第39話 風紀委員の鷹宮さんは、感情の変化に気付かない⑩
「じゃ、そろそろ私たちは寝るから、お兄ちゃんもちゃんと寝ないと駄目だよ」
僕がお風呂から上がってくると、
「分かってるよ。それに、僕だってクタクタなんだ」
思えば、朝から綾と一緒に買い物に行ったりして色々あったので、お風呂に浸かっているときでさえ、ウトウトして湯船の中で寝落ちをするところだった。
「それより綾、一緒の部屋で寝るのはいいけど、鷹宮さんには迷惑かけないようにな」
「えー、酷いなぁ。迷惑なんてかけないよ。ね、
「は、はい……。むしろ、私がご迷惑をお掛けするかもしれないので……」
「ほら~、お兄ちゃんが変なこというから、雫さん気にしちゃったじゃん」
「い、いや、そんなつもりは……」
あらぬ方向に話が飛び火してしまったので、僕は慌てて訂正する。
ただ、やっぱり鷹宮さんは真面目だから、色々と遠慮してしまっているのかもしれない。
そんな鷹宮さんは今、自分の家から持ってきたピンクのパジャマ姿になっている。
妹が着ているようなフワフワとした生地を使ったデザインではなく、なんというか、正直に言ってしまえば、色以外は地味な印象を受けるパジャマだった。
ただ、それが逆に家の中のオフ状態という感じがして、逆になんかドキドキする。
いや、逆にって何回言ってるんだ、僕は……。
「あの、藤野くん……」
「はっ、はい!」
しかし、不埒な想像をしているところで話しかけられてた僕が、裏返った声で返事をすると……。
「本当に、ゆっくりしてくださいね。それに、もし怪我が痛むようだったら、学校も休んで病院に行ったほうがいいかもしれません」
少し不安そうな表情で、鷹宮さんは僕の顔を見る。
……いや、正確にはガーゼを貼っている僕の左頬に視線を向けていた。
「……ありがとう。でも、大丈夫。今はもう、全然痛くないから」
そう言って、僕は彼女を安心させる為に笑顔を浮かべた。
ただ、これは強がっているわけじゃなくて、本当に今はなんともないのだ。
もしかしたら、ちゃんと氷で冷やして処置したのが功を奏したのかもしれない。
「そうですか。良かった……」
そして、僕が演技をしているわけじゃないことが伝わったのか、鷹宮さんもほっとした顔で頷いた。
「でも、お兄ちゃんを殴った奴って誰だったのかな。見つけたら私が代わりに殴ってやるのに……」
「頼むから止めてくれ……」
綾がいうと、冗談に聞こえないので怖い。
普段は大人しいイメージが強い妹だけど、家族の中で怒ったら怖いのは母さんの次に綾なのだ。
まぁ、それは父さんも含めた僕たち男性陣が情けないだけかもしれないけど……。
「多分、そっちの方は三枝……僕の後輩がなんとかしてくれてると思うから、もう綾は気にしないでくれ」
具体的な方法は教えてくれなかったけど、あの三枝があそこまで断言したのなら、もうこの問題で僕たちに危害が及ぶことはないだろう。
「そっか。まぁ、三枝さんがなんとかするって言ったんだったら、もうなんとかしてるかも知れないね」
「そうそう……って、綾? 三枝のこと、そんなに詳しかったっけ?」
多分、僕が学校の話をするときに何度が話題にしたこともあるし、今日のことを大方説明はしているので、彼女のことを覚えていても不思議じゃないんだけど……。
「あー、まあ、ちょっと別次元の話というか、番外編で色々話したことがあるっていうか……」
いや、だからなんなの、その番外編って?
三枝も同じようなことを言ってた気がするんだけど……。
「とにかく、お兄ちゃんたちの仇は三枝さんが取ってくれたってことだね」
「うん、まぁ……そういうことになるのかな?」
僕自身、別に仇などとは思っていないけれど、これ以上話を大袈裟にするつもりもない。
結果的に、鷹宮さんが助けた女の子も、そして鷹宮さん自身も無事だったというのなら、僕はそれで満足だ。
「そっか、わかった。ただ……」
そう告げると、綾は僕に向かって、こんなことを言ってきた。
「お兄ちゃんって、結構カッコいいところあったんだ」
「な、なんだよ……それ……」
「あー、もしかして照れてるの? 照れてるんでしょ?」
「ち、違うよ! あー、もう、僕も自分の部屋に戻るから」
僕は、その場から逃げるように自分の部屋へと足を向ける。
綾の言う通り、ちょっと不意打ちだったので、自分でも顔が赤くなってしまっているのが分かったからだ。
「藤野くん」
だが、彼女の呼びかけに、つい身体が止まってしまい、振り返ると……。
「おやすみなさい」
にっこりと、優しい笑顔を浮かべてくれている鷹宮さんの姿があった。
「お、おやすみ……なさい」
そして、僕は今度こそ、自分の部屋へと逃げるように入っていった。
「…………ふっ」
電気もつけないまま、僕はベッドの上に寝転んで、天井を見上げる。
だけど、頭の中で浮かぶのは、先ほど見せてくれた鷹宮さんの優しい笑顔だった。
「…………」
僕は自分の目の前に、手をかざす。
――男たちに追いかけられていたとき、つい握ってしまった、彼女の手。
その温もりが、また戻ってきたような感じがして、胸の鼓動が速くなっていく。
ただ、彼女から伝わってきた温もりも、この胸の鼓動さえ、とても心地いいもののように、僕には思えたのだった。
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