第15話 風紀委員の鷹宮さんは、無理難題には屈しない③


「なるほど。藤野ふじのくんは、普段は妹さんがお弁当を用意してくれるのですね」


鷹宮たかみやさんは、普段はどうしてるの?」


「殆ど購買のパンとか、ですかね? 委員会の仕事で時間があまり取れないときもありますので、簡単な軽食のほうが私には合っているんです」


 僕が鷹宮さんから用意されたお弁当を食べ終わったのち、まだ昼休みの時間が残っていたので、僕たちはそのまま同好会の教室に残って雑談に興じていた。


「それに、先ほども言いましたが、食事は殆ど外で買ってきたものを食べるので、自分で作ることはありません」


「そうなんだ……」


 これには、正直僕は少し意外だな、と思っていた。


 なんとなく、勝手なイメージで鷹宮さんは何でも完璧にこなせるような気がして、料理だってその範疇だと思ってしまっていたのだ。


「それが……料理だけは……事情がありまして……」


「事情?」


 どういうことなんだろうと思っていると、鷹宮さんは、どこか呆れたような表情を浮かべながら、その理由を話してくれた。


「私は、母子家庭で母は夜勤の仕事についているので、夜は殆ど1人なんです。だから、昔からコンロなんかの火を使うのは危ないって言われてて……」


 一応、僕も似たような環境ではあるものの、そんなことを言われたことはない。


 まぁ、使っているのは殆ど僕とは違ってしっかり者の妹なので、同じように考えてはいけないような気もする。


 しかし、そうなると鷹宮さんはお母さんの言いつけを破ってまで、僕のお弁当を準備してくれたのだろうか?


 そんな疑問が湧いてきたところで、鷹宮さんは話の続きを語ってくれた。


「ただ、昨日、母親にコンロを使ってもいいかと連絡をしたら『いつの話をしてるのよ。もう高校生なんだから、心配してないわよ(笑)』って連絡が来ました……」


「な、なるほど……」


 つまり、母親にとっては、おそらく、まだ鷹宮さんが小さい頃の時に言ったことだったんだろう。


 しかし、それを今の年齢までしっかり守っていたという話は、鷹宮さんらしいといえば、鷹宮さんらしいエピソードだと思った。


「……笑ってます?」


「わ、笑ってないよ?」


 正直にいえば、結構笑いそうになったのを堪えていた。


 しかし、鷹宮さんがそんな僕をそれ以上追求することはなかった。


 ただ、いつの間にか、鷹宮さんとは自然に会話ができていることに気付く。


 最初は少し緊張していたけど、今はスムーズに言葉も出てくるし、鷹宮さんの態度もどことなく柔らかいような感じがする。


 だが、鷹宮さんが窓のほうへと視線を向けた途端、曇った表情でぼそりと呟いた。


「私は、少し真面目すぎるのでしょうか……」


「えっ?」


 思わず、問い返すような返事をしてしまったのだが……。


「……いえ、なんでもありません」


 そう告げると同時に、タイミングよく、お昼休みの予鈴のチャイムがなった。


「では、そろそろ教室へ戻りましょうか」


 そして、僕が食べ終わったお弁当も回収した鷹宮さんは、その後も何事もなかったかのように教室を後にした。


 一応、僕たちが一緒にいたことを怪しまれないように、一定の距離を保って、鷹宮さんと自分たちの教室へ戻って行ったのだが、そこでふと、あることに気付いた。


 廊下を歩いている鷹宮さんを見ると、他の生徒たちが皆、強張ったような表情をするのだ。


 もちろん、鷹宮さんは学校内でも有名人だし、ワッペンとして付けている『風紀委員』という役職上、みんなが警戒してしまうのは仕方のないことだとは思う。


 だけど、僕にはそれがなんだか、まるでみんなが腫れもの扱いをしているような気がして、ちょっとだけ胸が痛んだ。


 その胸の痛みの正体がなんなのか、このときはまだ、僕自身でさえ、気づいていない感情だったのかもしれない。

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