第20話 風紀委員の鷹宮さんは、無理難題には屈しない⑧

「……あ」


 鷹宮たかみやさんの質問に対して、僕もマヌケな声を出して、口を開けたままになってしまった。


 言われてしまえば当たり前のことだけど、僕は全くと言っていいほど「電話を掛けられた後のこと」を考えていなかった。


 さすがに、三枝サポートセンターも、僕がここまで駄目だとは判断していなかったらしくて、このあとの台本は用意されていなかったらしい。


「……ん? 台本?」


『?? どうしましたか、藤野ふじのくん?』


「い、いや、なんでもないよ! ちょっと分かってきたことがあるというか……」


『……はぁ』


 鷹宮さんは、当然、僕の事情は分かっていないので、曖昧な返事をしてくれるだけだった。


 ただ、ここでようやく三枝の狙いが理解できた。


 僕のヘタレ具合を直すとか、色々と理由をつけていたけれど、いわば、部室でやっていたようなシチュエーションを限定させたテキスト作りだ。


 ならば、ここでスムーズに僕が鷹宮さんと話すことができれば、僕のライティング能力がそれなりだと証明できるわけだ。


 ふふ、三枝よ。


 そういうことなら、僕もばっちりと期待に応えようじゃないか。


「た、鷹宮さん! えっと……きょ、今日はいい天気だったね」


『え? ええ……そう、ですね?』


 いや、なんで1日の終わりに今日の天気の話なんてするんだ、僕は!


 いくら、話をするときの常套句だと言っても、電話で話すような内容じゃないことは百も承知だった。


 それに、電話越しでも鷹宮さんが首を傾げているのが想像できた。


 どうしよう、僕はテキスト作り云々の前に、人とのコミュニケーション方法を勉強した方がいいのかもしれない。


『……ですが、明日は午後から天気が崩れるみたいですね』


「え? そうなの?」


『はい、先ほどニュースの天気予報でそう言っていましたので、折り畳み傘を用意しておいたほうがいいかもしれませんね』


「そっか……。でも、鷹宮さんって、やっぱりニュースとか、ちゃんと観るんだね」


『はい。夕方にやっているニュース番組ですが、いつも録画しているので』


「えっ? 鷹宮さん、録画までしてるんだ……」


『……変、でしょうか?』


「い、いや! そんなことはないよ! でも、偉いなって思って。僕なんて、大体ネットニュースで済ませちゃうし」


『なるほど。確かに、そういう方は多いみたいですね。でも私はちょっと苦手なんですよね……。ネットの記事は変に見出しを煽っていることもありますし……』


「あっ、それはちょっと分かるかも。まぁ、ネットの記事はアクセス数を大事にしてるから」


 だが、意外なことに、天気の話からそれなりに会話が広がった。


 おそらく、三枝が想定していたような内容とは違うのだろうけど、話していくうちに、僕も鷹宮さんも徐々に緊張感がほぐれていくのを感じていた。


 やっぱり、今まではお互いに遠慮することがあったので、こうして自然に話せるのは大きな一歩だと思う。



 それから、僕と鷹宮さんは本当に他愛もない話をして、時間はあっという間に過ぎていった。


 主に、僕が鷹宮さんに質問をしていくという感じだったけれど、鷹宮さんの委員会活動の話なんかは、僕の目には映っていないところが色々と判明して、感心させられることばかりだった。


『別に、大したことはありませんよ。私は、皆さんがより良い学園生活を送れるようにしたいんです』


 僕は、素直にそのことを伝えたけれど、鷹宮さんから返ってきた回答は、こんな感じだった。


『なので、藤野くんも困ったことがあれば私に相談して下さいね。特に、三枝さんのことで何かあるようでしたら、遠慮せずに仰ってください』


「う、うん……分かった」


 今まで薄々思っていたけれど、鷹宮さんの中で三枝は確実にブラックリストに記載されてしまっているようだ。


『……あの、藤野くん』


 すると、鷹宮さんが言いにくそうな様子で、僕に告げる。


『申し訳ありませんが、そろそろ通話を終わらせても宜しいでしょうか?』


「えっ!? あ、うん……ごめんね、少し、長かったよね……」


 突然だったので、また大袈裟なリアクションをしてしまった。


 もしかして、楽しいと思っていたのは僕だけで、鷹宮さんはそれほどでもなかったのかと勝手にがっかりしていたのだが……。


『いえ、本当はもう少し話したいのですが……私……いつも、これくらいからベッドで横になるので……』


 どうやら、鷹宮さんの就寝時間が近づいていたらしい。


 ただ、部屋の時計を見ると、まだ11時にもなっていなかったので、少し驚いた。


 僕の場合は、結局、スマホで動画を見たりして、寝るのは大体12時を過ぎたくらいになってしまうし、休日なんかは日付を回ることだけ珍しくない。


『……本当に、すみま、せん……ふわぁ』


 それでも、あのしっかり者の鷹宮さんが電話とはいえ、あくびの声を漏らしてしまうところをみると、かなり眠気が襲ってきていることが伺える。


 鷹宮さんが、そのまま寝落ちしない為にも、今日の通話はここまでにしておいたほうが良さそうだ。


「ううん、気にしないで。こっちこそ、色々迷惑かけちゃってごめんね。それに……」


 ただ、鷹宮さんには、眠ってしまう前に、ちゃんと伝えておきたいことがある。


「鷹宮さんと話せて、楽しかったよ」


『……私もです』


 返事をした鷹宮さんの声は、不思議と今までよりも柔らかい声に聞こえた。


『それじゃあ、おやすみなさい、藤野くん。また、明日』


 そして、鷹宮さんの通話が終わってしまう。



「『また、明日』か……」



 僕は通話が終わっても、しばらくスマホから手を離すことができなかった。


 明日も、学校で鷹宮さんと会える。


 そんな当たり前だったことが、今はとても嬉しく感じてしまう。


「……明日は、僕から鷹宮さんに挨拶をしてみようかな」


 そんな決意を固めつつ、僕も鷹宮さんを見習って、今日は早めに就寝することにした。


 だけど、布団に入ってからも、しばらく僕は寝付くことができず、結局、スマホで『女の子と自然に話すための心構え10選』という、胡散臭い動画を見ることになってしまったのだった。

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