していた以上に慌てふためく雫さんは、見ていてちょっと面白い。


 ただ、別に私は雫さんをからかう為にこんな質問をしたわけじゃないので、続けてこんな質問を投げかけてみる。


「例えばですけど、お兄ちゃんから好きって言ってもらえたら、どう思います?」


「どう思う、といわれましても……」


 すると、雫さんは何故か正座に姿勢を変えて、俯きながら私に言った。


「その……嬉しいと……思います……」


 雫さんがそう言ってくれて、自然と私も口角が上がってしまう。


「ただ……」


 しかし、雫さんはそのまま、悲しそうに私に告げる。



「私自身、よく分かっていないんです。今まで、藤野くんみたいに、私と仲良くなってくれる人なんて、いませんでしたから……」



 そして、雫さんは自分の胸の前で、ギュッと手を握りしめた。



 きっと、まだ雫さんの中では、はっきりとした答えがないのだろう。

 だったら、私から何かを言ったりするのも、多分余計なお節介だ。



「……そっか」


 だけど、もし本当に、2人がそういう関係になったときは、私はきっと、心から盛大に祝福できると思う。



 ああ、お兄ちゃんってば。


 私が知らない間に、こんなに可愛い人と青春を過ごしているなんてズルいぞ。


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