第25話 唯の世の再会

 無事に今年も農作始めである雨水の儀が終わり、王府の広間でささやかな宴となった。空心に静月ジンユエ陽平ヤンピン、伴修家族、泰極王と七杏妃にその子らが集まり、和やかに食事し語らっている。その穏やかな様子の中、泰極王は武尊と澪珠を引き合わせた。


 武尊と澪珠は、顔を合わせると互いを見つめたまま動かずにいる。澪珠は、見知らぬ人に会ったようにキョトンとしている。その二人の様子に、泰極王もどう切り出してよいものやらと、黙って見守っている。


 其々がどうしてよいのか分からず立ち尽くしているのを見かねたように、突如三人の前に大きな水鏡が現れた。空に浮かんだ大きな水鏡には、砂漠の王の試練に挑む武尊と子猿の姿の澪珠が写し出され、二人の旅の様子がゆっくりと一通り現れた。この水鏡の様子は、広間に居た他の者たちの目にもはっきりと見えた。十二鏡の姿を見終えた澪珠は、すべての記憶を取り戻したように、まっすぐ武尊に向いた。



「また会えたね。武尊。私が分かる? 今はもう、子猿ではないけれど。私を覚えている?」

「あぁ、もちろん分かるさ。目がそのままだ。子猿の時と同じ目をしているもの。澪珠。また会えたね。」

武尊は前に進み出て、澪珠の手を取って言った。


「澪珠。あの時失ったと思っていた君に会えて、嬉しいよ。どうか、これからもずっと、俺と一緒に旅をしてくれないか? 俺と離れず共に。俺と一緒に白鹿国へ行ってくれないか?」

武尊は、握った手に力を込めた。


「武尊、もちろんよ。これからも、あなたと一緒に旅をしてあげる。だって武尊は、私がいないと危なっかしいから。ずっと側に居てあげる。」


澪珠が微笑んで言うと、武尊は照れくさそうに笑った。


「まぁ、澪珠。白鹿国の皇子に向かって、なんて言い方なの。」

七杏妃が呆れている。


「皇子? 武尊が? だって母上、水鏡では私が、随分と助けたのよ。」

澪珠は負けずに言った。


「あぁ・・・ 申し訳ない。本当にその通りだった。だからこそ、これから先は、私が君の助けになりたい。君と一緒に生きたいんだ。もう二度と、君を失いたくない。」


七杏妃と泰極王は、顔を見合わせて微笑んだ。何とまっすぐで清々しい愛の言葉だろうか。



「どうだろう? 武尊殿。澪珠はまだ幼い。あと少し、五、六年。嫁ぐのは待ってもらえないだろうか? 

 もし、白鹿王のお許しが頂けるなら、武尊殿もしばらく蒼天に留まり我が国の治水事業を学んで行かれては? その間に澪珠とも仲を深め、学びを終えてから帰国し白鹿王と国を整えてからもう一度、澪珠を迎えに来てはくれないだろうか? 

 もちろん、今二人が望めば二人を許婚とし、私から白鹿王に婚姻についてのお許しを頂く文を書きます故。」


「蒼天王のお心遣いに感謝致します。私もその方が善いと思います。今は兄が亡くなり国も喪に服しております。そして私たちは、まだ幼い。時が必要だと思います。

 治水事業についても、ぜひ学ばせて頂き、白鹿に活かし国を平穏で豊かにしたいと考えております。」

「ならば、そのように致しましょう。澪珠もそれでよいですね。」


泰極王の問いに、澪珠も大きく頷いた。



「ではまず、この宴を持って、武尊殿と澪珠を許婚と致しましょう。ここにおられる皆様が証人です。白鹿王には、そう文を書きます。武尊殿は、その文を持って一度白鹿へ戻り、お父上に婚約と治水事業の学びの許しを頂いてください。そして何よりまず、元気な姿をお父上に見せ、安心させてあげてください。」

「はい。蒼天王。父上の許しを得て、再び蒼天へ参ります。」


そう力強く言うと、武尊は澪珠の手を取り微笑んだ。澪珠は、武尊を見つめ微笑み返した。


 二人の様子に広間の大人たちも安堵し、心から喜んでいる。

 そこへ、苦逆の剣が飛んで来た。武尊はとっさに剣を掴み、

「なぜ急に、兄上の剣が?」

と驚いていると、広間に声が響き渡った。



「武尊よ。最後に一つ残った鏡に、今のこの広間の姿を写し取れ。蒼天に来てからの姿を。これが夢、最後に残った光の姿だ。

 澪珠と再会してお前の胸に浮かんだ夢は? 治水を学べる事で浮かんだ夢はなんだ? 蒼天でしばらく過ごせる事で、お前の心に差した光は? 

 その胸に浮かんだ夢は、光に満ちた ‘希望’ だ。人は、希望があれば生きられる。その光の中を生きようとする。だが、希望の光は、怒りや憎しみが目指す方を照らすこともある。そこで惑わされてはならぬ。善いな。」


剣から響く兄の声は言った。


「兄上。しかと受け止めました。」

武尊は鏡を取り出し、この姿を写し取った。



 鏡から放たれた光には、許婚となった二人の姿や龍峰山での泰極王と武尊の姿、武尊が蒼天に来てからの出来事が巻き戻されて写った。そして、その全てを写し取ると小さくなり、蒼天の空と水のような美しい蒼い色の石になり刃に残る最後の溝に納まった。


 この様子を見届けた泰極王が言う。


「武尊殿。この蒼天は、蒼き空と水の国。この石の蒼き色は、希望の色。蒼天の民が大切にこの蒼き空と水を守って来たのは、希望を持ち続けていたいからなのです。今、そなたの兄上が仰った通りです。」


「まぁ。蒼天の空と水に、そんな意味があったなんて。」

父の言葉を聞き、澪珠が呟いた。


「そうよ。澪珠。だから私たちは、この空と水を大切に守り保ち続けてきたの。この蒼天の人々は、空を見上げ清き流れの恵みを受け暮らしているのよ。そうして希望が胸に在れば、人は生きようとするわ。今日を生き、明日を夢見るわ。」

七杏妃が、優しく澪珠の髪を撫でた。


「そうだ。母上の言う通りだ。光であれ、影であれ、希望は人を動かす。その希望の種も行く先も、光の差す方である事を父も母も望むがね。二人とも希望をなくさずに過ごすのだ。まだまだ大きな未来と希望が、若いそなた達にはあるのだから。」

と泰極王が続けた。

「はい。蒼天王。感謝致します。砂漠の王が蒼天へ行けと命じた意味が、今やっと分かりました。」

武尊は、泰極王に向かいまっすぐに見つめた。 



 すると、一陣の小さな砂流が起こり低く穏やかな声がした。


「武尊。澪珠よ。よくここまで、水鏡の試練を耐え抜いた。そして、この世の十三の姿を写し取ってくれた。ありがとう。その十三の姿すべてが、そなた達二人の大きな力となろう。二人で共に見て来た姿が、これから先の白鹿国の在り方に大きく役立つ事であろう。」


その声に、泰極王と七杏妃は微笑み合い、泰極王は小さな声で七杏妃に


「砂漠の王は、まだ経験が浅く幼い二人に、善い試練を与えてくれたね。」

と手を握った。

「えぇ、そのようだわ。私たちも、二人で危機を乗り越えて一緒になったわね。」

七杏妃は笑った。


 武尊は、見えない砂漠の王の声に向かい

「感謝致します。」

と深々と頭を下げた。横にいた澪珠もそれに習い、一緒に頭を下げた。



 これで砂漠の王の試練がすべて終わった。十三の色をしたこの世の四季と八つの苦の姿、一つの光の姿すべてが、苦逆の剣の刃に納められた。

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