第4話 風紀委員の鷹宮さんは、風紀の乱れを許さない③


「そういえば、先輩から漫画を没収した風紀委員って誰なんですか?」


 廊下を歩きながら、三枝さえぐさが僕にそう質問をしてくる。


 僕は知らなかったのだが、各委員会の会議室は僕たちが同好会で使っている教室とは別棟の建物にあるらしい。


 なので、目的地まで向かう多少の時間、僕と三枝は雑談のようなものを交わしていた。


「誰って、同じクラスの鷹宮たかみやさんだけど……」


 と、三枝には伝えたものの「誰ですか、それ?」と問い返されると思っていたのだが「あー、あの人ですか」という返事が返ってきた。


「三枝、鷹宮さんのこと知ってるの?」


「そりゃあ知ってますよ。入学したての1年の間でも有名人ですから。上級生に頭の固い人がいるって」


 そうだったのか。


 同じ学年や上級生には鷹宮さんのことは有名だったけれど、後輩たちにまで知れ渡っていたらしい。


「というか、アタシも服装とかよく注意されてますしね。だらしないだの、スカートが短いだの、あんたはアタシのお母さんか、って感じです」


「いや、それは仕方ないんじゃないかな……」


 そう呟く三枝の姿を、僕はもう一度じっくりと眺めるけれど、もし、今のままの姿だったら彼女の役職を考えると注意して当然だと思う。


「なんですか? 先輩はあの頭でっかちの女の味方をするんですか?」


「いや、そういうわけじゃないけど……」


「だったらなんなんですか? あーあ、やっぱり先輩って、ああいう清楚系の女のほうが好みなんですねっ!」


 何故か不機嫌になってしまった三枝だったが、何がいけなかったのだろうか?


 しかし、勢いで付いてきてしまったものの、これで良かったのかと不安になってくる。



 ――先輩。こうなったら、直談判で漫画を返してもらいますよ!



 そう意気込んだ三枝は、直接、風紀委員会へ乗り込むと言い出したのだ。


 三枝の性格上、言ったことは必ず実行する人間なので、僕は初めから説得を諦め、せめて問題にならないようにと同行することになった。


 しかし、三枝は既に鷹宮さんとひと悶着あったようなので、ますます不安になってきてしまう。


「三枝、あまり無茶なことはしないようにね」


「大丈夫ですって。最悪、先輩が泣きながら漫画を返してくださいっていえば、相手もドン引きして返してくれるんじゃないですか?」


「いや、なんで僕が泣きながら謝る前提なの?」


 しかも、クラスメイトから引かれるくらいの醜態を晒すなんて絶対に嫌なんだけど。


「先輩なら絶対できますって。自分を信じてください」


「そんなことで自分を信じたくないんだけど……」


「いいですか、先輩。男が泣いちゃ駄目だとか、そういう古臭い考えは捨てましょう。悲しいことがあったら、先輩だって泣いていいんですよ。アタシが鼻で笑ってあげますから」


 結局、笑われてるじゃないか。


 これ以上、先輩の威厳を失わない為にも、三枝の前では絶対に泣かないと誓う僕だった。


「あっ、着きましたね」


 そして、三枝との会話に夢中になっていたからなのか、あっという間に目的地の風紀委員会の会議室に到着してしまった。


 まぁ、ここまで来てしまったのなら仕方がない。


 漫画を返してもらうことが目的というよりは、三枝が納得するまで好きなようにやらせてあげよう。


 というか、そもそも鷹宮さんがこの会議室にいるのかどうかだって……。


「おりゃあああああっ!! 出てこい、風紀委員共ッ!! このアタシが全員ぶちのめしてやらあああああっ!!」


「なんでっ!?」


 僕が暢気にしていると、あろうことか三枝は大声を上げながらドアを勢いよく開いてしまった。


 さすがにドアを蹴り飛ばす、なんてことはなかったけど、衝撃でいえばそれくらいはやっていても可笑しくないんじゃないかと思うくらいの奇想天外な訪問だった。


 これじゃあ、中にいるであろう風紀委員の皆さんも、さぞ驚かれたことだろうと思ったのだが……。


「な、な…………!?」


 幸か不幸か、そこにいたのは1人の女子生徒だけだった。


 それも、僕がよく知っている人物で、本来ならここにいてくれたことを喜ぶべき相手だったかもしれない。


 長い黒髪に、スラリとした細い身体。


 だが、彼女の特徴である鋭い目つきはなく、動揺で完全に目を丸くしてしまっていた。


「ふ、藤野ふじの……くん!?」


 風紀委員でクラスメイトでもある鷹宮たかみやしずくさんは、その動揺が浮かんだ眼差しは、僕を捉える。


 こんなに慌てた顔を見せる鷹宮さんを見たのは、僕にとっても初めての経験だった。


 そして、鷹宮さんはまだ冷静さを取り戻せていないのか、完全に僕のほうを見ながら膠着してしまっている。


「た、鷹宮さん! ごめん! 驚かせるつもりなんてなくて、僕たちは、その……」


 まぁ、誰がどう見ても、僕が後輩を連れて来て風紀委員に押し入りしたような状況なので、少し僕自身がテンパってしまってはいるものの、何とか事情を話そうとしたのだが……。


「……えっ?」


 僕は、固まってしまったままの鷹宮さんの手に注目する。


 風紀委員の会議室は、僕たちが使っている教室なんかよりも2回り分は大きいものの、資料が置かれているラックなどがある以外は長椅子やパイプ椅子が置かれていて、それほど見栄えに変わりはない。


 そして、そのパイプ椅子に座っていた鷹宮さんの前には、今朝、僕も見たであろうカゴが長机の前に置かれていた。


 きっと、あの中に鷹宮さんが没収した生徒たちの荷物がまだあるのだろう。


 ただ、それよりも気になるのは。




 ――鷹宮さんの手元は、『エンロマ』の漫画を開いているところで。


 ――まるで、つい先ほどまで、その漫画を読んでいたような体勢になっていることだった。


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