第37話 澪珠の旅立ち

 広間での婚礼の儀と皆との別れの挨拶を終え、いよいよ、武尊と澪珠の出発の時が来た。蒼き水と空の国、蒼天を発ち、乾いた土の国、白鹿へ旅立つのだ。王府の前には馬車が付けられ澪珠が乗り込むと、伴修将軍は護衛の配置に付いた。


 出立の合図が鳴り、花火が上がり、澪珠の輿入れの一行はゆっくりと動き始めた。少しずつ、ゆっくりと蒼天王府から遠ざかってゆく。


「行ってしまいますね。泰様。」

「あぁ、行ってしまうね。」


泰極王は、七杏妃を優しく抱き寄せ澪珠の輿入れを見送った。獅火も紫雲と手を繋ぎ、姉の一行を見送った。




 蒼天の西の国境である西門まで来ると、伴修将軍は澪珠と武尊に別れの挨拶をし見送る事となった。この西門をくぐれば、その先は陽沈砂漠。そして、白鹿の国土となる。陽沈砂漠は、どちらの国にも属さぬ中立の禁領地だが、より砂漠に明るい白鹿の護衛が引き継ぐことになっていた。


 ここからは、蒼天の者は限られた澪珠の侍従のみ。さすがの澪珠も、少し寂しさを感じ心細くなっている。周りには何もなく、ただ砂の荒れ野が続く。この見慣れぬ乾いた風と砂の光景が、余計にもの悲しさを際立たせている。


「澪珠、心配いらないよ。俺がいる。二人はずっと一緒だ。それに、君の侍従もいる。大丈夫。」


寂しげな様子の澪珠を気遣い、武尊が馬を下り声をかけた。


「はい。武尊様。そのお言葉を信じます。今は少しだけ・・・ 見慣れぬ景色に寂しくなっただけ。これから武尊様と二人の道を歩まなければ。その希望の灯火は、しっかりと澪珠の胸にございます。」

澪珠は、微笑んで見せた。



 輿入れの一行が無事に陽沈砂漠を抜け、白鹿の入口に在る紅號村に差し掛かった。村の外れ、浜辺からは遠い内陸に在る広い道を一行は進んで行く。既に広道には、蒼天からの輿入れの一行を見ようと村の民が詰めかけている。その人垣の中に武尊は、兄貴を見つけた。


「兄貴・・・ 善かった。見に来ていたんだね。文を用意してきてよかった。」

武尊は、懐かしさから兄貴に向かって微笑み軽く頭を下げた。


「えっ? 武尊? いや、まさか・・・ 他人のそら似か・・・」

兄貴の方も遠目に、先導の馬上に武尊を見つけ驚いている。


 武尊は馬を下り、侍従と馬車の中に向かって何かを話している。すると馬車の御簾が上り、内から紅い面紗の澪珠が、兄貴に向かって頭を下げた。兄貴はさらに驚き動けなくなってしまった。じっと固まっている兄貴の元へ、武尊の侍従がやって来た。


「そなたが、紅號村の兄貴と呼ばれる者か?」

「はっ、はい。それは私でございます。」

身を震わせながら兄貴は答えた。


「はっ。皇太子殿下から、文と賜り物がございます。私共が家までお届けに参りますが・・・」

「あっ、いや。文を・・・ なぜ、皇太子殿下が私に御品物を?」

侍従は文を手渡し、兄貴の返答を待った。兄貴は震える手で、受け取った文をゆっくり開く。



【 兄貴。ご無沙汰しております。その節は紅號村で、大変お世話になりました。あの時、天紅砂丸を教えてくれてありがとう。兄貴と紅號村の皆のお陰で、たくさんの白鹿の民を救う助けが出来ました。

 そうそう。紅號村にいた剣も今は仏門名を頂き、剣芯になって天民様と蒼天国で元気にしております。


 兄貴に一つ頼みがあります。私の大事な最愛の皇太子妃、澪珠に護り刀を作ってはくれないだろうか。必要な材料は、届けた金子を使って揃えてください。そして出来上がったら、金樹の都の王府まで届けてください。よろしく頼みます。兄貴、どうかそれまでお元気で。これまでの兄貴との出逢いに感謝致します。     

                            水鏡の友 武尊より】



文には、懐かしい水鏡の文字が並んでいた。


「武尊・・・ あの武尊なのか・・・? 水鏡の友・・・ そうか。そうだったのか。

 だからあの時、蒼天からも天紅砂丸が届いたのか。ありがとう武尊。あぁ、作ってやるさ。紅號村の技術で最高の護り刀を。お前の大事な人の為に。待っていろ。武尊・・・」


兄貴は文を抱きしめながら、その場に泣き崩れた。


 兄貴はこの時初めて、水鏡の‘時’の秘密を知った。とめどなく流れる涙と共に、感謝の熱い想いが兄貴の胸に広がった。

 武尊は、馬上から兄貴の姿を見た。文を手にその場で泣き崩れている兄貴の元へ、すぐにでも駆け寄りたい気持ちをぐっと堪え、再び一行を前に進めた。


「いつか護り刀が出来た時、兄貴はあの衣を着て王府へ来てくれる。その再会の時を楽しみに待っているよ。兄貴。

 きっと兄貴には、あの白き衣が似合うはずだ。美しき刀剣のように大きな銀色に輝く三日月の衣が。そして俺は、兄貴に会ったあの秋の日の彩りを忘れないよ。頼んだよ、兄貴。」


武尊は、まっすぐに前を見つめながら馬上で呟いた。


「お付きの方、皇太子殿下よりの御品物、心より感謝致し有り難く頂戴致します。お約束の御品も、村を挙げ誠心誠意作り上げお届けに参りますと皇太子殿下にお伝えください。」

兄貴はかろうじて顔を上げ、侍従に約束した。


 だが、まだ泣き止まぬ兄貴を武尊の侍従は支え、御品物と共に家へと送った。

 兄貴の家には、武尊から贈られた金子や酒、衣などが並んだ。それに、蒼天産の天紅砂丸も。



 兄貴は受け取った金子で最高の材料を揃え、皇太子妃の護り刀を作った。刀剣の村、紅號村の仲間の力を結集して。そして、その刀と対になる武尊の為の護り刀も一緒に作った。紅號村の誠意を込めて。

 


 二つの護り刀は、輿入れの一行が紅號村を通り過ぎてから半年の歳月をかけて完成した。

 武尊から贈られた上等の衣を着た兄貴が、金樹の都の王府を目指し鮮やかな紅葉の道を歩いてゆく。武尊と出逢ったあの日のような鮮やかな秋の中を、自ら護り刀を届けるために。鮮やかな紅葉の山道を、白き衣の背に銀色の刀剣のような三日月を背負った兄貴が金樹の都の王府へと進んでゆく。それはあの日、武尊が呟いた光景のままだった。












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