第29話  一年の学び

 春爛漫の蒼天へ武尊が白鹿から戻って来て四季が巡り、今、また春が来ようとしている。この一年、一番の目的である治水事業についてを移り変わる四季ごとの水の動きと共に学んだ。

 学びの合間には、泰極王と釣りに出かけたり、馬で駆け温泉で汗を流すこともあった。それらを通して、泰極王から国政や王としての心の在り方までを武尊は教わった。


 もちろん、時間が許す限り、泰極王と七杏妃の許す限り澪珠との時間を過ごした。かつて泰極王と七杏妃がそうであったように、蒼天の美しい四季の中で執り行われる様々な行事を通し、武尊と澪珠も日毎に互いを知り理解し、想いを寄せ合っていった。


 端午節では、蒼天の菓子を食べ。七夕節には、青星川に紙舟を流し。重陽節には、菊花茶を飲み月を愛で語った。やがて衣の重ねが増し年が明け、大寒の頃を迎えて。一年の月日とは、こんなに短いものかと武尊は初めて思った。


 〈そろそろ白鹿へ戻る事を考えなければならない〉

武尊はそう心に思いつつ、澪珠との残された時を惜しんでいた。



「武尊様。もうすぐ白鹿へ戻られるのですね。」

「あぁ、澪珠。戻らねばならない。蒼天で学ばせて頂いた治水の知恵を持ち帰り、乾いた土の国である白鹿の暮らしに、水の豊かさをもたらさねばならぬ。」

「えぇ、その為の蒼天での学びですものね。仕方のない事です。私がもっと成長していたら善かったのに。今すぐにでも、一緒に白鹿へ行ける歳であったなら善かったのに・・・」


澪珠は、泣き出しそうな顔をしている。


「仕方ないさ。私は時が来るのを待つよ。澪珠が、今よりももっと美しく強い姫になって、我が白鹿へ嫁いでくれる日の事を。」

武尊が笑顔を見せた。


「うん。でもそれには、少なくてもあと四年。父上のお考えによっては五年、六年先かもしれません。」

澪珠は、寂しそうにうつむいてしまった。


「あぁ、そうかもしれぬな。だが、私は決めたのだ。我が白鹿の王妃は、澪珠しかいないと。だから、待つ。泰極王が善いと言うまで。」

「武尊様。私は、そんなに長く待ちたくありません。」


「はははっ。澪珠、気持ちは嬉しいが、そういう所がまだ幼いと見えてしまうぞ。だが、私とて確かな約束は欲しい。区切りのある待つ時間は、耐え易い。帰国の前に、泰極王と話してみようと思う。」

「えぇ、ぜひ父上とお約束を。」



 武尊は、澪珠と話してから程なく泰極王の元へ向かい、澪珠との婚姻の時期について話し合った。


「泰極王、長らく蒼天に置いて頂き感謝致します。蒼天の素晴らしい治水の知恵を十分に学ぶ事が出来ました。白鹿は乾いた土の国。まだまだ雨水頼みの暮らしに、民も苦しく思っております。蒼天の治水の知恵を白鹿へ持ち帰り、貴重な雨水を暮らしに役立てられるよう整備致したいと思います。


 早いもので、もうすぐ一年が経ちます故、近々帰国をと考えております。ただ、心残りは澪珠との事。私の心のうちだけを申せば、今すぐにでも姫を白鹿へお連れしたいのですが、水鏡の中とは訳が違います。澪珠は蒼天の姫であり、まだ幼い。時が必要なのも分かっております。ですから時が来るまで、私は澪珠を待つと決めています。


 それでもこのまま帰国するのは、私も辛いばかり。どうか、泰極王のお約束を頂いてから帰国したいのです。離れ離れの恐怖と寂しさにも区切りがあると分かっていれば、耐え方もございます。」


武尊は、丁寧に切々と話した。



「相分かった。武尊殿の気持ちは、よく分かった。先ず安心して欲しい。二人の婚姻は、私も白鹿王も、何より澪珠が望んでいる事。この許婚の約束を違える事は無い。時を要するのは、澪珠が幼い故だ。あの娘が十五歳になったら、必ず白鹿へ、武尊殿の元へ嫁がせると約束する。」


泰極王は、武尊の手を取って力強く約束した。


「ありがとうございます。泰極王。あと五年の後、必ず澪珠を迎えに参りましょう。」

武尊は晴れやかな笑顔で、泰極王の手を握り返した。


「えぇ、武尊殿。そうしてください。もちろん、この五年の間もいつでも会いに来てやってください。我らもお待ちしております。」

「えぇ、幾度でも参りましょう。澪珠に会いに。」

「はははっ。そうしてやってください。そうだ。二人で〈誓いの泉〉に誓っておいてはどうであろう?」


泰極王の口から初めて聞く言葉に、武尊は思わず聞き返した。


「誓いの泉・・・ ですか?」


「あぁ、蒼天の秘宝。龍峰山の神仙様から賜った法力の泉だ。この泉に誓った事は、必ず叶う。ただし、一度誓った事は、この世の全てが記憶する。この世の全てが、叶うよう尽力する。決して裏切る事はない。その誓いを全うする覚悟があるのなら、澪珠と二人で誓ってみるとよい。」

「ぜひ、誓わせてください。私はどうしても澪珠を、未来の白鹿王妃に迎え末永く二人で過ごしたいと、心に決めております。この心が揺らぐことはございません。」


武尊は、まっすぐに泰極王を見た。



「うむ。では、澪珠と七杏妃も呼んで、誓いの泉の部屋へ参ろう。」

「はい。泰極王。」


二人は立ち上がり、誓いの泉の部屋へ向かった。

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