第16話 風紀委員の鷹宮さんは、無理難題には屈しない④


「先輩、どうでした? 初めて女の子の手料理を食べた感想は?」


 放課後、いつものように『文化研究同好会』で使っている教室に行くと、お菓子を食べながら待っていた三枝さえぐさから早速質問が飛んできた。


「そりゃ……嬉しかったけど……やっぱり無理に何かやってもらうっていうのは、気が引けるっていうか……」


 正直な感想を述べると、三枝は苦虫を噛みつぶしたような顔になってぼやく。


「ええ~、なんですか、それ。アタシが折角モテない先輩の為に、今後絶対体験できないような青春イベント発生させてあげてるのに、感謝してくださいよ~」


「だから、それが問題なんだって」


 色々と考えてくれているのは分かっているつもりなんだけど、やっぱり鷹宮たかみやさんに無理に協力して貰っている以上、罪悪感は拭えないのだ。


「とは言っても、結構仲良くお喋りしてたじゃないですかぁ~。なんだかんだ言いつつ、ちゃんと距離は縮まってるみたいっすね」


「それは否定しないけど……ん?」


 危うく、話の流れでそのまま進みそうになったけれど、今の発言、おかしいところがなかったか?


「……三枝。なんで僕と鷹宮さんが仲良く喋ってたなんて分かったの?」


「えっ? だって全部聞いてましたもん」


「どうやって!?」


「そりゃ、盗聴器に決まってるじゃないですか」


 さも当たり前のように、三枝は僕に言った。


「ちなみに、盗聴器だけじゃなくて、カメラとかも設置してましたよ。まぁ、先輩が来る前に全部回収しておきましたけどね」


「それ……普通に犯罪じゃないのか?」


「犯罪? 何言ってるんですか? アタシは学校で自分が使っている教室の中を撮影してただけですよ? そこに、たまたま先輩と鷹宮先輩が入ってきただけじゃないですが」


 偶然ですよ、偶然、と呆気らかんと三枝は答える。


「ただ、本当は先輩たちがヤラしいことをしてくれるんじゃないかと、ほんの少しだけ期待してたんですけど、そういうことには全然ならなかったっすねー」


 また、さらっととんでもないこと言ったな、この後輩。


「でも、それなりに面白かったですよ。鷹宮先輩が料理下手なんて、今後弄りがいがありそうですよね~」


「……三枝、恐喝罪って知ってる?」


 多分、そっちは普通に立証できる事案のはずだ。


「おおっ、ちゃんと彼女を庇ってあげるんですね。先輩って優しい~」


「そういう冗談じゃなくて……まあ、いいよ。とにかく、鷹宮さんにはこれ以上迷惑を書けないようにしてくれ」


 今でも十分迷惑をかけてしまっているけれど、注意喚起くらいはしておこうと思う。


 唯一の後輩と次に会う場所が法廷だなんて、絶対に嫌だ。


 とにかく、今日の僕たちの会話が全部筒抜けになっていることは、鷹宮さんには伝えないほうがいいだろう。余計な心身の負担はこれ以上かけたくない。


「それで、実際のところどうですか、先輩? いいカンジに恋人体験はできていますか?」


「う~ん、それは……」


 三枝の質問に対して、僕は真剣に考えてみる。


 確かにお弁当を作ってもらったことや、休み時間を使って女子生徒と話をすること自体は、それなりに僕にとっても貴重な体験をさせてもらっていると思う。


 ただ……かといって、僕の中で何か劇的な変化が起こったかと言われれば、首を縦に振ることは躊躇われてしまうのが現状だ。


「仕方ないっすねー。だったら、もっとエロいこと要求しますか?」


「だから、駄目だって」


 何故、すぐにそっちの方向へ行こうとするんだ、この子は。


「なんですか、何でもかんでもイヤイヤイヤイヤって。そんな駄々っ子に育てた覚えはありませんよ!」


「駄々っ子でも、育てられた覚えも僕にはないよ」


 三枝とは、出会ってから、まだ半年も経過していない。


 まさか、そんな短い間で、こんなことを言い合える仲になっているのは自分でもビックリすることだけど、今はその話は置いておこう。


「じゃあ、どうするんっすかー。本当に、このままだと先輩のシナリオが全然完成しませんよー」


 今度は逆に、三枝が駄々っ子のようにブーブーと文句を口にする。


「分かってるよ……。ただ、何か掴めそうな気はしてるんだけど……」


「……へぇ。たとえば、どんな感じですか?」


 三枝が興味を示したかのように、僕の顔をじっと覗き込む。


「いや、その……大したことじゃないかもしれないんだけど……」


 僕は、まだぼんやりとした浮かんでいない絵を他人に解説するように、三枝に言った。


「三枝は、僕のシナリオを読むと、よく『リアリティ』がないっていうよね? 僕、つい最近までは、それを合理性なかったり、矛盾があるからって意味に捉えていたんだけど、そうじゃないのかなぁ、って思うようになって」


「……ほう。つまり、先輩の中で『リアリティ』っていう概念は、どんなものになったんですか?」


「えっと、それは……」


 相槌を打ってくれる三枝に対して、僕はまだ自信を持っていない答えを、口にする。


「その人のことを『知りたい』って思う気持ちを生み出すこと……なんじゃないのかな?」


 これが、三枝の求めていた答えかどうかは分からない。


 だけど、僕にとっては、その人のことを『知りたい』という気持ち……簡潔に言えば『興味』を示すことこそが、物語や作品を作っていく中で、徐々にリアルになっていくんじゃないだろうか?



 この人は、今までどんな風に生きてきたのか。


 この人は今、どんなことを考えて行動しているのか。



 そういうことを、相手に考えさせる登場人物やストーリーをつくることができたとき、『空想』は『現実』になっていくんじゃないかと、僕はそんな風に考えるようになっていた。


「…………」


 果たして、三枝の答えはというと……。


「まぁ、及第点、ってところですかね」


 そう呟いて、三枝はポッ〇ーを、またポリポリと食べ始めた。


「それって、三枝が求めていることには近づいてるってこと?」


「さあ、どうでしょう? その点を含めて、これからも考えてみてください」


 うーん、なんだかそう言われてしまうと、やっぱり間違っているような気もしてきた。


「でも、そうですね……せっかくですし、一回やってみましょうか?」


 そういうと、三枝は袋から新しく取り出したポッ〇ーの先端で、ある物を指し示す。


 それは、どこからか三枝が持ってきた、最新型のデスクトップパソコンだった。


「じゃ、先輩。1時間使って、簡単な短編を書いてみてください」


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