春の嵐と東風の喜び

第27話 蒼天の効薬作り

 空心からの文を受け取った天民は、吉紫山にある五光峯寺を離れる準備を始めた。寺のあれこれを小坊主たちに教え、一番弟子には寺の責務を託した。季節は、初夏を迎え、寺の朝顔にも小さく青い蕾ができ始めていた。


 天民は、今年の七夕節の後の霊薬〈竹清白湯〉を作り終えたら、五光峯寺の仕事から退こうと心に決めた。蒼天から初雪の頃に来る交易船に乗り海を渡る事にし、その旨を龍峰鳩に託した。



 龍峰鳩の知らせを受けた泰極王と空心は、驚いた。


「空心様。初雪の頃の交易船に天民様が乗られるとあらば、我々が水鏡に見た物と、少し様子が変わってきますね。」

「えぇ、泰様。どういう事でしょう? 武尊様が紅號村で聞いた話とも変わってきますな。」

「はい。風砂の時期が早まるという事でしょうか?」


天民からの文の話を二人が武尊にも話すと、やはりいぶかしんでいた。だが、唯の世がどう変わるにせよ、まずは効薬作りが大事と、三人は効薬作りに精を出すことにした。



 今は、薬材となる放香草も蘇沈も盛りの時季を迎え豊富にある。この時を逃すことは出来ない。今のうちに摘み取り干しておかなければ、この後の作業が滞ってしまう。七杏妃や雅里も毎日駆り出され大忙しだ。


「空心様、何だか懐かしいですね。黄陽でもこうして皆と、天女様の霊薬を作りましたよね。」

「あぁ、七杏。懐かしいのう。あれからもう、随分と時が経つのじゃなぁ。皆は元気であろうか?」

「えぇ、きっと元気ですよ。天民が来たら聞いてみましょう。」

「ほう。ほう。そうじゃのう。ささっ、手を動かそう。」

「そうそう。空心様は、度々手が止まっておられますよ。」


七杏妃と空心のやり取りは、吉紫山に居た頃に戻ったようだった。


「お二人は、誠に仲がよろしいのですね。まるで父娘のように。」

と仲の良い二人を見て雅里が言うと、


「七杏にとっては、空心様は育ての親のようなもの。七杏には親御がたくさんおるのだ。文世様と芙蓮様。空心様に静月、陽平。それに辰斗王。おぉ、六人もおるぞ。杏。」

「えぇ、えぇ。六人もおられます。私は皆様に見守られ奇妙な病も癒やす事ができ、無事に蒼天に戻って来られました。こうして元気にしていられるのも、皆様のお陰様でございます。ほら、泰様も手を動かして。」


「この王府の皆様は、誠に仲がよろしくて。そのお仲間に入れて頂き、私たち家族も幸せに思います。誠に感謝致しております。」

雅里は頭を下げた。


「まぁ、雅里様。お顔を上げて。ほら、手を動かしましょう。」

「はい。七杏様。」

七杏妃と雅里は笑いあった。


 つられて空心も泰極王も、武尊も笑った。その笑い声に誘われるように、澪珠も部屋にやって来た。


「まぁ。皆様。楽しそうですね。」


「あら、澪珠。もうお稽古は終わったの?」

「はい。母上。私も手伝ってよいですか?」

澪珠は、ちょっと恥ずかしそうにしている。

「えぇ、もちろんよ。さぁ、いらっしゃい。」


七杏が澪珠を招くと、嬉しそうにすぅーと武尊の側に行った。

澪珠は武尊の顔を見て微笑むと、すぐに下を向き真似して手を動かした。その様子に、武尊も嬉しそうに作業の仕方を教えている。


「七杏様。何だか二人が初々しくて、見ているこちらの方が照れてしまいます。」

「えぇ、雅里様。私たちもあのように、はにかんで接していた頃がありましたわね。」

と、七杏妃と雅里が小声で話していると、


「えぇ、えぇ。ありましたよ。お妃様。とても可愛らしく照れておられた頃が。ですが今は、随分と頼もしくなられて・・・」

泰極王が二人に近寄って、おどけて言った。


「まぁ、泰様。ならば今からでも、澪珠のように致しましょうか?」

七杏妃が負けじと言う。


「これこれ。初々しい善さもあり、熟した善さもありじゃ。何はともあれ、歳月を経てもそなたらは、変わらず仲がよいのじゃのう。泰様。七杏や。」

空心はニヤリとした。


 その空心の顔に、急に恥ずかしくなった泰極王と七杏妃は、慌てて作業に目を向けた。それを見て、空心と雅里は微笑み合った。

 こうして夏の盛りに、王府での効薬作りは和やかに進んでいた。





 やがて初雪の頃となり、朱池の港を黄陽への交易船が出発して行った。港を発ち三日を過ぎた頃、海は大荒れとなり時季外れの嵐が船を襲った。例年であれば嵐の時季は終わり、比較的穏やかな海のはずが、今年は暖かな冬を迎え海の熱が嵐を起こしたようだ。

 船は船首と帆を損傷し、やむなく朱池の港へ引き返す事となった。この知らせは、玄京の都の王府にも入った。


「空心様。今、朱池の港から知らせが入り、交易船は時季外れの嵐に遭い損傷が激しいために港へ戻って来たという事です。これから急いで修繕をし、一月後に再び発つそうです。」

「泰様、それは誠ですか? ひと月と言えば暮れの頃ですな。すると、天民が紅號村に着くのは、年明けの早春という事になりますかな?」

「はい。やはり、我々が水鏡で見たものの通りになるのかと。」


泰極王は、武尊の顔を見た。


「やはり、春なのですね。風砂は春に・・・ だとすると、黄陽を発った船も順当にこちらへ着かぬかもしれませんよ。海の上をいつもより長旅になるやもしれません。その旨を天民様に知らせた方がよいのでしょうか?」


「あぁ、武尊様。そうじゃのう。だが、あまり心配させてもいかん。船が朱池の港へ戻った事と、船旅は何が起きるか分からぬ故、長旅への備えをして乗船するよう文を送りましょう。」


空心の言葉に武尊は大きく頷き、泰極王は龍峰鳩を準備した。七杏妃や雅里も、心配そうな顔をしている。


 だが、七杏妃は気を取り直し、

「大丈夫。天民は、きっと大丈夫よ。さぁ、私たちは、天民が紅號村に着いたら助けられるように効薬を作りましょう。

 ねぇ、雅里様。幼子や高齢の方は、丸薬は飲みにくいと思わない? これから作る分は、丸薬にせずに全部を龍蜜を混ぜた薬酒を入れたら、小瓶に入れておく事にしない?」


「えぇ、七杏様。それは善い考えですね。確かに、紫雲も丸薬より液湯にしてしまいます。それに体が弱っている時は、飲み込むのは大変ですわ。」

「そうじゃな。私も近頃は、丸薬より液湯を好んでしまうのう。」

「まぁ、空心様も紫雲と同じですわね。」

七杏が笑った。


「ははっ。それだけ私も歳を重ねたという事じゃな。どんどん紫雲と近くなるぞ。」

空心も笑った。



「では、小瓶がたくさん必要になりますね。どのくらいの大きさの物を手配致しましょうか?」

「そうですねぇ。武尊様、日に三度、七日分ぐらいが入る大きさがよいのでは?」

「えぇ。では、雅里様。一合くらいの酒瓶なら、すぐに手に入るかもしれません。」

「そうですね。ではそう致しましょう。」

「はい。それでは手配して参ります。」


武尊は、すぐに手配に向かった。


 効薬作りもだいぶ進み、たくさんの丸薬の紙包が部屋に並んだ。この王府の薬房で、いざその時を待ち控えている。











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