第23話 水鏡の時を見る
永果は、座り込んでいる武尊に向かってにかっと笑うと、泰極王と空心に向かって金の輪を見せた。
「
永果は幾度も頷いた。
「君の法力で外したのだね。どうして二つとも持って来たのだ?」
永果は、泰極王に説明し始めた。
「なるほど。そういえば龍鳳様が、何やら言っておられたな。唯幻とは、そのような意味だったのか。」
泰極王の顔が晴れ、何かを大いに納得した様子で永果を抱き上げた。
「蒼天王。このリスは一体? 蒼天王は、リスの言葉が分かるのですか?」
「あははっ。武尊殿、奇妙に思われますよね。このリスは、龍峰山の神仙様から預かっている法力のリスなのです。名を
「なるほど。そうでしたか。それで永果はなんと? それにこの金の輪は?」
「うむ。この金の輪は、
「そのように大事な物を、外して持ち出してよいのでしょうか?」
武尊が心配して聞くと、永果は胸を張り、ポンと片手で胸を叩いた。
「武尊殿、ご心配ありがとうございます。我々にどうしても見せたい物がある故、ほんの一時、外して来たのだそうです。その間の守りとなる法力は、永果が二人に施して来たそうで心配無用とのこと。」
「こやつめ、胸を張りおって。して、その金の輪の使い道は?」
空心が永果の腹を指で弾きにんまりして言うと、永果は泰極王に早く説明するように催促した。
「分かった。今、説明するから。この唯幻とは、二つの世を意味するそうで、唯は今我らが在る世のこと。幻はもう一つの世のことだと。それ故、幻の世は人も物も唯の世とは違いがあり、出逢った世の ‘ 時 ’がちぐはぐの事があるそうです。過ぎた世の時もあれば、まだ来ておらぬ世の時もあると。
そして、この唯幻合輪を二つ合わせて中をのぞくと、唯の世からもう一つの世を見ることが出来るのだそうです。」
「そんな事ができるのか。いやはや、神仙様の法力は素晴らしい。」
「えぇ、空心様。誠に素晴らしい。そのように高い法力の神仙様が蒼天には居られる。だから蒼天は、聡明で美しい国なのですね。」
「武尊殿、すべては龍峰山が在るお陰様。そして、黄陽からの僧を招いているお陰様なのですよ。」
「蒼天王、お陰様とは?」
武尊が聞くと、永果が泰極王の腕の上で足をバタバタさせて催促している。
「あぁ、武尊殿。お陰様の話はまたいつか、ゆっくりと致しましょう。今はこの唯幻合輪の話を急ぎましょう。」
「えぇ、そうですね。では、お願い致します。」
武尊の言葉に頷き、永果が二つの輪を一つに重ね合わせると金色の輪が大きく広がり、その中に水幕のような物が生まれた。それを見た武尊は
「あっ、水鏡の入口にそっくりです。」
と声を上げた。
その水幕の中に、風砂で苦しむ紅號村の様子が写し出された。そこには、薬を作る天民の姿もあった。
「あぁ、あれが天民です。この青き衣の者が天民です。」
空心が声を上げた。そして水幕の中は、金樹の都の様子に変わった。
都でも人々が風砂に苦しんでいる。だが、薬が足りず、頼みの薬材も時季を過ぎていて不足している様子だった。
そうして風砂に翻弄される人々を一通り写し出すと、水幕は真ん中から割れ、次第に金の輪の中へと消えてなくなった。水幕の消えた金の輪を、永果は再び別々の輪に戻した。そして泰極王の腕から飛び下り、得意満面の笑みを浮かべると三人の顔を見回した。それから一つ、最後にポンと胸を叩いて見せた。
「ありがとうよ。永果。おぉ、そうじゃった。そうじゃった。泰様、これを永果に。」
空心が小さな紙包みを取り出し泰極王に渡すと、永果は鼻をクンクンさせて紙包みを輝いた目で追っている。
「おぉ、さすがだなぁ。匂いで分かったか?」
空心は永果に向かって言うと、永果は幾度も頷いている。
「さては、杏子の仁だな。おぉ、いっぱい入っているぞ。善かったなぁ。永果、空心様にお礼をしなさい。」
紙包みを覗いた泰極王が言うと、永果は空心の腕に飛びつき幾度か頭を下げ、空心の頬に顔を寄せてスリスリした。
「分かった。分かった。お前さんが喜んでくれて、私も嬉しいよ。今回もお手柄だったな。少しずつ、ゆっくりお食べ。」
空心は、永果を床に下ろした。
泰極王は、紙包みから五粒取り出すと
「一度にたくさんはあげられないよ。龍鳳様とのお約束だからな。さぁ、五粒。ありがとうな。永果。」
と、杏子の仁を永果の目の前に出した。永果は、持って来た唯幻合輪を首から下げると、両手で杏子の仁を受け取った。そして、飛び跳ねて喜び頭を下げて礼をすると、五粒の杏子の仁を手にひょこひょこと広間を出て行った。
その様子を微笑ましく見ていた武尊が呟く。
「今見た物が、もう一つの世の姿なのですね。」
「えぇ、おそらく。武尊様が見た紅號村と同じでしたか?」
「はい。空心様。中には見知った顔がありました。私に効薬の作り方を教えてくれた兄貴の顔もありました。」
「そうでしたか。では武尊様は、我々の居る唯の世では、まだ来ぬ世の秋の紅號村に参られたという事になりますかな?」
「はい、空心様。そのような事になるかと・・・」
顔を見合わせた三人は、この奇妙な事態を何とか飲み込もうとしている。
「だとするならば、武尊殿は砂漠の水鏡で、風砂に関してはまだ来ぬ世の時を見て来た。という事になりますな。」
「はい、蒼天王。私もそう思います。もし、そうであるならば、今は天民様が黄陽に居られ、これから蒼天へ参られる準備をするという事。ならば、紅號村で風砂が起こるのはこれより先のこと。」
「そうじゃ。武尊様の仰る通り。私が天民に蒼天来訪の許しを出し、それからの船旅じゃ。蒼天の朱池の港から交易船が出るのは年に三度。桜の頃、半夏生の頃、初雪の頃じゃ。唯の世の今は、既に東風節を過ぎ雨水が目の前に来ている。桜が咲き出しておる。だとすると、紅號村で風砂が起きるのは、早くとも一年後の春の事じゃ。」
「えぇ、そうです。空心様。武尊殿が聞いた話では、天民様は春に白鹿の紅號村に着いたのだから、今から送る文を黄陽で受け取ったのでは、この春の交易船には間に合いません。」
三人は大きく頷き合った。
「ならば蒼天王、今から効薬が作れます。私に、作らせてください。この蒼天で。お願い致します。どうかお許しいただけないでしょうか?」
「武尊殿、私に異存はない。今から武尊殿と一緒に作れば、一年でたくさんの効薬が作れるはず。」
「そうじゃ。そうして備えておけば、風砂が砂漠を越えて蒼天に入って来ても役立つ。そして、紅號村にも金樹の都にも送ることが出来る。」
「そうです。空心様。ぜひ一緒にお願い致します。」
「はははっ。どうやら私は、霊薬やら効薬やらとご縁があるようですな。黄陽でも、七杏や小坊主たちと、天女様から教えて頂いた薬を作ったのですよ。」
「あぁ、そうでしたね。空心様。そうだ、七杏にも手伝ってもらいましょう。それに我が友の奥方は医者だ。誠に心強い仲間が王府には揃っております。」
「蒼天王、なんとも頼もしいこと。素晴らしい巡り合わせです。ぜひ皆様ご一緒に、効薬を作りましょう。」
三人は互いに手を取り合い、武尊の教えの基に風砂の効薬を王府で作る事を約束した。
空心は、その場で天民の蒼天来訪を許す文を書き、泰極王の龍峰鳩を黄陽へ向け飛ばした。そして泰極王は、天民の為に交易船の乗船と蒼天入国の為の通り符を手配し、その間に武尊は、風砂の効薬に必要な薬材と作り方を書き記した。こうして第一歩の準備を済ませると、空心は庵へ戻って行った。
広間に残った泰極王と武尊は、これからの事を話し合った。
「武尊殿。先ずは龍峰山へ参る事を考えねば、そなたのこの先は動かぬと思うのだが、どうであろう?」
「はい。蒼天王。私もそう思います。元々、蒼天へは治水事業の学びの為に参るはずでした。ですが今は、事態が変わってしまいました。私には、砂漠の王の試練がまだ一つ残っております。先ずはその一つを写し取らねば、先に進めぬと思います。」
「うむ。ではまず、龍峰山へ共に参ろう。効薬を作るにしても、薬材が揃うまでには少し時間がかかる。どうであろう? 次の満月がすぐにやって来る。それまでは王府に留まって頂き、満月の明かりの下に龍峰山へ参るという事に致しませぬか?」
「はい。蒼天王の仰る通りに。お世話をおかけして申し訳ございません。」
「いやいや。砂漠の王の頼み。受けぬ訳にはいきません。それに、永果までもが法力を使って、そなたに尽力した。きっと武尊殿とは、縁があるのだろう。風砂の効薬の作り方も教えて頂くのだしな。」
「蒼天王、感謝致します。」
こうして武尊は、しばらく蒼天王府に留まり次の満月の夜に龍峰山へ上る事となった。
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