龍峰山の開示
第24話 水鏡の秘密
黄金色の満月が大きく東の空に浮かび始めた頃、泰極王と武尊は龍峰山を上っていた。
しばらく上り少し開けた岩場まで来ると、岩の上に一人の翁が座って居た。ここは、蒼天の皇族がいつも酒と香を捧げる場所だ。
「来たか? 泰極王よ。」
「はい、龍鳳様。今年は度々お騒がせ致しまして、申し訳ございません。」
「よいよい。今は時流の変わり目。いろんな事が起きる。そのような時には、何かと未知の事も増える。助けも必要じゃ。幸いそなたには七杏もおる。空心より教えを受けた七杏がな。二人手を携え、蒼天のことを想ってくれ。泰極王、そなたはきっと、父を超える明君になるであろう。」
「はっ。泰極、しかと精進して参ります。」
「頼んだぞ。して、その若者が白鹿の者だな?」
「はい。共に参りましたのは、白鹿国の第二皇子、武尊殿でございます。」
と泰極王が紹介すると、
「初めてお目にかかります。白鹿国の第二皇子、武尊でございます。陽沈砂漠の王より、龍峰山の神仙様を泰極王と共に訪ねるように云われて参りました。」
と武尊は挨拶した。
「おう、おう。此度の砂漠の王の試練を、よく頑張ったな。幻鏡の旅は、いかがであった?」
「はい。私は、白鹿国の第二皇子に生まれ、これまで随分と気楽に過ごして参ったのだと思い知りました。水鏡の中で写し取った十二の姿に、初めて民の暮らしの真の姿を見たのです。どれも私が知らぬ姿、初めて見るものばかりでございました。」
「そうか・・・ それが分かればよい。明君への道は、そこから始まるのじゃ。先ずは、民を想う心と目が必要じゃ。」
龍鳳は、優しく武尊を諭した。
「私はこれまで、白鹿についての心と目がありませんでした。いつも己の事ばかり。武術も学問も、己の為ばかり。此度の蒼天国への治水事業の視察が、初めて白鹿に尽くす機会でした。なのに・・・ なのに、こんな事になってしまい・・・ 私のいない間に白鹿では、兄が命を落としてしまいました。」
武尊は、声を詰まらせた。
「あぁ。兄上の事は、とても残念だ。白鹿は皇太子を失ってしまった。だが、この悲しみを越え、そなたは強く大きくならねばいかん。そなたが、白鹿を率いて行かねばならぬのだからな。此度の砂流は、その為の試練だったのだ。」
「私は砂流の中で、己の無知と未熟さを思い知りました。ですが、この世の人々の十二の姿を写し取り、短い間にとても多くの尊い姿を知る事が出来ました。砂漠の王に、今は深く感謝致しております。」
武尊は、深々と頭を下げた。
「それでよい。それでよいのじゃ。そなたはまだ若い。今得たその心と目で、これから白鹿を想ってゆけばよいのじゃ。ほれ、これを持って帰りなさい。そなたが幻鏡を旅した時に、砂漠の王から賜った物じゃよ。剣と水筒じゃ。ワシが法力を封じておいた。
〈苦逆の剣〉は、あらゆるものを断ち切れるようになっておる。物も者も目に見えぬ情絲も断つ事が出来る。そして、苦境を幸福に逆転させる。そなたの身と国を護る剣となるであろう。心して使いなさい。
〈芯開の水筒〉は、ここに入れた水が霊水となる。この水を飲めば、ものの中心を見抜く目を開いてくれる。そこに在るものの芯を浮かび上がらせる目を持てる。どうにも見極める事が困難な局面では、この霊水を用いて国を動かすがよい。
さぁ、二つとも持って帰りなさい。白鹿の第二皇子よ。」
そう龍鳳は言い、武尊に受け取るように促した。
「神仙様、感謝致します。ですが・・・ 恐れながら申しあげます。私が砂漠の王から賜ったものは、三つにございます。その中で最も大事なものが、ここにはございません。水鏡の中を旅し、幾つもの試練を越えられたのは、その大事な一つがあったからでございます。」
龍鳳はにやりと笑いながら、
「ほう。最も大事なものか・・・ それは何じゃ?」
と武尊に問うた。
「はい。友でございます。心から信頼し話せる友として賜った、子猿でございます。とても賢く優しい子猿でした。その猿がいたから、私は十二の姿を写し取る事が出来たのです。私にとって、最も大事な友にございます。」
「そうか。砂漠の王から賜ったその猿は、澪珠という名であったろう?」
「はい、確かに。名を澪珠と申しておりました。ですが、なぜそれを?」
それまで、龍鳳と武尊の話をじっと聞いていた泰極王が、突然、声を上げた。
「まさか? まさかその澪珠とは、我が娘のことでしょうか?」
「泰極王よ、そうだ。まさしく、そなたの娘の澪珠じゃ。武尊と共に幻鏡を旅し、この世の十二の姿を見て来たのは、まさしく蒼天王の娘、澪珠じゃ。黙っていて悪かったのう。砂漠の王に内密にと云われておってな。
澪珠は夢鏡という幻鏡で、子猿の姿で武尊と共に試練の旅をしていたのだよ。澪珠を幻鏡へ招く際には、ワシも砂漠の王に法力を貸した。だが、水鏡に入ると最後に決めたのは、澪珠自身の心であったのだぞ。我らにも無理強いは出来ぬし、澪珠の心なくして連れて行く事は叶わぬからな。」
「そうだったのですね。これで澪珠の奇妙な夢の謎が解けました。武尊殿、娘は随分とそなたに助けられたのでしょう? 今更ですが、感謝致します。」
と泰極王は、武尊に頭を下げた。
「蒼天王、お止め下さい。むしろ助けらたのは私の方で、澪珠の知恵と優しい心に勇気づけられ、胸打たれ、前に進むことが出来たのです。」
「はははっ。旅の中で二人は、腹を割って話し合い助け合い、よく頑張っておったぞ。ワシも心配で時々水鏡へ参り、二人の姿を見ておったのじゃ。」
「神仙様、そうだったのですね。澪珠は、この世に二人といぬ誠に善き私の友でした。」
「ふふふっ。泰極王。この二人の絆、前にも聞いた事のある話ではないか?」
「ははっ。誠に。つい先日、私と伴修が話した事であり、その昔は、辰斗王と文世様がお話された事とよく似ているかと・・・」
泰極王と龍鳳は微笑み合った。
「あぁ、そうじゃのう。情絲というものは、心ある者の元で縁起を持って巡るものじゃのう。どうじゃ、泰極王。かつて辰斗王と文世が、そして、そなたと伴修が願ったように、ここは一つ、澪珠を武尊の元に嫁がせてみてはいかがかな?」
龍鳳が穏やかな笑みを浮かべて言うと、
「はい。今、私もそのように思いましたが、武尊殿は白鹿の皇子、国同士の婚姻は大事となります。それに澪珠はまだ幼い。私の一存では何とも・・・」
そう泰極王が答えに戸惑っていると、武尊は泰極王に向き直って、
「蒼天王。願わくば私は、澪珠との婚姻の約束を得たいと思っております。失ったと思っていた澪珠に、再び会うことが出来るのも深き情絲の導きかと思います。」
と丁寧に述べた。
「あぁ、武尊殿。二人の情絲は、龍鳳様も砂漠の王もご承知の事。ならば私に、その情絲を疑う事も反故にする理由もございません。きっと我が王妃、七杏も喜ぶでしょう。この事は、王府へ戻りしっかりと話しましょう。」
「あぁ、泰極王。そうするのが善かろう。若き二人に、一番善い時を待つのがよい。」
そう言い残すと龍鳳は、夜の闇に消えてしまった。
泰極王と武尊は王府へ戻り、七杏妃を交えて婚姻の話をした。もちろん、七杏妃もとても喜び、三人の間に異論はなかった。そこで、雨水の儀の後に、空心や伴修将軍らを含めた家族の宴を開き、そこで澪珠と武尊をこの唯の世で引き合わせる事となった。
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