Chapter1
第2話 風紀委員の鷹宮さんは、風紀の乱れを許さない①
これは、冴えない学生生活を送る僕に、突如訪れた危機だった。
「なんですか、これは?」
朝の正門前。
いつも通り、土日の休み明けの生徒たちが通っていく中、僕は1人の女子生徒の前で俯いたまま背中を丸めて立っていた。
しかし、そんな僕の態度とは裏腹に、彼女は鋭い視線を向けたままだった。
艶のある長い黒髪に、スラリとした細い身体。
誰もが振り返るようなプロポーションを持つ彼女だったが、僕は今、全く違う理由で彼女の姿を見ることができない。
そんな彼女が、もう一度口を開く。
「聞こえませんでしたか? これはなんですか? と、私はあなたに問いかけているんですよ?」
とても丁寧な口調にも関わらず、その声からは優しさなんてものは微塵も感じられない。
何より、二の腕を組み、こちらを見つめる彼女の瞳は、研ぎ澄まされたナイフのように鋭かった。
そのせいで、僕はその威圧感に圧倒されるように、生唾を飲み込んだ。
それでも、僕はなんとか、口を開いた。
「えっと……漫画……です……」
「…………はぁ」
ようやく、僕がそう答えると彼女は大きなため息と共に、僕の鞄から取り出した漫画を一瞥する。
「こんなこと、わざわざ言う必要はないかと思いますが、こういったものを校内に持ち込むことは禁止されています」
「す、すみません……」
「……それも、こんなはしたない絵が描かれたものを学校に持ってくるなんて、信じられません」
そう言われた瞬間、僕は全身の汗が吹き出しそうになった。
もちろん、まだGWを終えたばかりの季節なので、体温が急上昇したのは気温のせいではない。
その漫画には、少し露出度の高い服を着て、背中から翼が生えている金髪の女の子のイラストが載っていたからだ。
まぁ、言葉を濁さず言ってしまうと、かなりエッチなイラストだ。
この反応を見る限り、きっと彼女はそういう絵に耐性がないのだろう。
でも、僕だってオタクではあるが、改めて人前でこうして自分の趣味を露呈されてしまうと、恥ずかしさでこの場から逃げ出したい気持ちになってしまう。
それも、同じクラスの女の子相手となると尚更で、彼女のことは、きっと同じ学年の生徒なら、誰でも知っているだろう。
僕と同じ、2年A組に所属する彼女。
名前は、
そして、彼女が所属している委員会こそ、学園の風紀を取り締まる風紀委員会だ。
「うわぁー。あれって、鷹宮さんでしょ? なに、朝から持ち物検査?」
「いや、なんかあいつだけ呼び止められたらしいぜ。そんで、なんか没収されてるっぽい」
「あらら、ってことは、今日の『ホークアイ』も絶好調じゃん。ウチのクラスの男子もさ、あの人にゲーム機とか持って来てんのバレて没収されたって……」
僕の後ろで、丁寧に今の状況を説明してくれる生徒がいたのだが、その会話が急にピタリと止まった。
理由は明白で、彼女の目線が僕の後ろへと向かっていたからだった。
そして、その鋭い視線は、一部の生徒たちの間では『ホークアイ』なんて揶揄されている。
「ね、ねえ、もう行こ。鷹宮さんと関わると、本当にロクなことがないんだって」
そんな声が聞こえると、そそくさとその生徒たちは校舎へと向かってしまう。
先ほどの生徒がいうように、鷹宮さんの風紀委員としての取り締まりは、かなり厳しいことで有名だ。
服装の乱れの注意などは日常茶飯事で、校則違反をしている生徒ならば、たとえ相手が上級生であろうと一歩も引かないとのこと。
そして、そういう噂はどんどんと広がっていき、風紀委員としての鷹宮さんは、今や学校の有名人となってしまったのだった。
「この私物は風紀委員として没収させて頂きます。構いませんね?」
質問形式にはなっているが、僕に拒否権はない。
それは相手も分かっているようで、おそらく僕以外の生徒からも集めたであろう没収品が納められたカゴの中に、僕の持ってきた漫画『エンジェルロマンス』を押収される。
心なしか、表紙を飾るヒロインのミカちゃんが悲しそうな目でこちらを見ているような気がした。
「では、これからは聖堂院学園の風紀を乱さないような行動を心がけてください」
そして、僕とのやり取りを終えた鷹宮さんは、また鋭い目つきで歩いていく生徒たちに向ける。
「あ……あの……」
しかし、僕にはどうしても聞いておきたいことがあった。
「……なんですか?」
「えっと……僕の漫画って……返してもらえるん……です、よね?」
途中で言葉に詰まったのは、鷹宮さんの眉間に、ほんの一瞬だけ皺が寄ったようにみえたからだ。
「ええ。あなたの今後の生活態度に問題がないと判断をすれば返却しますよ、
「…………えっ?」
「どうかしましたしたか? 私は、特に何かおかしなことは言っていないと思いますが?」
腕を組みながら、不満そうにそう呟いた彼女だったが、僕が驚いたところは、そこではない。
「鷹宮さん……僕の名前、知ってるの?」
「当然じゃないですか。クラスメイトなのですから」
僕の質問に、鷹宮さんはあっさりとそう答える。
「なので、これからはより厳しく、あなたのことを観察させて頂きます」
そう言って、鷹宮さんは僕に釘を刺すような一言を残すと、そのまま校門から入って来る生徒たちのほうへと意識を移動させた。
結局、僕は邪魔にならないように教室へと向かっていく。
多分、これが僕と鷹宮さんの、初めての会話で――。
そして、鷹宮さんにとっては、これが悪夢の始まるキッカケとなる出来事だったに違いない。
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