第3話 風紀委員の鷹宮さんは、風紀の乱れを許さない②


 さて、これから話を進めていくことに対して、一応の補足と言うか、軽く僕の自己紹介をしておこうと思う。


 僕、藤野ふじのりつは、どこにでもいるただの高校生だ。


 こんな語りを始めてしまうと、まるでユー〇ューブでよく流れてくる広告漫画のようだが、実際にそうなので仕方がない。


 特徴がないのが特徴で、個性がないのが個性。


 昔から、誰かと一緒に遊ぶよりは、1人で大好きな漫画やアニメを見るのが好きな子だった。


 なので、そのジャンルが徐々にゲームやライトノベルにまで広がるのも必然で、中学2年の頃には、立派なオタクとなっていたのである。


 そして僕は高校生に進学すると同時に、自ら行動を起こすようになった。


 それが、WEBサイトで自作のシナリオをアップすることだった。


 元々、お話が好きということもあって、たまたまWEBサイトで見つけたゲームシナリオを応募するコンテストがあったので挑戦してみたものの、当然といえば当然で、見事に落選の印を押されてしまった。


 ただ、その作品をキッカケに、僕はある人物と知り合いになることができたりと、まるっきし無駄な結果に終わったというわけではなかった。


「…………はぁ」


 そして、放課後、僕は肩を落としながら、その人物が待っているであろう教室へ向かう。


 結局、今日1日、僕は鷹宮たかみやさんが望んでいるであろう、品行方正な生徒に徹していたのだが、お許しの言葉が出るどころか、声を掛けられることもなく彼女は授業が終わると、そそくさと教室から出て行ってしまった。


 まぁ、1日様子を見ただけで改心したと思われるほうが、甘い考えだったかもしれない。


 そんな足取りが重たいまま、いつのまにか目的の教室前へとたどり着く。


 ドアの上に掛けられたプレートには、丸文字で『文化研究同好会』という名前が貼られている。


 そのプレートが真新しいのは当然で、今年の4月から発足して、まだ1ヶ月も経過していない同好会なのだ。



 何故、そんな同好会に僕が所属しているのか。


 はたまた、その同好会でコミュ症の僕が何故会長なんて大任をやっているのかなどの説明は、機会があれば順を追って説明しようと思う。


 ただ、申し訳ないけど、その前にどうしてもやらなくてはいけないミッションがあるのだ。


「すぅ…………よし!」


 僕は、これから起こるであろう展開に覚悟を決めて、目の前のドアを開いた。


 教室の中は、古びた長机がコの字型に配列されて、その正面には持ち込まれたデスクトップ型パソコンが1台置かれている。



「♪~♪♪~」



 そして、並べられたパイプ椅子にはご機嫌な様子で鼻歌を歌いながらスマホを弄る女子生徒がいた。


「♪~~、あっ! センパ~イ!」


 すると、僕が入ってきたことに気付いたのか、彼女は満面の笑みで椅子から立ち上がってこちらにやって来る。


「もうっ、遅いじゃないですかぁ先輩。アタシ、ずっと待ってたんですから~」


 ニコッ、とほほ笑むと、彼女の特徴的な八重歯が顔をのぞかせる。


 ただ、彼女の容姿の特徴はそれだけではなく、何よりも目を引くのは金色に輝くブロンドヘアだろう。


 それを両サイドで結わえており、活発な女子生徒であることを印象付ける。


 ただ、学校指定のカッターシャツは胸元のリボンが緩くなっており、どうしてか、いつも短いスカートの腰には、体操服の上着が縛られている。


 そんな彼女の名前は、三枝さえぐさアリス。


 僕を『先輩』と呼ぶことからお察しと通り、僕の後輩だ。


 そして、この『文化研究同好会』に、僕を除けば唯一所属している生徒であり、その同好会が発足されることになったキッカケを作った張本人なのだが、それはまた、別の機会に話すことができれば話そうと思う。


 とにかく、三枝はこんな僕にも気軽に話しかけてくれるような貴重な存在なのだ。


 きっと、傍から見れば、もはや都市伝説となっている『オタクに優しいギャル』を見事に具現化しているともいえる。


「あれ? どうしましたか、先輩? あっ、もしかして~、久々に生で見た可愛いアタシの姿に興奮しちゃいました?」


「そ、そんな訳ないだろ!? 変なこと言うなよ……」


「ええ~、ホントですかぁ?」


 すると、彼女はまた僕をからかうように顔を近づけてくる。


 その目つきは、明らかに僕をからかうことを楽しんでいる表情だった。


 からかわれているとは分かってはいるものの、やはり女の子に距離を詰められると、平常心を失ってしまう。


 このままだと、またいつものように彼女に弄ばれる展開が待っているのだが……。


「ま、今日は先輩で遊ぶのはこれくらいにしておきます」


 彼女は、あっさりと僕から距離を取り、両手を前に出しながら告げる。


「さあ、約束通り、『エンロマ』の最新刊、貸してください♪」


 ニコニコと、それこそ天使のような笑顔を三枝は僕に向けてくる。


 もう、この時点でお察しな方は沢山いるだろうが、念のために説明しておくと。


 三枝のいう『エンロマ』というのは、僕が朝の校門前で没収された漫画、『エンジェルロマンス』の略称で、ファンたちの間でそう呼ばれることが多い。


 そして、漫画好きの彼女も『エンロマ』のファンらしく、週末に僕が「『エンロマ』の最新刊、最高でした」というツイートをすると、なぜか三枝からL〇NEで「先輩『エンロマ』好きだったんすね~。じゃあ、週明けアタシも読みたいんで、学校に持って来てください~」と、半ば強制的に約束させられたのだ。


 つまり、僕が学校の高速を破ってまで漫画を持ってきた理由は、後輩である三枝のお願いを聞いてあげる為だったのだ。


 だが、さっきも言ったように、残念ながらもう僕の手元に『エンロマ』の新刊は存在していない。


「ん? どうしたんですか、先輩? 勿体ぶらないで出してくださいよ~」


「い、いやあ……」


 一方、何も知らない三枝は、期待を込めた瞳で僕を見てくる。


 だが、こうなってしまったら、はっきり言うしかない。


「ごめん……。今、持ってないんだ」


「…………は?」


 その瞬間、三枝の顔から笑みが消えた。


「えっ? ちょっと先輩。今、なんつったですか?」


 もはや、敬語かどうかすら怪しい口調で話しかけてくる彼女は、ジト目どころか完全にキレてしまった人のような顔で僕に質問を投げかける。


「アタシ、言いましたよね? 漫画持って来てくださいって。先輩って、人との約束も守れないクズ野郎だったんですか?」


 黒いオーラを放ちながら、三枝は黒く濁った眼をこちらに向ける。


『オタクに優しいギャル』というキャラクターで登場したはずなのに、そのアイデンティティはすっかり崩壊してしまっていた。


「違うんだよ、三枝! じ、実は……」


 オタクに厳しいどころか、オタクに罵声を浴びせるギャルへとジョブチェンジさせるわけにもいかないので、僕は三枝の怒りメーターがこれ以上溜まらないように事情を説明した。




「……なるほど。一応、事情は理解できました」


 きちんと話を聞いてくれた三枝は、全部納得した上で、僕にこう言った。


「先輩って、本当に馬鹿ですね」


 全然毒舌キャラが修正されていなかった。


「そんなの、適当に嘘を吐けば良かったじゃないですか。同好会で必要な資料だとか、いくらでも言い訳はできたはずですよね?」


 全く、なんの為に同好会を発足したと思ってるんですか? と愚痴をこぼす三枝。


「あーあ、アタシの王国を作ったはずなのに、王様がしっかりしてくれないと国民が困るんですけど」


「いや、王様って……そもそも、この同好会は三枝が寛ぐために作ったわけじゃないだろ。僕たちは……」


「あー、待ってください。それ以上言われると、『あの問題』も先輩に文句を言いたくなってしまうので、黙ってて下さい」


 うっ。フォローに回ろうとしたのに、藪蛇になってしまった。


 確かに、僕も『あの問題』に触れられると心が痛いので、出来れば話を深堀させたくはない。


「ともかく……『エンロマ』のことはごめん、三枝」


 三枝には色々と文句を言われたし、頼まれたこと自体が校則違反であることは確かなのだが、せっかく楽しみにしていた漫画が読めないという気持ちは、僕にだって理解できる。


「……あー、もう。そんなマジな顔で謝れると、こっちもやりにくいじゃないですかぁ」


 やれやれ、と首を振る三枝。


 そのせいで、結っているブロンドヘアがぴょこぴょこと動くのが可愛らしかったが、また余計なことを言って機嫌を損ねられても困るので、何も言わないで黙っておく。


「まぁ、分かりました」


 ため息を吐きながら、三枝は僕から離れていく。


 申し訳ないことをしたが、鷹宮さんは僕がちゃんと真面目に学園生活に勤しんでいたら漫画も返してくれると言ってくれていたので、数日すれば手元に戻ってくるだろうし、その時が来たら、ちゃんと三枝にも貸してあげよう。


 何より、『エンロマ』を読んだ三枝と話をするのが、僕は密かに楽しみだったりする。


 オタクというのは、自分の好きなものを一緒に共有して、話し合うのが好きな生き物なのだから。


「ちょっと。何ニヤけてるんですか先輩。そんな顔で外歩いてると警察に通報されますよ」


「警察って……」


 そんなことで国家権力が動かないだろ、と言いたいところだが、最近は物騒なので、なくはないと思ってしまうのが悲しい。


「……ん? 三枝、どこに行くんだ?」


 三枝の酷い悪態に辟易していると、彼女がさっきまで座っていたパイプ椅子に腰を下ろさず、僕が入ってきたドアまで歩を進めていることに気がついた。


「いや、どこって、決まってるじゃないですか」


 すると、彼女は眉をへの字に曲げたまま、面倒くさそうに呟く。



「没収されたなら、この手で取り返すまでですよ」


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