第31話 東風節の願い

 春の光の中を膨らみを帯びた東風が吹いた。東風節に相応しい夕暮れである。

 泰極王と七杏妃は、獅火を連れて東風節で賑わう街へ出た。約束通り、澪珠と武尊を見守る役目を兼ねて。お供の静月と陽平も、懐かしさに浮足だっている。獅火が真っ先に飛びついたのは、紅く艶やかに輝く梅糖だった。


「母上。あれ食べたい。梅糖が欲しい。」

「そうねぇ。東風節と云えば、梅糖ですものね。では、今日は特別よ。」

「杏、久しぶりに私も食べたい。私にも一本買ってくれ。」

「まぁ、泰様も?」


泰極王は、獅火の横でにこにこと子供のように頷いている。


「わぁ。父上、一緒に食べよう。ねぇ、母上、いいでしょう。買って!」

「もう、二人とも・・・」

並んだ父子は、同じ笑顔で母にねだっている。


「杏も、私と一緒に食べよう。昔のように。」

「うぅ・・・ん、そうね。懐かしいし、いいわ。そうしましょう。」


七杏は獅火の手を引いて店の前に来ると、獅火は目を輝かせて一番大きそうな串を指差した。


「母上、あれがいい。あの大きいのがいい。」

「おぉ、坊ちゃん。お目が高い。これは一番大きな梅の実を三つ選んで付けた、大当りの串なんだよ。すごいなぁ。じゃぁ、特別にこれをあげよう。気を付けて食べるんだよ。」

店の店主は、その大きな梅の実の串を獅火に渡してくれた。


「おじさん、ありがとう。」

獅火は特別な串を手に、満面の笑みでいる。


「まぁ、ありがとうございます。それと、もう一本ください。」

店主はにこにこと、梅の実の大きそうな串を七杏妃に選んでくれた。


「おぉ、これも大きな梅の実が付いているぞ。獅火に負けないくらい大きな実だぞ。」

梅糖を受け取った泰極王は、獅火の串に近付け比べている。


「父上、僕の方が大きいよ。だって、一番の大当たりだって言ってたもん。」

獅火が負けじと自分の串を見せた。

「泰様まで、子どもみたい。」

七杏妃は苦笑いしながら店を離れた。



 静月と陽平に見守られ先を行く武尊と澪珠は、まっすぐに梅花天燈メイフォアティエンドンの店へと向かっていた。

 これから離れ離れになる二人にとっては、今の幸せと二人の未来が続くことを天に願うことが大事だった。心の中は、二人の情絲が固く結ばれ、五年の月日を無事に越えられる事を願うばかり。


 泰極王と七杏妃も、梅糖の甘酸っぱさを久しぶりに味わいながら彼らの後を追う。



 若き二人に追いついた頃には、武尊と澪珠は紅梅天燈フォンメイティエンドンを手にしていた。紅く丸い天燈に、二人の名を書き入れている。


「ねぇ、泰様。あの二人を見ていると、昔を想い出しますわ。」

「あぁ。私も今、想い出していたところだ。君が蒼天に戻って来て婚礼を終え、最初の東風節で、初めて二人で紅梅天燈にああして名を入れ飛ばしたね。その時も静月と陽平が、今日のように見守ってくれていた。」


「えぇ、そうでしたね。私はその前の年、初めて静月と陽平に東風節の街に連れて来てもらったの。その時初めて、梅花天燈も梅糖も知ったの。それで、静月と陽平が二人で紅梅天燈を飛ばすのを見て、素敵だなぁ。と思ったわ。私もいつか、誰かと飛ばす日が来るのかしら? そう帰り道に梅糖を食べながら、ぼんやり考えていたのよ。」

「ほう。そうしたら次の東風節には、叶った。私と紅梅天燈を飛ばし、三世の縁を願った。」

「えぇ、叶うまであっという間でしたわ。あの時も今も、とても幸せ。」

「あぁ。私も幸せだ。誠に有り難き事だ。」


二人は、一つの梅糖を食べながら微笑み合った。



「さぁ、さぁ。三世の縁を願う者は紅梅を。良縁を願う者は白梅を。東風節に天燈を飛ばせば、諸願成就。いかがですかー。」


天燈屋の者が、道行く人々に声をかけている。


「ねぇ、父上。三世の縁って何?」

獅火が、梅糖を舐めながら聞く。


「んっ? 三世の縁か? それはなぁ、前世と今世と来世に続く二人のご縁の事だ。」

「ふーん。それは大事なの?」

「そうねぇ。その人が大好きで、来世でもまた巡り逢って一緒に居たいと想うくらい好き同士だったら、とても大事なことだと母は思うわ。」


「そうだね。僕もそう思う。父上と母上は、大好き同士だから三世の縁を願うよね。そうしたら僕はまた、来世も父上と母上の子どもに生まれたい。」


「おぉ、獅火。それは善い。父と母も、またお前が来てくれるのを待っているぞ。」

「うん。じゃぁ、早く。父上と母上も紅いの飛ばしてよ。」

「あぁ。分かった。飛ばしに行こう。」


泰極王は獅火の手を引き、二人で梅糖を食べながら天燈屋へ歩いて行った。七杏は、二人のそっくりな後ろ姿を見つめながら涙ぐみ、今の幸せを抱きしめた。


「母上、早く来てよ。」


獅火が振り返り、七杏を呼ぶ。泰極王も振り返り、梅糖を振り上げ呼んでいる。七杏は微笑み返し手を振ると、二人を追いかけた。




 天燈屋では、若き二人が名を入れ終え天燈を飛ばそうとしていた。


「父上と母上も、飛ばすのですか?」

「あぁ、私たちも三世の縁を願うからね。」


泰極王は、澪珠の肩に手を置いた。澪珠と武尊は、顔を見合わせはにかんでいる。


「それでね。来世でまた、僕は父上と母上の子どもになるんだよ。」

獅火が誇らしげに笑っている。


「そうか。獅火は、また父上と母上の子になるのか。いいなぁ。梅糖は美味いか?」

武尊はかがんで聞いた。


「そうだよ。いいでしょう。武尊兄ちゃん、梅糖、一個だけ食べていいよ。」


獅火は嬉しそうに梅糖の串を突き出した。武尊は、獅火の串から梅の実を一つ食べた。



 すでに名を入れ、紅梅天燈を手にしている静月と陽平も、目の前の情景に目を細めている。


「さぁ。お嬢様も早く名入れを。せっかくですから、皆で一緒に飛ばしましょう。」

静月が微笑んで七杏妃を促す。


「僕も、僕もみんなと一緒に飛ばしたい。」


獅火も同じ事をしたがったので、白梅天燈バイメイティエンドンに陽平が名入れを手伝ってやり、四つの天燈を東風節の空に一緒に飛ばした。紅白の天燈がゆっくりと空高く上がってゆく。


 〈花開き、喜び咲く春となれ〉


 泰極王は、心の中で呟いた。



 それぞれの願いを乗せた紅白の梅花天燈は空高く上がり、やがて見えなくなった。東風節が終わる。明日からは、春が始まる。

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