第26話 白鹿王の決意

 泰極王の文を持って、白鹿国へ一度帰国する事を決めた武尊は、元気な姿を父と国の民に見せ安心させたいと願っている。そして、白鹿王の許しを得て再び蒼天へ戻り、四季ごとに変わる水の動きを想定した治水を一年かけて学び、白鹿国の整備に役立てると決めた。白鹿にとって貴重な雨水を、より大事に活用するために。



 蒼天で武尊が心に決めた頃、白鹿王の元に砂漠の王が現れた。


「白鹿王よ。しっかりせよ。気を確かに持て。今そなたが崩れてしまっては、白鹿の民はどうなる? 命あるそなたが、王としてしっかりせよ。」

「はっ。あなたは一体・・・?」


「私は、砂漠の王だ。そなたの第一皇子の魂と第二皇子の身を預かっておる。第一皇子は国を守り命を落としてしまったが、その魂はまだ生きておる。皇子の魂は今、我が手にあり特別な剣に宿してある。

 第二皇子は、砂漠で砂流に飲まれたが、しっかりと生きておる。魂の成長の為に水鏡に入り試練を受けていたのだ。その試練を乗り越えた第二皇子は、いずれ白鹿の宝となるであろう。案ずるな。」


そう声は言った。



「あぁ、武尊は誠に生きているのですね。生きている。あぁ、善かった。」

白鹿王は、安堵し笑みが戻った。

「そうだ。生きておるのじゃ。第一皇子の魂と共に、水鏡で生きておったのじゃ。」

「善かった。善かった。砂漠の王よ。感謝致します。どうか・・・ どうか息子たちを、よろしくお願い致します。」


白鹿王が顔を上げ、砂漠の王の声を探し辺りを見回している。ふと天を見上げた白鹿王は、嘆き悲しんでいる場合ではないと正気を取り戻した。


「白鹿王よ。武尊は間もなく戻って来る。此度、武尊が持ち帰る最大の宝は、蒼天の姫との婚姻の約束じゃ。この姫は、白鹿に雨をもたらす。水のない国であった白鹿に、恵みの雨をもたらすのだ。姫の名を見れば、そなたも分かるはず。‘澪の珠’じゃ。その御霊に、水脈の霊を宿す姫なのだ。大事にせよ。この姫の力と武尊が蒼天より持ち帰る治水の知恵が、白鹿の国をより豊かにするであろう。」


「あぁ、それは誠にございますか? 砂漠の王。誠であらば、何と有り難きご縁でございましょう。」

白鹿王は、涙を浮かべて言った。


「誠である。安心するがよい。此度の縁は、私だけの力ではない。蒼天国の龍峰山の神仙の力と、武尊と澪珠が持つ情絲の力、そして二人が見事に水鏡の試練を越えたからじゃ。」


砂漠の王の言葉に、白鹿王は胸が熱くなった。涙がこぼれ、大きな喜びと安堵が心に広がった。



 それから程なくして、白鹿王の元に、武尊の帰国を知らせる文が届いた。武尊が、吉報を持って白鹿へ戻って来るのである。





 春が盛りを迎え始めた頃、無事に武尊が白鹿へ戻って来た。


 帰国した武尊は、白鹿王にこれまでの砂漠の王との話をした。剣と水筒と友となる猿を賜り、砂漠の水鏡を旅した事。剣には、砂漠の王により亡き兄上の魂が宿っている事。水鏡では、この世の十三の姿を鏡に写し取らなければ出られなかった事。写し取った十三の姿は、十三色の鏡石となり剣の刃に納まっている事などを丁寧に話した。


 水鏡を出た後は、砂漠の王の命により蒼天国へ行き、蒼天王に会ったこと。蒼天王と共に龍峰山へ行き、神仙様が剣と水筒に法力を封じてくださった事。そして、水鏡を共に旅した猿が、実は姿を変えた蒼天の姫、澪珠であった事。再会した澪珠と許婚となり婚姻の約束を得た事。これから蒼天で、治水事業を学ぶ約束を得た事を話した。


 最後に、じっと黙って聞いている白鹿王に、蒼天王から預かって来た文を渡すと、


「父上、ここに蒼天王、泰極様からの文を預かって参りました。」

「どれ、蒼天王は何と?」

白鹿王は、文を丁寧に開き読んだ。


「何と有り難き事。やはり蒼天王は、聞きしに勝る明君だ。お父上の辰斗王も善き王であったが、明君が二代も続く蒼天は、やはり素晴らしい国だ。武尊よ。蒼天に行き治水事業だけでなく、ぜひ、泰極王から国政についても学んで来るがよい。その旨、文にしたため父からも頼んでおこう。」


「父上、有り難き事にございます。此度の蒼天での滞在はわずかでしたが、空は蒼く水は清く、王府も都の民もおおらかで街は活気がありました。蒼天は豊かで美しい国でした。」

武尊は、目を輝かせ嬉しそうに言った。


「そうか。そうか。十分に学んで来るがよい。一年後のそなたの帰国を楽しみに待っておる。澪珠とも仲良く、しかと心を通わせて来るがよい。」

「はっ。父上。感謝致します。」

白鹿王にも笑顔が戻り、二人とも笑顔になった。


「武尊よ。その苦逆の剣には、皇太子の魂が宿っているのだな。私にその剣を抱かせてくれぬか?」

「はい。父上。もちろんです。この剣には兄上が・・・」


武尊は、苦逆の剣を白鹿王に差し出した。白鹿王は立ち上がり剣を取ると、胸に抱いた。


「あぁ、皇太子よ。すまなかった。私が討伐を許したばかりに・・・ そなたの出征を止めていればよかった。」

白鹿王は涙をこぼした。


「父上。父上のせいではありません。討伐の出征は、私が是非にと申し出た事。悔いはありませぬ。ただ、父上と弟を悲しませる結果になってしまった事を、申し訳なく思っております。」


と、苦逆の剣に宿る第一皇子の声がした。


「あぁ・・・ 皇太子よ。誠にここに居るのじゃな。砂漠の水鏡では、武尊を守ってくれたそうじゃな。感謝致す。これからも弟を、この白鹿を見守ってやってくれぬか。」

「もちろんです。父上、今となっては私に出来る事は限られますが、武尊のもう一つの目となり共にこの世を見て、悪しきものは断ち切る力となりましょう。」

そう第一皇子は約束した。


 それを聞き武尊は、

「兄上、ありがとうございます。兄上のお言葉、その目が、白鹿の心強い力となりましょうぞ。」

「あぁ、武尊の言う通りじゃ。皇太子よ。感謝致す。」

白鹿王は、苦逆の剣を抱きしめたまま声を上げて泣いた。武尊は、ぐっと心に力を込めた。

 


 月が替わり春爛漫の陽気の中、武尊は再び蒼天へと旅立って行った。芯開の水筒は白鹿王の為に国に残し、その身に苦逆の剣を携えて。その胸は、蒼く希望で満ちていた。

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